07
「…ねみぃ」
教室に着いて早々、圭志は机に突っ伏した。
数分後…、
「黒月おはよ、ちゃんと来たんだ。よかった」
隣の席についた明がホッとしたように圭志に声をかける。
「明が俺がいなくて寂しいって泣くからな」
圭志は顔だけ明に向け、にやり、と口端を吊り上げからかってやる。
「なっ、泣いてないし言ってない!!」
「そうだっけ?」
そう!と、怒った明を笑っていれば教室の入り口がざわめいた。
その方向を見た明はあ!と驚いた表情になる。
「よぉ、圭志。逃げずに来たんだな」
振り向かなくても分かる独特のその存在感に圭志はほんの少し眉間に皺を寄せた。
「嫌な言い方すんな」
「お、おはよ、神城。珍しいな教室に顔出すなんて」
「まぁな。交流会が終われば次の行事までしばらくやることねぇし。それに、コイツの側にいれば退屈しねぇだろ」
明とは逆の、いつもは空席になっていた圭志の右隣の席へ座る。
圭志は突っ伏していた体を起こし、ようやく京介の方を見た。
そして唐突に突拍子もない事を聞く。
「お前さ、真面目に俺の何処が良いんだ?」
それは圭志がふと思った疑問。
「何だ?ようやくその気になったか?」
ちげぇし、でどうなんだよ?と机に頬杖をついて聞く。
「そうだな、身体の相性もばっちりだったし、あえて全部?」
ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべて京介は圭志を見やった。
しかし、その発言に圭志より先にえぇぇぇ!?、と明が顔を真っ赤に染めて反応した。
「ふっ、二人ともまさか!?」
「間違ってもあれは合意じゃねぇ」
「そうか?最後はお前だって…」
「――っ!やめ、やめ!!もう止め!!それ以上口開くなっ!!」
しだいに危ない方向に転がりだした会話の応酬に純情少年は自分の両耳を両手で塞ぎ、叫んだ。
「おい、そこの三人!静かにしろ。HR始めんぞ」
いつの間にチャイムが鳴ったのか教壇に立つ藍人によって明は助けられた。
「黒月、神城を連れて来いとは言ったけどな、教室でイチャつけとは言ってない」
真面目にそう注意してきた藍人に圭志はボソッと呟く。
「藍人、眼科行った方がいいんじゃねぇ」
「それと神城、お前もだ。いくら免除があるからって授業サボり過ぎだ。ちゃんと出ろ」
以前、藍人の授業で明が言っていたことは本当だったらしい。
生徒会長と言えど、俺と同じぐらいサボり魔な京介にも厳しい。
「フン、安心しろよ。当分の間は出席してやる」
と、当事者である京介は悪びれた様子もなく偉そうにそう言い切った。
「それならいいが。黒月にも言ったけど、授業中は間違ってもイチャつくなよ。お前らは見てて目の毒だ」
では、今日の連絡は…、と言いたい事だけ言い終わると藍人は何事もなかったかのように話を変えた。
「周りからそんな風に捉えられてたなんて最悪だな」
「フッ、光栄の間違いだろ?」
「もう勘弁してくれよ…」
明はこの二人の隣の席になってしまった自分の運の悪さを嘆いていた。
HRが終了すると、クラス内の雰囲気が少し違うことに圭志は気づいた。
そう言えばいつもなら気軽に話しかけてくるクラスメイト達が話しかけてこない。
「圭志、次の授業って何だ?」
「あ?…っと、何だっけ明?」
「数学」
京介は聞いておきながら授業の準備をする素振りすら見せない。本当に出席するだけで授業を受ける気は更々無かった。
同様に、圭志も教科書は用意するものの、教科書は新品のように綺麗なまま。あまり使われていないのがよく分かる。
そんな似たり寄ったりな二人を疲れたような顔で見ながらつい明は突っ込んでしまう。
「…二人とも授業受ける気あるのかよ?来月からテストだってのに」
「俺は一応ある」
圭志が机の上に出した教科書を腕の下に下敷きにし、寝る体勢をとりながら答えれば、京介がそんな圭志にちょっかいを出しながら続けて言う。
「ねぇな。数学なんて基礎覚えてりゃ、あとは応用でどうにかなる」
その言葉通り、京介は授業そっちのけで圭志に構っていた。
「邪魔すんな。俺は寝るんだよ」
圭志は髪に触れてくる京介の手を弾き返し、突っ伏す。
「お前が寝たら俺がつまんねぇだろ」
「んなの知るか」
顔を明の方に向け、圭志は寝始める。
しばらくして規則正しい寝息を立て始めたのを確認して京介はにやり、と笑った。
「じゃぁ勝手にさせてもらうぜ」
ソッと髪に触り、耳を露にさせると息を吹き掛けた。
「んっ…」
ぴくりと反応を返した圭志に京介はさらに仕掛ける。
椅子から立ち上がり圭志に覆い被さるとかぷりと耳を口に含んだ。
「…ぅ」
もそり、と圭志が身じろぐ。
しかし、目を覚ました気配は無かった。
圭志の寝穢さを知っている京介は、さて次はどうしてやろうと唇を一旦離した。
顔を上げれば、反対側に座る明がトマトの様に顔を真っ赤に染め上げこちらを見ていた。
明は合ってしまった視線を反らすと、さ迷わせながらも小声で怒鳴ってくる。
「なっ、何してんだよっ!授業中だぞ!!」
「何って見ての通り。俺を無視して寝てるコイツが悪ぃ」
「…んぅ、…すぅすぅ」
うるさかったのか圭志は少し眉間に皺を寄せ唸った。
そして教壇には、二人を注意することも出来ず、極力視界に入れないよう授業を進める可哀想な教師と、気になっても怖くて後ろを振り向けない生徒達がいた。
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