明くんの嫌いな人(静×明)


風紀副委員長に指名されて一ヶ月。明は慣れない仕事に疲れきっていた。

「何で俺が…。恨んでやる」

右手に校内の風紀について纏められた書類を持ち、一ヶ月前の生徒総会で自分を指名してきた人間を思い浮かべ呟く。
そんな時に限って、

「おっ、明。何処行くんだ?」

ソイツは現れる。

「佐久間…」

「違うだろ明。俺の事は静って呼べって言っただろ?」

これから一緒にやってく仲なんだし堅苦しいのは無しなと、ゆるりと弧を描いた唇がそう告げた。

「………」

けれど、いまいち慣れない、どちらかといえば苦手な部類に入る静を明は受け入れられずにいた。
何とも言えない表情で黙り込んでしまった明に、静は気付かれぬ程小さくため息を吐き、軽い口調で口を開いた。

「それとも明は俺が嫌いか?」

「えっ!?そう言うワケじゃないけど…」

心の中を見透かされた様な台詞に明は何だか落ち着かなくなって視線をうろうろさ迷わせる。

「なら、名前ぐらい良いよな」

「うっ、…まぁ」

名前を呼ぶぐらいなら別に…。

渋々頷いた明に、静はズレた眼鏡を直す振りをした掌で口元に浮かんだ笑みを隠した。

「それで、何処へ行こうとしてるんだ?」

「…風紀室で仕事しようかと思って」

隣を並んで歩き始めた静に明は戸惑いながら返した。

「風紀室か…。それなら生徒会室に来いよ」

「えっ!いや、いいよ。俺が行ったら邪魔になるし」

静もそうだが、明はまだ生徒会の面々に慣れていなかった。

生徒会長の神城 京介はどこか近寄りがたく、派手な噂も絶えない。静とは別の意味で苦手だ。
生徒会会計の渡良瀬 宗太は優しそうではあるが何故か髪は派手な金髪。金髪=不良というイメージがあってどうもに敬遠してしまう。
生徒会書記は今の所空席だが、既に決まっているらしく。流 皐月、一つ下の学年でまだ九琉学園中等部三年。

