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それから街の中をぶらぶらと、雑貨屋に寄ったり本屋に寄ったりと気の向くままに皐月と宗太は夕方までデートを続けた。

「名残惜しいですが、そろそろ帰りましょうか」

「…うん」

帰り道を歩く中で、皐月はちらちらと自分の右手首に嵌められたブレスレットを気にするような素振りをみせる。
それはデート中に宗太が皐月へと買ってくれたものだった。

緑色と白色、黄緑色と深緑色の珠が連なる綺麗なブレスレットだ。
ちらちらと右手首を気にした様子で見る皐月に宗太は気付いて微笑む。

「そんなに気に入ってくれましたか?」

「えっ…あ…ぅ」

はいと、何を気にしているのか気付かれた皐月は恥ずかしそうにしながらも嬉しげに頷く。

皐月にとってはただのブレスレットではなく、連なる珠が皐月の誕生月に合わせたパワーストーンで作られているというから尚更。皐月には特別なものに思えてしまってしょうがない。

「でも、僕ばっかり色々と貰っちゃって…」

緑はエメラルド。白は白翡翠。黄緑と深緑はクリソプレーズ。どれも五月の誕生石だ。

「私も皐月には沢山のものを貰ってますよ?」

伏し目がちに言った皐月に宗太は気にすることなどないと穏やかな眼差しで言う。

「こうして学園外で皐月とデートするのも久し振りですし、皐月と一緒にお店の中を覗いただけでも楽しいです。今日だけでも色んな皐月の姿を見せて貰いました」

「それは僕も…宗太先輩を…」

「うん…、中でも一番嬉しかったのは皐月が私を誰にも渡したりしないって言ってくれたことかな」

言いながらふわりと甘く笑いかけられて、皐月は一瞬何を言われたのか理解するまで反応が遅れた。

「え…――っ!?」

今日だけで何度目になるのか皐月は顔を真っ赤に染め上げた。

「せ…先輩、聞いてたんですか?」

「聞こえたんですよ」

柔らかく微笑む宗太に皐月はうわぁと羞恥で瞳を潤ませる。

「あれは…その…」

「うん?皐月はそれだけ私のことを想ってくれてるって…私は自惚れてもいいのかな?」

家路へと向かっていた足を止め、宗太は真っ赤になった皐月の顔をそっと覗き込む。
逃げられない体勢に皐月はどきどきと息を詰め、僅かに間を空けた後はっきりと…短い一言とふにゃりと崩れた笑顔で想いを伝えた。

