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「黒月先輩、また会えて嬉しいです」

「おぉ、俺も皐月に会えて嬉しいぜ?」

席を立った男と一緒にソファーに座っていたのは皐月だった。

皐月が満面の笑顔でそう言うと、圭志もつられるようにして笑顔で返す。

そんな親しげな2人の様子を疑問に思った明が横から口を挟む。

「神城だけじゃなく流とも顔見知りなのか?」

「昨日偶然会ったんだ、な?」

「はい。僕がちょっと急いで廊下を走ってたら黒月先輩にぶつかっちゃって…」

「皐月、あの後大丈夫だったか?」

「え!?あっ、はい」

皐月はうっすらと頬を染めて答えると、ちらりとキッチンに立つ男に視線を向ける。

圭志もその視線を追って男の方を見る。

「あいつが皐月の言ってた宗太先輩?」

「うん、そう。渡良瀬 宗太(ワタラセ ソウタ)先輩。生徒会では会計をしている人で、僕の彼氏です」

頬を朱に染めながらも皐月はキッパリと言いきった。

(やっぱり彼氏か。まぁ、昨日の様子からすればそうだろうなとは思ったが)

2人の視線の先にいた宗太はトレイにカップを2つ乗せるとソファーの方へ戻ってきた。


「どうぞ。勝手に紅茶にしてしまいましたけど大丈夫ですか?」

明は用があって生徒会室にたびたび訪れるので確認は必要ないが、圭志が来たのは初めてなので宗太は心配げにそう尋ねた。

「あぁ、別に平気だ」

「そうですか」

2人の前にカップを置き終わるとトレイをテーブルの端に置き、宗太は皐月の隣に腰をおろす。

「宗太先輩、こちらが黒月先輩です」

「うん、そうみたいだね」

にこにこ笑ってそう言う皐月に宗太は優しい笑顔を向けて頭を撫でる。

そのことから皐月がいかに宗太に大切にされているのかが窺えた。

「ところで渡良瀬、静はいないみたいだけど…また?」

2人のやりとりになれているのか珍しく赤くならずに明は聞く。

「えぇ、京介を呼びに行った後そのまま逃げたみたいで」

宗太は呆れたようにそう言うと、撫でていた手を止め、圭志の方を向く。

「初めまして、黒月君。京介が君に迷惑をかけているみたいですまないね」

「いや別に。渡良瀬が謝ることじゃねぇから」

圭志は紅茶に口を付けながら苦笑した。

「そうですか?でも、そう言ってもらえると本当助かります。京介と静はとにかく周りの迷惑も顧みずにやりたい放題ですからね。どうせ今回の事も京介が原因でしょうし」

宗太は一人黙々と書類に目を通している京介に冷たい目を向けた。


「ところでさ、失礼を承知で一つ聞いてもいいか?」

圭志はカップを置きながら宗太に言う。

「何ですか?」

「何で金髪に敬語?」

宗太はそう聞かれて自分の髪を一房掴む。

「あぁ、これですか。これは自分でやったんじゃなくて美容師の兄が遊び半分でやったんですよ。で、その時ちょうど遊びに来ていた皐月が格好良くて良いと言うのでそのままにしているだけです。あと、敬語は癖みたいなものです」

「ふぅん。渡良瀬って皐月馬鹿なんだな」

「そうですね、否定はしませんよ。だから黒月君も皐月に手を出そうものなら容赦はしませんから」

にっこり微笑んで牽制する宗太に圭志は苦笑ぎみに言う。

「安心しろ、俺は人のものには手を出さねぇから」

「そうですか」

「2人とも、皐月が真っ赤になってる…」

そう言う明もあまりにもストレートに交わされる会話に仄かに耳が赤く染まっていた。

「宗太先輩…」

「ん?」

人目を憚らず甘い雰囲気に突入しようとした宗太と皐月に不機嫌な声がかかる。

「お前ら何してんだよ?人に仕事させといて」

やっと仕事を終わらせた京介が圭志達のいるソファーにやって来たのだ。


京介はそのまま明とは反対側の圭志の隣に座り、口を開く。

「まったく何で俺が静の分までやんなきゃなんねぇんだよ」

「仕方がないでしょう?静に逃げられたんですから。そもそも、京介が文句を言う筋合いはないんですよ?京介が捕まらない時は静がその分やってくれているんですから」

「やらせてるの間違いだろ」

京介はぼそりと呟くと宗太を視界から外して、隣に座る圭志の方を向く。

「それで圭志、女装する気になったか?」

「なんねぇよ」

「どうしても?」

「どうしてもだ」

「なら、仕方ないからその件は考えといてやる。その代わり俺のパートナーにはなれよ」

「…断われねぇんだろ」

「まっ、そうだな」

不機嫌そうに見てくる圭志に京介は相変わらず飄飄とした態度で答えた。

圭志はこの学園に来て京介に会ってから、京介の手の上で踊らされているような気がして気に入らなかった。

「いつかその余裕なくさせてやる」

「そんな時は来ないだろうけど楽しみにしてるぜ」






その後、少し雑談を交してから圭志と明の2人は生徒会室を後にした。







2人が生徒会室から出て行った後、宗太はカップを片付けながらソファーに横たわる京介に言った。

「京介が誰かに譲歩するなんて珍しいものを見ましたね」

「くくっ、そう見えたか?」

「違うんですか?」

宗太の横で片付けを手伝っていた皐月が不思議そうな顔をする。

「あぁ。俺は考えといてやるって言っただけで分かったとは言ってない」

「卑怯な…」

「なんか黒月先輩が可哀想…」

「フン、なんとでも言え。圭志を手に入れるのに今回の行事を使わない手はねぇだろ」

京介の言葉に室内には憐憫を含んだ二つの溜め息が落ちた。





第一章 完

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