明くんのバレンタイン


――2月14日。
その日、明は朝からどこか上の空でそわそわしたりとどこか挙動不審気味であった。
そして、授業が終わるなり明は教室から姿を消す。

「…圭志」

「…あぁ。ちょっと様子見てくる」

流石に京介も気になったのか圭志に後を追わせた。

明の後を追い、圭志が辿り着いた先は意外な事に一年の教室が並ぶフロアだった。あちこちから向けられる好意の視線を流し、圭志は周りに目が向いていないのか一直線に1-Aの教室を訪ねた明に、そこが皐月のいる教室だと気付く。

「皐月に用か?でも何の?」

それは皐月も一緒だったのか自分を訪ねてきた明に驚いた様子だった。

「どうしたんですか、先輩?」

「あぁ…うん、その。流にちょっと頼みがあって…」

歯切れ悪く言う明に皐月は首を傾げる。
明は神妙な顔付きになり、何か覚悟を決めるときっぱりと告げた。

「俺にチョコの作り方教えて欲しい」

その台詞に皐月はぱぁっと瞳を輝かせる。

「もちろん良いですよ!静先輩にですよね?」

「えっ…!?いや、それは、その…」

「何だ、そんなことなら俺に言やいいのに」

「っ、黒月!いつからそこに…!?」

まったく尾行に気付いていなかった明の言い分はこういうことだった。

「前に静が、黒月に料理を教えて貰うのは無しだって言ったから」

「お前はそれを律儀に守ってんのか」

「うん。何かおかしい?」

「いや…、ただこの場合メールでも良かったんじゃないのか」

「あ……」

挙動不審の原因を突き止めた圭志は皐月の部屋で行われるチョコ作り教室にそのまま同行することにした。

「えっと、明先輩は静先輩に。黒月先輩は会長に作るんですよね?」

部屋に常備されているエプロンを身に着け、皐月はキッチンに立つと二人を見て言う。

「俺は別に。京介の奴何も言ってこないし今年はいいかと…」

「そんな、駄目ですよ!会長が何も言わなくても先輩からチョコを貰えばきっと喜んでくれますよ!だから先輩も一緒に作りましょう?」

「お…おぉ。やけに気合い入ってるな皐月」

皐月が予め用意していたという材料を使い、まず明の為に簡単なチョコ作りから始める。
同じくエプロンを身に着けた明は手を洗うと戸惑いながらキッチンに立った。

「どうしたらいいんだ?」

隣に立った皐月に指示を仰ぎ、明は包丁を手にする。

「まずこの板チョコを刻んで下さい」

「刻む?」

「刻んだ方が溶かしやすいんです。時間も短縮出来るし、なるべく均一になるように細かく刻んでみて下さい」

「…分かった」

ざくっと思い切って板チョコに包丁を落とせば隣から皐月がそうです、そうやって…と明に声をかけてくれる。
明は言われた通りに刻んだ板チョコが均一になるよう気を付けながら刻み作業を終えた。

「えぇと、次は?」

「次は湯煎ですね。このチョコを溶かし…っちょっと待って下さい!先輩!直接鍋に入れちゃ駄目なんです!」

「え?何で?溶かすんだろ?」

刻んだチョコをコンロの上に用意されていた鍋に入れようとして止められ、明は不思議そうに皐月を見返す。その様子を二人とは別に作業を進めていた圭志が眺め口を挟んだ。

「直接火にかけるとチョコが焦げて駄目になるぞ」

「えっ、そうなの?」

さっと明の手元にボールを用意しながら皐月も頷く。

「そうです。面倒でも湯煎はちゃんとこうしてボールを用意して、その中に刻んだチョコを入れてもらって」

と、コンロに置いた鍋には水を入れて火をかける。その水が50〜60℃のお湯になったらチョコ入れたボールをお湯に浸けてその中でチョコを溶かす。

「そうなんだ…」

初めて知ったと明は素直に感心する。
水がお湯になり、適温になってから明はチョコを入れたボールをお湯に浸けた。ゴムヘラを手渡され、ぎこちない手付きでチョコを溶かす。

