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伊達眼鏡を外して、久し振りにブラウンのカラーコンタクトを瞳に嵌める。
スプレーで一時的に金髪に染めた髪は、驚くぐらい違和感があった。

「ははっ…、まさかまたこの格好に戻る日が来るとはな。…明が見たら怖がるか。それとも…」

どちらも俺に変わりはないと、あの綺麗で真っ直ぐな目を向けてくれるか。

静は自然と浮かべていた柔らかな笑みを、意識して消し去る。

「どのみち、これが最後だ」

中等部の頃を思い起こさせる姿をとった佐久間 静はその足で寮内のとある一角に向かっていた。普段自分達が学園生活で使用しているエリアとは対岸にあると言ってもいいほど、寮内の端へと押し込まれた不良達。その内情はどうあれ一緒くたにE組と呼ばれる生徒達が入寮している部屋がその一角に集められていた。

その彼らも開寮日である今日、寮へと戻ってきていた。寮内のそこかしこ、廊下に座り込んで話しているカラフルな頭髪を持った生徒達や所々に設けられている休憩室を占拠する不良達。その中にE組のリーダーを自称する男。赤池が分かりやすく自分の取り巻き達を前に大きな顔をしていた。

「でよ、俺は言ってやったんだ。そんな奴のどこがいいんだって。見た目も微妙な上に頭も空っぽなんて最悪だろ」

「ははっ、たしかに!」

「そんな奴、赤池さんと比べるのもおこがましいっすよ!」

騒がしく、その上品の無い会話を垂れ流している。静はそんな連中がたむろする休憩室に堂々と足を踏み入れる。
カラフルな頭を持つ不良達の中にも静と同じ色を纏う不良もいたが、静の存在はその中に埋没することもなく、今しがた歩いてきた寮内のあちこちから視線を集めていた。

「おいっ、今のって…」

「誰だ?」

「あんな奴、うちのクラスにいたか?」

見た目はそこらにいる不良達と何ら変わりがないのに、纏う空気が違う。自分達が気安く話しかけられるようなレベルじゃない。赤池とはまた違うグループに所属している不良達は静を一目見ただけで、そう判断して成り行きを静観する。
ただ、その中の一人がポツリと小さく呟いた。

「アイツ、中等部にいたセイじゃねぇか…」

ざわざわといつもとは違うざわめきにようやく気がついた赤池達が廊下の方へと顔を向ける。
その正面に立ち、足を止めた静は赤池と視線を合わせるとその唇をゆるりと吊り上げた。

「よぉ。この前は随分となめた真似してくれたな」

「っ、佐久間!?」

赤池の瞳が大きく見開かれる。静の顔を見て、その姿に驚愕した様に座っていた椅子から立ち上がった。取り巻き達も驚いた様子で静を見て、口を開けている。

「何を驚く?いまさら自分は関係ねぇと言い張るつもりか」

明をも巻き込み、随分と手の込んだ嫌がらせをしてくれたものだ。
うすっらと酷薄に笑みを刻んだ唇とは裏腹に酷く冷めたブラウンの鋭い眼差しが赤池を射抜く。

「っ、なんのことだか…」

静の迫力に飲まれてか、上手く言葉をはっせない赤池に向けて静は更に一歩大きく前へと足を踏み出す。周囲にいた赤池の取り巻き達を無視して、やや乱暴な動作で立ち上がっていた赤池の襟首を掴んだ。