「…ッ…はい」

照れ臭そうに頷いた皐月に宗太はぱっと顔を持ち上げ、咄嗟に片手で自分の顔を覆う。

「っ、今のはちょっと…」

「せ…先輩?」

いきなり離れた宗太を、潤んだ瞳で皐月が心配そうに見上げる。おろおろと戸惑いだした皐月の顔を宗太は指の隙間から見下ろして細く息を吐く。

「…ごめん、皐月」

「え…?」

そして、顔の上から下ろした手で皐月の腕を掴むと、直ぐ脇にある路地へと皐月の身体を引っ張り込んだ。

「先ぱ…」

驚いた表情を浮かべる皐月に宗太は出来るだけ優しく微笑みかけて、その口を自分の唇で塞いだ。

「ん…っ!?」

突然のキスに皐月は目を見開き、手探りで宗太の服を掴む。
触れ合った唇は熱くて、二度三度触れてからそっと促すように宗太の舌先が皐月の下唇をつついた。

「ぅ…ン…」

近すぎてぼやけた視界で宗太の視線を感じ、皐月は恥ずかしそうに瞼を閉じる。

「…ふ…ッ…ン…」

ちょっとだけ開いた唇から宗太の舌が皐月の中に入り込み、水音を立てて絡まる舌先が皐月の背筋をぞわぞわと震わせる。

「は…、皐月…」

腰に宗太の手が回され、皐月はそのまま宗太に身を任せるように口付けに応えた。


くたりと胸元に寄り掛かってきた皐月の頭を宗太は優しく撫でる。
深いキスの余韻を感じながら、呼吸を整えている皐月に宗太は自分の中で昂った熱を静めながら口を開いた。

「いきなりごめんね」

「………」

「しかもこんな外で」

謝る宗太の声に、皐月は宗太にもたれ掛かったままふるふると頭を左右に振る。

「…嫌じゃないから」

「皐月…」

「僕…宗太先輩に触れられるの…好き、です。どきどきしてそれどころじゃないぐらい恥ずかしいけど…嫌じゃありません」

言葉だけじゃ足りないと、皐月はおずおずと宗太の背中に腕を回す。
真っ直ぐすぎるぐらい純粋に好意を寄せてくる皐月に宗太は困ったような笑みを浮かべた。

「…皐月。そんなこと言われると貴方を帰したくなくなってしまう」

ぎゅっと腰に回されていた宗太の手に力が籠る。
頭の側に寄せられた宗太の唇が皐月の耳を掠めた。

「っ…」

「…帰りましょう、皐月」

「…ったら、」

「ん?」

「だったら、うちにまた泊まっていって下さい」

宗太の胸元から顔を上げた皐月は顔を真っ赤にしながらも、ジッと下から宗太を見上げて言う。

「皐月、それは…」

「分かってます、僕の我が儘だって。僕が先輩とまだ一緒にいたいだけ…」

ぎゅっと宗太の背中に回していた手を握って、皐月はそっと宗太の背中からゆっくりと手を下ろす。

「ごめんなさい。先輩を困らすようなこと言って。今のはやっぱり聞かなかったことに」

「しませんよ」

離れていこうとした皐月を腕の中に引き留め宗太は吐息を溢した。

「皐月がそう望むなら、今夜も泊めてもらいましょう。ただ…ここまで言われて、何もしない自信はありませんよ?」

それでもいいのならと宗太は皐月の耳元で熱っぽく囁き、最終確認をとる。
それに皐月はこくりと頷き返して宗太の服の裾を握った。

「良い…です。先輩になら、僕。嬉しいから」

そろりと勇気を出して言った皐月の額に羽のようにふわりと宗太の唇が落とされる。

「あまり私を煽らないで下さい。私もそこまで出来た人間ではないので…今すぐ抱いてしまいたくなる」

「――っ」

皐月から身体を離して、宗太は皐月の手をすくい上げる。路地から元の道へと戻って手を繋いだまま、二人は言葉少なに皐月の家へと帰った。

さっそく用意された客室に通され、宗太と皐月は使用人がセッティングしていった紅茶で一息つく。

「……」

会話はなくとも居心地の良い空気に皐月はカップに口を付けながらちらりと宗太の様子を窺った。すると宗太も同じように皐月を見ていてパチリと視線がぶつかる。

「あ…」

目が合うと宗太は柔らかく表情を崩した。

「美味しいアールグレイですね」

「…うん。確か昨日のパーティで来てた輸入業の方がくれたものです」

「皐月の家はカフェやレストランを展開しているんでしたよね」

「そうです。僕はまだ家業の手伝いは少ししか出来てませんが」

「うん。でも、皐月がお店を任されるようなことになれば私は通いますよ?」

「嬉しいけど、それじゃ僕が仕事にならなくなっちゃいます」

きっとと、皐月は想像してもごもごと返す。
まだどうなるかも分からない未来の話に、当たり前に自分達が一緒にいる姿に宗太はくすりと笑みを溢した。










皐月の両親は昨夜のパーティが終わるとすぐに仕事へと戻っていた。
そして皐月の母は父の秘書を勤めており、公私共にいつまでも仲睦まじい。

そんな両親だから二人の間に出来た皐月を、忙しいからと蔑ろにしたことはなかった。
ただ、皐月が成長するにつれ、皐月の方が忙しい両親を思って何でも自分で出来ることは自分でするようになっていった。

夕食の準備が整ったと使用人に声をかけられ、皐月は宗太を食事の間に案内する。
流家には使用人が数名と両親が見込んだ調理人が二名程存在する。

食事をするテーブルは長方形ではなく、よく家族で会話が出来るように正方形の四角いテーブルだ。
白いクロスの掛けられた上には、ちょこんと小さめの華が活けられている。

「どうぞ、座って下さい」

宗太が皐月の家に邪魔するのは別に今日が初めてのことではない。
流家の厨房を借りて皐月の為にクッキーを作らせてもらえる程度には流家の人々に宗太は認めてもらえていた。

