03


それから、一時間ばかり湊の部屋で話し合った圭志は他に考えたいことがあるから、と部屋を出ていった。

圭志のいなくなった部屋で観月はにこにこ笑っていた表情を消す。

「何か僕に聞きたいことあるでしょ?」

二人きりになった部屋で、湊は先程詳しく聞けなかった件について詳細を求めた。

「さっきの公にされていない暴力事件とは何だ?」

湊の強い視線を受け、観月はほんの少し、瞳を伏せた。

「前の学校で黒月くん、上級生八名、同級生二名、下級生三名、計十三名。病院送りにしてるんだ」

「…理由は?」

「その時によって違うけど、一番酷かったのはここへ来る少し前のやつだろうねぇ。黒月くんが可愛がってた後輩の男の子が袋にされた事件じゃないかな…」

観月から語られる圭志の過去に湊は驚きを隠せなかった。

「何でそんなこと…」

「簡単だよ、黒月くんに精神的ダメージを与えたかったからでしょ?」

主犯は黒月の傘下にある子会社の息子。上の誰かにそそのかされてやったみたいで、今はもう不穏分子とみなされ切り捨てられている。

「その後、黒月くんは後輩を袋にした連中を病院送り。袋にされた後輩は右腕を骨折、その他打撲や細かい怪我を負った。後輩はそれでも圭志先輩のせいじゃないと笑ってたみたいだけど、黒月くんには辛かったんじゃないかなぁ?」

その事件は公になる前に彼等が先に手を打ち揉み消した。

まぁ、それも切り捨てられた今となっては無意味だったかもねぇ。









〔俺は大丈夫だって!俺より圭志先輩の方が顔色悪いよ?〕

頭に白い包帯を巻き、頬には湿布、右腕を三角巾で吊った少年が瞳を覗き込む。

圭志は首を振り、思い起こした目の前の幻を消すと、四階にある東寮への渡り廊下を黙々と進んだ。

辿り着いた東寮四階には食堂とコンビニ、大浴場、遊戯場とある。

圭志は自室に戻るべく賑やかな声のする遊戯場の前を通りエレベーターへ向かった。

「あっ、黒月先輩じゃないッスか!!」

その時遊戯場から、圭志に気付いた一夜が顔を出した。

「…一夜」

圭志に近付いてきた一夜は圭志の雰囲気に違和感を感じあれ?と少し首を傾げながらも口を開いた。

「先輩酷いッスよね。あれから俺に一度も会いに来ねぇし。それとも、会長様と仲良くやってンスか」

「やってるわけねぇだろ。馬鹿なこと言うな」

フン、と鼻であしらわれ一夜はじゃぁ、と瞳を細めてにやりと笑った。

「今から俺とやんねぇ?今度は先輩が下で、さ。俺、先輩を満足させる自信あるよ?」

「はっ、それこそ誰がやるかっ。それに、俺は今お前に構ってられる程暇じゃねぇ」

「連れないなぁ。でも俺、そういう強気な先輩も好きッスよ」

鳴かしがいがあって、と一夜は圭志の顔を下から覗きこみ、顔を近付けてきた。


〔近付きすぎたな。…お前、もう俺ん所くんな〕

〔なっ、何で!?俺がこんな怪我したから?でも、それは先輩のせいじゃないでしょ!!俺が…〕

〔そうじゃねぇ。嫌いになったって言ってんだ。自分の身も守れねぇ弱い奴を、俺は側に置いとく気はねぇって言ってんだよ〕

〔――っ。それは…〕

〔分かったらもう俺に近付くな〕

「………」

「黒月先輩?」

間近で聞こえた声に、一瞬意識をとばしていた圭志ははっ、として一夜を見下ろす。

その瞳を覗き込んでくる一夜が、過去の映像とダブり、圭志はとっさに一夜を突き飛ばした。

「うわっ、急に何するンスか!?」

「俺に近付くな」

「嫌ッス。言ったでしょ、俺?先輩に興味があるって」

圭志は諦めそうにない一夜に内心で舌打ちした。

「…」

そして、口を開こうとしてこちらに人が近づいてくる気配を感じ、圭志は何も言わずに身を翻すと一夜を残して階段の方へ姿を消した。

「黒月先輩!!」

…何かこの前といいおかしいような気がする。こう纏う空気が安定してないっていうか。ん〜、会長様と本当に何かあったとか?