静は明の心の内を知ってか知らずか、逃げようとする明の腕を掴み言う。

「大丈夫だろ。そんなこと気にする奴はいねぇ。一人で風紀室にいるより良いと思うぜ」

グイグイと腕を引かれ、反論もままならずに明は流される様に生徒会室の扉をくぐってしまった。

「ちょっ…!!」

中には案の定というか、発足して間もない生徒会役員がテーブルを挟んで顔を突き合わせている。

「どこ行ってたんですか静?っと、後ろにいるのは新見君?」

鋭い視線が静に向けられ、後ろにいた明を捉える。

「あ、明で良いです」

その鋭い目に、明は咄嗟にどうでも良いことを口走った。

「どうせ静に強引に連れて来られたのでしょう?今、飲み物を淹れますからその辺に座って待っていて下さい」

予想というより正確に、明がここへ来た理由を把握している風な宗太を明は首を傾げながら見送る。

「ほら、宗太もあぁ言ってることだし座れよ明」

「うわっ!」

掴まれた腕をそのまま引かれ、明は応接室のソファに腰を下ろす。

隣には静、正面には明が入って来てから一言も口を開いていない京介。
真っ直ぐ自分に向けられたその瞳に明は恐怖を覚えた。

そして、

「新見 明。お前は静の指名で風紀入りが決定したが使えねぇ奴だと俺が思ったらすぐ辞めてもらうぜ」

唐突にそう突き付けられた。

「は?」

「俺の組織に使えねぇ奴はいらねぇって言ってんだ。辞めたくねぇなら覚えとけ」

その言い様にさすがの明も怒りを覚えた。

「っ、なんだよそれ?」

キッと明は恐怖さえ感じた京介を精一杯睨み付け、言い返す。

「勝手に指名して、使えない奴だったら辞めさせる?だったら始めから指名なんかするなよ!俺は別にやりたいなんて一言も言ってない!」

そう言い切り、明ははっと我に返った。
しまった、俺、今…。
一転して、顔から血の気が引いていく。

京介と明の間を遮るように、腕が視界に入り込みソーサーが目の前に置かれる。

「どうぞ、紅茶ですが平気ですか?」

「あっ、大丈夫です」

宗太の腕が退き、恐る恐る京介の方を見やれば京介はニヤリと口端を吊り上げ笑っていた。

「良い拾い物をしたな、静。コイツは合格だ」

肩に静の腕が回され、明は意味が分からないと京介を見つめた。

「だろ?俺の目に狂いはないぜ」

カチャリと眼鏡のブリッジを押し上げ、静が得意気に笑う。

「みたいだな。他の風紀委員選出はお前と明に任せる。が、委員長席は空席にしておけ」

「あれ?色んな噂が飛び交う生徒会長様に恋人の一人や二人…」

「いねぇよ。どいつもこいつも欲しいのは神城の名とこの顔だけだ。俺は遊びに付き合ってやってんだよ」

フンと偉そうに言い返した京介は用は済んだとばかりに席を立った。

「京介、どこへ行くんですか?まだ仕事は終わってませんよ」

「良かったな明。これで晴れて俺達の仲間だ。さ、他のメンバーを決めようか」

にっこり笑って顔を覗き込んできた静の腕をバシッと払い落として、明は拳を震わせる。

「…っ、騙したんだな。何が一人で風紀室にいるより良いだよ!やっぱりお前なんか大嫌いだ!」

人を試すような真似なんかして!

手にしていた風紀の資料を静に投げ付け、明は生徒会室を飛び出す。

ちょっと良い奴かもって見直したのに!何だよアイツ!

慣れないメンバーだから気を使ってくれてるのかと思ったけど、俺だって何とか慣れようと頑張ってるって言うのに。馬鹿にされた気分だ。
何故だかじわりと視界が滲む。

「おい明、そのまま行くと階段から落ちるぜ」

「え?」

横合いから出てきた腕にぐっと肩を掴まれ止められる。
横に視線をやればそれはついさっきまで生徒会室にいた人物で。

「か、みしろ…?」

「ったく、世話のかかる野郎だな。何があったか大体想像付くがな」

肩から手が離され、京介は前髪を苛々と掻き上げ言葉を続ける。

「逃げられたくなきゃしっかり捕まえとけ。俺に迷惑かけんな」

その睨むように鋭い視線は明を通り越して、その後ろへ向けられていた。

「はいはい。京介には迷惑かけねぇようにやるよ」

そう言っている間に明の身柄は静へと引き渡される。

「分かってんならそうしろ」

「あっ、神城!待っ―」

お礼言ってないと明は場違いな事を、けれど常識的な事に思い至って、去っていく京介の背に声を上げた。
しかし、明の常識はすぐ側にいた静に打ち砕かれる。

「明。もしかして京介に惚れたか?」

「なっ!?男なんかにほ、惚れるわけないだろ!俺は神城にお礼をっ!」

確かに神城は格好良いと思うけど。

カッと顔を赤くして反論する明に静は眼鏡の下の瞳を細めた。

(ノーマルって噂は本当らしいな。その上、この手の話に慣れてないと見た)

「それならいいけど。京介の奴は止めとけよ。アイツはお前の手には負えねぇからな」

「だから、俺は別に!」

むきになる明を静は愉しげに見つめ、今度こそ逃がさないよう明の肩を抱いた。
そしてその耳元に唇を寄せ、ひっそりと甘い声を流し込む。

「俺にならいくら惚れても構わないぜ」

「〜〜っ、誰がっ、離せ!」

ぼんっと音が立つぐらい更に顔を真っ赤にした明は、ばたばたと抵抗しながら叫んだ。

「お前なんか大嫌いだっ!」

「それは残念。さ、生徒会室に戻るぞ」

抵抗虚しく、明はあっさりと生徒会室に連れ戻されたのだった。







おまけ…

静と明のやりとりを背に聞きながら京介は階下へと足を進める。

アイツでもなかった。

「あっ、京介様!暇でしたら僕と遊びましょうよ〜」

甘ったるい声を出しながら寄ってくる少年に京介は冷たい視線を向ける。

ましてやコイツ等でもない。

「邪魔だ、退け」

何かに苛立っていた京介は煩わしいとばかりに、腕を勝手に絡めてきた少年を突き放した。

「きゃっ!待ってよ京介様!」

「聞こえねぇのか、今すぐ失せろ。ついてくんじゃねぇ」

ひっと後ろで息を飲んだのに気付いたが京介は振り返りもせず、足を進める。

俺が欲しいと心から望むものは…。

外へ出て、校舎から離れる。

木々に囲まれた、滅多に人の近寄ることの無い横道へ入って行く。
ザァザァと水の吹き上がる噴水、その側に設置されたベンチへと寝転がり、京介は何かを掴むように空に手を伸ばし、拳をぎゅっと握った。

「いつになったら手に入る?」

それは、人か、物か、はたまた心か…何を指すのか。京介自身、まだ明確には分かっていなかった。

けれど、足りないのだ。
心が満たされない。

時折、表れては消える焦燥感を胸に抱き、京介は瞼を閉じた。

「…………」

数ヵ月後、京介はその場で出会う。自分を射抜く強い眼差しに。

あぁ、俺はコイツを待っていたんだ。
必ず手に入れてみせる。


end.


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