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一人部屋に残された圭志はソファーに身を沈め、染み一つない真っ白な天井を見上げて溜め息を吐いた。

「俺は……」

何かを言い掛けて口を閉ざす。

目を瞑り、再び息を吐き出すと瞼の裏に昨夜の光景がありありと思い出される。

耳元で囁く低い声―

口内を荒らす赤い舌―

欲情の色をのせた鋭い瞳―

触れた指から伝わる互いの熱、鼓動、呼吸全て―

そして……、体を貫き駆け巡った快感―

己の意思に反して行われた行為に対し、憤りを感じた。

硬くなに拒絶していた圭志が感じたものはただ、それだけだった。

始めに持っていた嫌悪感もいつしか消え去り、しまいには京介に囚われたような感覚に陥ってしまっていた。

圭志は閉じていた目を開き、その感覚を追い出すように首を振るとジッと前を見据えた。

「…くそっ、誰が捕まるか。俺はぜってぇ落ちねぇ」

初めて受け身の立場に立たされたからそう思うだけだ、と圭志は心の中で自身に言い聞かせた。

一方で、そう考えた頭の片隅で圭志はそう思わなければ京介の思惑に嵌ったような気がしてならなかった。









あれから、ソファーで眠ってしまった圭志は戻ってきた京介に起こされた。

そして、各自昼食を部屋でとり、到着した時と同じようにロビーに集まると、そこで閉会式をして無事交流会終了となった。










学園に到着した頃にはすでに陽は傾いていた。

眠ったことで多少回復したとはいえ圭志は学園に着くなり、誰かに捕まる前に荷物を持ってさっさと寮に向かって歩き始めた。

東寮六階-201-

ブルーのカードをスライドさせ鍵を外す。

室内に入り、リビングのテーブルに携帯とカードを置き、荷物を持ったまま寝室に入る。

ベットの上に荷物を放り投げ、クローゼットから服をひっぱり出すとシャワーを浴びに風呂場へ向かった。

シャツを脱ぎ、ベルトを緩めた圭志の手がぴたりと止まる。

「……あの野郎」

忌々しげに呟いた圭志の視線の先には姿身があった。

その中に写る自分の体には点々と紅い華がいくつも咲いていたのだった。

「これじゃしばらく誰も抱けねぇじゃねぇか」

(これもアイツの思い通りってか、気に入らねぇな)

姿身から視線を外すと苛立たしげに前髪を掻き上げた。


シャワーを浴び、さっぱりした圭志は頭にタオルを被り片手でがしがし拭きながら、冷蔵庫から烏龍茶を取り出しコップへ注ぐ。

それを持ってリビングのソファーに腰を降ろしたのと同時に来訪を告げるチャイムが鳴った。

防音設備が施されている寮内では各部屋の扉脇にこうした呼び鈴が設置されているのだ。

圭志はのんびり烏龍茶を飲みながら出るか出まいかを考えていたが、その間止むことなく何度も鳴らされるチャイムに煩さを覚えて立ち上がった。

「誰だ、まったく。うるせぇんだよ」

-ガチャリ

「あっ、やっと出た。もう、圭ちゃんたら遅いよ」

「こ、こんばんわ。圭志先輩」

開けた扉の向こうには頬を膨らませた透と少し緊張したような面持ちの夏樹が立っていた。

透は分かるとしても、一年である夏樹がなぜここにいるのか分からなくて圭志は首を傾げる。

「どうしたんだ夏樹?」

そう聞きながらまぁ、入れと言って二人を部屋に入れた。

室内に入った二人は何が珍しいのか部屋の中をキョロキョロ見回す。

「別に珍しいもんなんてねぇだろ」

リビングのソファーに二人を座らせ、圭志は言う。

「そうじゃなくて、僕首席部屋って入ったことなかったから初めて見る室内の広さに凄いなぁって思ってつい…」

そう言った透の横で夏樹もコクコクと頷く。


「え?俺が来る前は誰が首席だったんだ?明じゃねぇの?」

現在次席部屋にいる明が、圭志が来る前までは首席部屋にいたんだと思っていた圭志は疑問の声を上げた。

それに透は首を横に振って答える。

「ここにいたのは神城会長。でも、生徒会は七階にも部屋があるからほぼそっちにいたみたい。どうせ使わないからって言って今年から空きになってたんだよ」

「へぇ、アイツがね」

(そうだよな、会長なんてもんやってんだから頭は良いはずだよな)

温くなった烏龍茶に手を伸ばしながら圭志は納得する。

「それより圭ちゃん、僕達に飲み物はないの?」

じっと圭志の手元を見つめて透が催促した。

それに慌てて夏樹が口を開く。

「透先輩!?僕いいですから」

遠慮する夏樹を圭志が手で制して言う。

「冷蔵庫に入ってんだろ、好きに持ってこい」

了解vと頷いて透はキッチンに入っていった。

「すいません、圭志先輩」

「気にすんな。それより俺に何か用があんじゃねぇのか?」

透に用なら態々俺の部屋に寄る必要は無いし、と思い聞いてみた。

「えっと…、明日暇ですか?」

「ん?まぁ、これといった用はねぇけど…」

それが?と視線で先を促すと夏樹は視線を床に落とし耳を赤く染め、言った。

「明日、僕とデートして下さい!!」

夏樹のお願いに圭志は一もなく頷いた。

「いいぜ」

「本当ですか?やった!!」

がばっと赤い顔を上げて夏樹は喜ぶ。

そこへカルピスの入ったグラスを二つ持って透が戻ってきた。

「はい、夏樹。ちゃんと圭ちゃんに言えたの?」

「あ、ありがとうございます!圭志先輩とは明日デートすることになりました!!」

「よかったね。僕の言った通り圭ちゃんはデートしてくれるでしょ」

夏樹の隣に座った透はどこか誇らしく夏樹の頭を撫でながら言った。

二人の意味ありげなやりとりを目の前に圭志は首を傾げる。

「言った通りって何だ?」

「圭ちゃんが交流会の中で夏樹にデート券をあげて、でもそれがなくてもデートしてやるって言ったでしょ?」

あぁ、言ったなと圭志は肯定して夏樹を見やる。

「でも夏樹ったらそれをお世辞だと思ったらしくて、圭ちゃんとデートしたいくせに言わないから僕が平気だからって言ってここまで連れて来たんだよ」

だって…、と口篭る夏樹に圭志は笑った。

「フッ、可愛い奴」

「「………っ」」

その笑みを間近で見てしまった二人は顔を赤くした。


透は圭志の笑みで速まった鼓動をなだめながら室内の時計に視線を走らせた。

「そうだ、圭ちゃん。夕飯食べに食堂行かない?」

「悪いけど今日はパス」

食堂に行く気が初めからなかった圭志は即座に透の誘いを断った。

「ちぇ〜、残念」

透は唇を尖らせて残念がった。

「夏樹と一緒にいってこいよ」

「透先輩そうしましょう?圭志先輩も疲れてるみたいですし」

夏樹は隣に座る透の服を掴んでそう言う。

それに納得したのかは分からないが透は立ち上がると、自分達の使ったコップを片付けにキッチンへ行ってしまう。

その後ろ姿を見ながら圭志は口を開く。

「夏樹、お前部屋いくつ?」

「え?105ですけど…」

急に部屋の番号を聞かれた夏樹は驚きながらもそう返した。

「じゃ、明日の10時に迎えに行くから待ってろよ」

「っ、はい!!」

圭志が迎えに来てくれると知り、夏樹は喜んだ。








それから食堂へ行くと言った二人が部屋から出て行き、圭志はリビングの電気を消すと寝室に姿を消した。


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