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その様子を見ていた湊がほんの少し眉を寄せ、感情の篭らない口調で圭志に問い掛けた。

「神城をどうにかして欲しいと言ったそうだな。だが、本当にそう思っているのか?」

ジッ、と無感動な視線が圭志に向けられる。

「思ってるさ。だからここに来た」

「そうだよ、黒月くんは困ってここに来たんだよ?」

圭志は迷うこと無くそう言い切り、それに観月が首肯する。

湊はしばらく圭志を見つめた後、…ならいいが、と二人に聞こえないぐらい小さく呟いた。

「では、具体的にどうして欲しい?」

「アイツを会長から降ろしたい」

圭志の思わぬ発言に湊は動じもせず続きを促す。

「降ろしてどうする?いや、降ろしたところで神城がお前を諦めるとは思えないが?」

「それは分かってる。ただ、今京介を降ろさないと強制的に俺が委員長にされちまう。それだけは避けたいんだ」

拒否権はないんだろ?と圭志は言い返した。

強い視線を向けてくる圭志に湊は溜め息を吐いた。

「確に無い。だからと言ってすぐ神城を降ろすことはできないし、それは黒月個人の事であってそこまでは出来かねる」

きっぱり無理だと言い切った湊に圭志が次の言葉を探していれば、黙っていた観月が圭志を見上げて口を開いた。

「黒月くんさ、神城が嫌いだからって理由だけじゃないんでしょ?」

観月の何気無い発言に圭志はぴくり、と肩を揺らした。

圭志は表情を変えぬまま、観月に視線をやる。

それに、観月はニコニコ笑い続きを口にした。

「だってさ、神城が嫌いなだけならそんな大袈裟な事しなくても他に方法あるでしょ?」

例えば、神城以外に恋人を作って俺はお前のモノになんかならないぞ〜。とかさ。

「………」

ね?、と上目使いで可愛らしく首を傾げてくる観月に圭志の瞳はそれに比例して鋭さを増した。

「黒月、観月が言うように他の理由があるなら隠さず言え。内容によっては微力ながら力になろう」

湊は圭志の真意がどこにあるのか確かめようと無感動だった瞳に理知的な光を灯し、瞳を細めた。

しかし、圭志は他に理由なんてない。高科先輩の勘違いじゃねぇの、と肩を竦めただけだった。

「…そうか。俺達にも言えないことか」

湊は圭志が何かを隠しているという前提で頷いた。

「言うも何も、言うことがねぇ」

「そう?じゃぁ、僕が勝手に喋ってもいい?」

観月は相変わらず笑顔を浮かべたまま、そう口にした。

その事に圭志は今更ながら高科 観月という人物に気味悪さを感じた。

知らない振りをして全てを知っているのではないかと…。

観月は何も言わない圭志と湊を順に見て、ソファーにきちんと座り直す。

「黒月くんさ、前の学校で暴力事件起こしたよねぇ?それも一件だけじゃない」

公にはなってないみたいでそのことを知るのは当事者達だけみたいだけどねぇ、と観月は付け足す。

「そうだとして、今の話と何の関係がある?ねぇだろ」

圭志は観月がどうやってその情報を得たのか気になるところだったが、今はそっちじゃねぇ、と自身に言い聞かせた。

「ん〜、関係あるでしょ?そんな事がまた起きないよう神城を会長から降ろしたい、もしくは委員長にならなくて良い方法を探してる」

(コイツ、もしかして全て知ってるのか?)