俺の勘はよく当たるんだよな〜。

「まっ、何があったにせよ今がチャンスって感じ?」

一夜は通り過ぎていった生徒を気にすることなく機嫌良さげに口笛を一つ吹いた。










自分でも分かるぐらい圭志は精神的に不安定になっていた。

何の準備もなくいきなり観月に核心を突かれたからか、それとも…。

「これしきの事で揺らぐなんて俺もまだまだ弱ぇな」

圭志はその顔に似合わない自嘲の笑みを浮かべ、誰とも擦れ違うことなく階段を上がっていった。

「大体、よく考えりゃそう簡単に京介がやられるワケねぇ」

あの傍若無人の俺様が。何弱気になってんだ俺?

冷静さを欠いていたとしか言いようのない自分自身をも嘲笑った。

階段で六階に着き、長い廊下を歩く。

そして、自室が見えてきたところで廊下の中央で待ち構えていたと思われる小柄な生徒数人が圭志の前に立ち塞がった。

「黒月 圭志!ちょっと顔が良いからっていい気になるなよ!!京介様がお前なんか選ぶわけないっ。京介様に相応しいのはお前じゃない!!」

急に進路を塞がれたと思ったら不躾にそう言われた。

今の圭志にとってこれ程馬鹿馬鹿しく、煩わしいものはなかった。

「それで?」

圭志の口から感情を伴わない冷ややかな言葉か発せられる。

「――っ。こ、これ以上京介様に近づくな!!近づいたりしたらお前を学園にいられなくしてやるっ」

最初に口を開いた少年とは別の少年が、圭志の冷ややかな態度に怖じ気づきながらもそう言った。



「へぇ、俺を学園にいられなくしてやる、ね。どうやって?」

無視をしろと冷静に指示を下す思考とは裏腹に、圭志は思い起こされた過去に今だ感情を引き摺られているのか、己に突き付けられた明確な敵意に好戦的に言い返した。

「おっ、お前等出てこいっ!!」

その一声で何処に隠れていたのか体格の良い、体育会系の男達が五六人現れた。

「ふぅん、こいつが黒月?結構良い顔してんじゃん」

「追い出す前にヤっちまおうぜ」

下卑た笑いを浮かべ、圭志の体を舐めるようにして上から下まで眺める。

「………」

「ふんっ、今さら後悔したって許さないからなっ!やっちゃって!!」

黙り込んだ圭志に、少年は自分の方が優位に立っているんだと勢いを取り戻し、偉そうに胸を張った。

「お前に恨みはねぇが岬(ミサキ)さんの命令だからな。俺を恨むなよ…」

ずい、と前に踏み出して攻撃を仕掛けてきた男はこの場に居ながら一人纏っている雰囲気が他の奴等と違っていた。

圭志は踏み込んできた男の攻撃を腹に受けたように見せ、後方へ跳ぶ。

「お前―」

「やった!」

それに気づいた、攻撃をした男の声に、攻撃が決まったと勘違いした周りの声が被る。

圭志は当たってもいない腹部に左手を添え、フッ、と笑った。

「これで正当防衛成立だな…」


「……ぐっ」

「…かはっ、…ぁ」

男達は次々廊下に倒れ伏していく。

「なっ、こんなことして良いと思ってるのっ!!」

岬と呼ばれた、このグループのリーダーと思われる少年が青褪めた表情で唇を震わせる。

「はっ、最初に絡んで手ぇ出してきたのはお前等だろ。それを今更何言ってやがる」

圭志は殴りかかってきた男の拳をかわすと相手の腹目掛けて強烈な膝蹴りをかます。

「ぅっ…」

そしてまた一人崩れ落ちた。

「岬さん、ここは退きましょう。これだけ騒がしくなると人が集まって来て、あの人にもバレてしまいます」

一番初めに圭志に攻撃を仕掛けた男が、青褪めている岬にそう声を掛ける。

「雅也…」

岬はその男、雅也(マサヤ)の言葉に弱々しく頷いてこの場を離れることにした。

しかし、

「あ〜、何やってんだよお前等!!」

逃げる前に人が来てしまった。

「ねぇ、明。あれ圭ちゃんじゃない」

現れた二人組は倒れ伏す生徒達の真ん中にこちらに背を向けて立つ圭志に気づいた。

「黒月!」

「まずいな、風紀だ。岬さん…」

二人が圭志に気をとられている隙に雅也は岬を背後に隠し、明達が来た廊下とは逆方向へ逃がした。

他の少年達も風紀に捕まる前に、倒れ伏す男達を残して逃げていった。

今、この場にいるのは倒れている男共を除いて雅也と圭志、明に透だけとなった。



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