「ぐっ、離せっ!」

すぐさま抵抗をみせた赤池の手が襟首を掴む静の手を掴む。自分から引き剥がそうと、怒りに顔を赤くして叫ぶ。

「こんな真似してっ、ただで済むと思うなよ!」

その声に、赤池の取り巻き達が我に返った様に動き出す。

「赤池さんを離せ!」

「てめぇ、ふざけた真似してんじゃねぇぞ!」

静はそのまま周りを赤池の取り巻き達に囲まれたが、それらを鋭く一瞥しただけで赤池に視線を戻して言う。

「それは俺の台詞だ」

これまでは見逃してやっていたが、いい加減うんざりなんだ。俺の周りをうろちょろしてるだけならまだしも、お前は手を出してはならぬものにまで手を出した。

静はそう言葉を続けると、赤池の襟首を掴みあげたまま酷薄な笑みを唇に刻む。

「お前がその気なら、俺も同じ事をしてやるぜ。お前が駒の一つとして使った、幼なじみ。安藤とか言ったか…」

「…っ」

「なんだ、その顔は?俺が知らないとでも?」

バカにしすぎだろ。
まぁ、そんなこと今はどうでも良い。

静はさらりと言葉を流すと続けて言う。

「そいつに菓子の一つでもプレゼントして、すぐにでも仲良くしてやろうか?」

「な…っ、てめぇ…ッ」

「へぇ、その反応…。言ってる意味がよく分かってるみたいだな。まさかお前がよくて、俺がダメだとは言わねぇよな?なぁ、赤池」

すぅっと鋭く細められた鋭利な眼差しが赤池の言葉を遮る。それでもなお、一方的に圧されている空気が気に入らない赤池は意地でもってぐっとその視線を跳ね返して口を開く。

「はっ、生徒会の人間がそんな真似していいとおも…」

「あぁ…勘違いするなよ。これは俺とお前の喧嘩だ。生徒会だのなんだのと、そんなもんは関係ねぇ」

「はっ、それこそ関係ねぇだろ。周りがどう思うかは周りが決めることだ」

その他大勢の生徒達から見れば、その真実がどうであれ、そうなるのだ。生徒会の副会長が一方的にE組のリーダーに手を上げた。それも一番あってはならない暴力行為で。

赤池はずる賢くも頭を使い、そう唇を歪めて返した。

「目撃者もたくさんいるからな。ははっ、終わりなのはお前の方だぜ!」

そう赤池は静を取り囲む自分の取り巻き達に視線を向ける。それを受けて、周りの取り巻き達も再び騒ぎ始めた。

「そうだ!こんなことして許されると思うなよ!」

「生徒会も終わりだな!」

「おい、早く赤池さんを離せ!」

そううるさく騒ぎ始めた取り巻き達の声に酷く冷ややかな声が被さる。

「それは残念だったな」

「ぁあ?何が?逃げられなくなって、とうとうおかしくなったか?…あと、いい加減放しやがれっ!」

気味の悪いくらい冷静な面持ちに、赤池は内心で怯みつつも強気な態度を前面に押し出して吠える。その内情すらも見透かしたかのように静は静かに力強く赤池に言い返した。

「以前の俺になら通じたかも知れねぇが、今の俺にその脅しは通用しない。周りにどう思われようが構わないぜ」

俺が気にする人間はそんな噂や嘘に惑わされない。多少戸惑いを見せるかもしれないが、その目はその心はいつだって真っ直ぐに俺を見てくれている。…明は周りが思うほど弱くはなく、芯の強い自分を持っている。

こんな俺でも好きだと言ってくれる特別な存在。
だからこそ守りたい。それには今と過去の自分が必要であった。

そう全ては一人の人間に繋がるこの心に、静はどうしょうもねぇなと内心で苦笑をこぼしつつ、表面上では殊更冷たい視線を赤池達に向けた。

「お前の敗因を教えてやろうか?俺を敵に回したことだ。俺は京介と違って綺麗なだけの手は持ちあせちゃいない」

そう、京介は正攻法を好む。ちゃんと証拠を集め、裏付けを取り。誰にも文句を言わせる隙を与えない。それこそ物語のヒーローのように。
そこが俺とは違う。俺は誰に文句を言われようとやりたいようにやる。証拠の捏造も厭わない。話の最後に帳尻が合えば中身はどうでも良いのだ。

「あぁ、そうだ。最後に一つ良い事を教えてやるよ」

「なん…っ」

「俺の親衛隊はお前の取り巻き達より遥かに優秀だぜ」

そうこの場で何が起きようとも。全ては俺の意向通りに証言してくれるだろう。

「っ、俺を脅す気か…」

「どう受け取るかはお前次第だ。っと、その前にお前がご所望の安藤をこの場に呼んでやるよ」

そして、お前の企みも全て安藤に教えてやるか。何せ安藤も知らなかったとはいえ、お前の片棒を担いだ一人だ。知る権利があるだろう。

そう言ってそこでようやく静は赤池から手を離した。ポケットに入っていたスマートフォンを取り出そうとして、その視界の中で己に殴りかかってくる赤池の姿を捉える。
その瞬間、静の口角が僅かに吊り上がった。





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