キッチンにはチョコレートの甘い匂いが漂っていた。

「チョコが溶けたら次は型に。あ、でも、僕が用意した型しかないんですけど良いですか?」

「良いも何も俺が頼んだんだし、こっちからお願いするよ」

「はい!じゃぁ…」

用意されたハートやウサギ、可愛らしい型の中に溶かしたチョコを流し込む。

「アーモンドとかナッツも砕いて入れますか?それと何かトッピングも」

着々と出来上がっていく手作りチョコに明はほっと頬を緩ませる。

「後は冷蔵庫に入れて、夕飯を食べ終わった頃には出来てると思います」

ぱたんと、冷蔵庫にトッピングをし終えた明のチョコと自分のチョコを入れ、皐月は明に笑いかけた。

「うん、ありがと流。助かったよ」

「そんな、役に立てたなら良かったです」

ほわわんと和んだ空気に圭志も冷蔵庫にチョコを入れ、後はチョコが冷えて固まるのを待つだけとなった。
一旦その場は解散となり、夕食後それぞれ皐月の部屋にチョコを取りにくることにする。

いつも通り透と夕飯を食堂でとった明は頃合いを見計らって皐月の部屋を訪れた。
室内には宗太もいたが、皐月から事情でも聞いたのか宗太も快く明を迎え入れてくれる。

「黒月先輩もさっき取りに来たんですよ」

「静にあげるならラッピングもするべきでしょう」

あれやこれと二人に教えてもらいながらラッピングも済ませると明はお礼を言って皐月の部屋を後にした。
そして、問題の部屋の前に立つ。

「………」

深呼吸をして、呼び鈴に指を…伸ばして止める。
それを数回繰り返し、やがてこくりと息を飲んだ明は手の中にある重さに腹をくくって呼び鈴を押した。

「………」

少しして鍵の外される音がし、目の前の扉が開く。
どきどきと速まった鼓動に頬を熱くさせ、明は顔も見ずに手にしていた手作りチョコを相手に向かって突き出した。

「これっ…約束の…」

しかし、相手に受け取る気配がみられず、明はおずおずと視線を上げる。
するとそれを待っていたかのようにチョコを持つ腕ごと掴まれ、部屋の中へと引き摺り込まれた。

「わっ、静!」

「本当に作ってきたのか?」

玄関で抱き締められ、手にしていたチョコを取られる。耳のすぐ側で聞こえる声に明は身じろいだ。

「だって、約束だろ…」

「俺はお前からのキスを期待して待ってたんだけどな」

「〜〜っ、しないから!チョコ作ってきただろ!」

それはちょうど三日前。どうしてそんな話になったのか。静がバレンタインに明からチョコかキスが欲しいと言ったのが始まりだった。
悩みに悩んだ末、明が出した答えが皐月にチョコの作り方を教えてもらうだった。

玄関からリビングへと移動した静は綺麗にラッピングされたチョコを見て口許を緩める。
掛かっていた緑色のリボンを解き、包装紙を剥がすと中から四角い箱が現れる。
明はその様子を静の隣に座ってどきどきしながら眺めていた。

箱を開ければ可愛らしい動物型のチョコやハート型のチョコ少しトッピングのされたチョコが並ぶ。

「お前にしては可愛らしい選択の」

「流に教えてもらったんだ。だから…」

「なるほど、それでこの型か」

ふと明へ視線を移して静が笑う。明の前では眼鏡を外して素顔を見せる静の眼差しに、それだけで明の頬は熱くなった。

「うん。それで初めて作ったんだけど…どう、かな?」

聞かれて、静は一つチョコを摘まむ。口の中へと入れればミルクチョコレートが甘く舌の上で溶けた。
窺うように返事を待つ明に静は口端を吊り上げ、その胸にある不安を直ぐ取り除いてやる。

「普通に美味しいな」

「そっか…良かった」

美味しいと言われて明は安堵したように頬を緩めた。その頬に静の手が触れてくる。

「明」

「な、何?」

心無し近付いた距離に明はちょっだけ緊張したように体を強張らせる。
頬に触れた手はするりと優しく頬の上を滑り明の頤にかけられた。

「お前からのチョコ、自分で思ってたより凄い嬉しいらしい」

「え?」

「キスしてもいいか?…駄目だって言ってもするけどな」

気のせいでもなく近付いた距離が突然ゼロになる。唇に柔らかな感触を受け、驚いてる間に静はそっと離れた。

「甘いな…。チョコのせいか?」

「なっ…、っ…!」

数瞬遅れて明の顔が赤く染まる。静は何事も無かったかのように二つめのチョコを摘まみ、隣で顔を赤くして黙り込んだ明からのバレンタインチョコを堪能した。


END.


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