圭志は隣でにこにこ笑っている観月を警戒した瞳で見つめた。

その中で一人、話の読めない湊はただ黙って二人のやりとりを聞く。

「黒月の名を持つって大変だねぇ。内からも外からもその足場を崩そうと狙らわれる」

「………」

「特に、次期当主、そしてその息子であれば尚更」

「……何が言いたい?」

圭志は一際鋭い、低い声で観月を威圧する。

「つまりねぇ、黒月くんは神城に被害がいく前に何とかしたいってことでしょ?」

学内とはいえ、恋人宣言なんてされたら確実に巻き込むことになる。


日本、海外、と幅広いフィールドで事業を展開している黒月財閥。

そして、次期当主に選ばれ社長補佐に任命された父。

圭志はその時から常に周りの人間関係には気を配っていた。

黒月の名に引かれてやってくる者。

当主の座を父から奪おうと、企む身内に黒月の成功を妬む輩。

極めつけが、父が当主の座につけば次にその座を譲り受けるのは圭志だと、決まってもいないのにその噂話を信じた馬鹿共による圭志への攻撃。

今まで誰にも言わず、知られずに一人で対処してきた圭志は、今もそのスタンスを崩す気もなく否定の言葉をつむいだ。

「それは先輩の考えすぎじゃねぇ?何で俺が嫌いな京介を守んなきゃいけねぇんだ」

はっ、と圭志は唇を歪めた。

「そうやって黒月くんは前の学校でもやってきたんだねぇ。友人を作っても親友は作らず、恋人も作らず、線を引き、その線を越えそうになった相手は突き放す」

そう真剣な口調で言った観月はもう笑っていなかった。

「………」

「なのに、神城は線引きをした中に容易く踏み込んできた。だから今、黒月くんはその中から追い出そうとしてるんでしょ?」

圭志はもう何も言えなかった。

どうしてだか知らないが観月は正確に圭志の隠していた真実を口にしていた。

圭志は二人の視線を遮るよう、顔を掌で覆うと溜め息混じりに言う。

「何で高科先輩がそんなこと知ってんだよ…」

観月はいつものにこにこした表情に戻りえへへ〜、と笑う。

「えっとねぇ、理事長に聞いたから」

観月の口から出てきた意外な人物に圭志と湊は目を見開いた。

「竜哉さん?」

「うん。僕と理事長メル友でねぇ、この間の日曜にメールが来てさ、きっと黒月くんが僕を訪ねてくるだろうからよろしく、って言われてたの」

どうりで黒月の内情に詳しいワケだ。

理事長、城戸 竜哉は圭志の叔父で本当は黒月 竜哉。竜哉も圭志と同じ理由からか、面倒事を嫌って偽名を使っている。

圭志と理事長の関係を知るのは限られた人間だけで、それを知らない湊は首を傾げた。

「なぜそこで理事長が出てくる?」

「理事長、竜哉さんは俺の叔父さん」

湊の疑問に圭志はあっさり答えてやる。

「そうか…」

「ねぇ、湊。これで協力してあげれないかな?」

湊は腕を組み、しばらく考え込む。

「観月はそれでいいのか?」


京介を一番始めに会長にと選び、推した観月に湊は確認をとる。

「いいよ〜。僕のお気に入りが傷つけられる方がよっぽど嫌だからねぇ」

だから、とにこにこ続け観月は圭志に視線をやる。

「黒月くんもそこまで神城の事嫌いだって言って、突き放さなくても大丈夫だよ」

圭志はその言葉に掌で顔を覆ったままぽつり、と溢す。

「…嫌いなものは嫌いだ」

でも、本当に嫌いならここまで来ないでしょ?

放って置けば、真実はどうあれ噂を鵜呑みにした黒月くんを狙う敵とやらが神城をどうにかしてくれるはずだもんねぇ。

それをしないのは黒月くんも多少なりとも神城を気に入ってるってことじゃないのかなぁ?

観月はそう思いつつもそっか、と頷き返した。

「では、具体的にどうやって会長から降ろすかだが…」

湊は二人を見据えて説明し始めた。

方法は前例を取り入れて四通り。

観月の様に後任を選び、辞める。ただし、この場合会長自ら辞職ということになる。

次に、会長がなんらかの理由で職務を全うする事が出来なくなった、又は困難な状況の場合。

そして、今までの事例の中で一番多いのは不信任案を提出する事だ。会長にふさわしくない、と思った生徒達が全校生徒から過半数の署名を集められれば誰でも簡単に出来る。

最後に、一度だけ合った異例中の異例に、前会長の復帰というのがある。



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