二人は時おり笑みを浮かべ他愛ない話をしながらほんわかと楽しく食事をする。最後にはデザートまで出されて、皐月は使用人から囁かれた言葉に嬉しそうに破顔した。

「先輩、このチーズタルトうちの両親からだそうです」

「え、まさか…お忙しい中作って下さったんですか?」

「はい、そうみたいです」

久々に帰宅した皐月と、皐月と仲良くしてくれる宗太を皐月の両親は会えない代わりにこうして歓迎してくれる。

「なんか悪いですね。皐月、ありがとうございますって御両親に伝えておいてくれますか?」

「もちろん」

終始温かな空気に包まれて夕食の時間は過ぎて行った。



「先輩、お風呂に行きましょう」

食後まったりしてから一度自室に戻った皐月は着替えを手に宗太に宛がわれた客室へと顔を出す。
客室にもシャワーは付いているが、それじゃ味気無いと皐月は宗太を邸内にある大浴場へと誘っていた。

つるりと大理石で出来た浴場は楕円の形をしており、湯気と共に花の香りが立ち上っている。
脱衣所で先に服を脱いだ皐月は腰にタオルを巻き、隣でシャツを脱いでベルトを緩めている宗太の姿を目に入れて今更になって薄く頬を染めた。

もしかして僕、今までにないぐらい大胆なことしてる?

かぁっと熱くなる顔を俯かせ、宗太に背を向ける。

「ぼ、僕、先に入ってますね」

「………」

くるりと背を向け浴場に向かった皐月を見送り宗太は小さく息を吐く。

「昼間に言ったことを忘れたのか…無防備過ぎますよ」

それともこれは何かを試されている?

宗太は宗太でぐらつく心を持て余したまま、タオルを片手に浴場へと足を踏み入れた。
ちょうど皐月は髪を洗っていたのか目を閉じて、泡をお湯で流している。

その隣にあった椅子に座って宗太も身体を洗い始めた。


泡を落とした皐月は目を開けてびっくりする。
直ぐ隣にいた宗太に、何だか気恥ずかしさを覚えた。

それでも一度見てしまったら目が離せなくなる。
ボディソープを付けて、剥き出しの腕を洗う仕草。しっかりと付いた筋肉は無駄が無く引き締まっている。

「………」

気恥ずかしさを忘れて皐月はぽぅっと宗太の姿を見つめてしまう。

「………」

「………」

「……っ皐月。流石にそうジッと見つめられると洗いづらいんですが」

「は…っ!?―っ〜っ、す、すみません!ごめんなさいっ!」

声を掛けられた皐月は我に返ってぶわりと全身を真っ赤に染め上げる。慌てふためいて宗太から顔を反らし椅子から立ち上がった。

「さ、先にお風呂に入ってます!」

そして、ぎくしゃくとした動きで湯船へと身体を沈めてぶくぶくと顔の半分までお湯の中に浸かる。皐月は自分の失態にぐるぐると狼狽え、背を向けた方向からザァッとお湯の流れる音を耳にしてびくりと肩を震わせた。

「どうしよ…先輩が来ちゃう」

どくどくと血が沸騰するように身体が熱くなって、物凄く恥ずかしい。
ぺたぺたと聞こえてきた足音に皐月は身を堅くした。

「…隣、入りますよ?」

「っ、はい…」

広い湯船なのにそれが普通のことのように宗太は皐月の隣へと身を沈めてくる。
ざぁっと溢れたお湯にどきどきと皐月の鼓動は鳴り止まない。

なにも宗太と一緒にお風呂に入るのはこれが初めてじゃない。それなのに皐月の鼓動はまったくいうことを聞いてくれずに静まる気配をみせない。

ざばりと隣で動いたお湯に、皐月の身体に腕が回される。

「わぁっ…!?」

お湯の中から持ち上げられた皐月は横向きに宗太の足の上に乗せられた。
顔を覗き込まれて、宗太がくすりと笑う。

「顔、真っ赤」

「〜〜っ、見ないで下さい」

湯船の中で素肌が触れ合い皐月の鼓動はますます乱れていく。
皐月の腰を支えていた片手が熱くなった皐月の頬へと触れて、するりと首筋へと下りていく。
指先が鎖骨をなぞり、胸元を辿ってそこで止まる。

「っ…先輩」

「どうしました?」

「…ぁ」

そろりと皐月の胸に置かれていた指先が動き出し、胸にある小さな果実をぐっと押し潰す。そのまま円を描くようにぐりぐりと捏ねられて、皐月はぴくりと肩を揺らす。

「ゃ…先輩…」

羞恥と不安が入り交じった表情で皐月は宗太へと手を伸ばした。
片手を宗太の首に回して、もう片方の手で腰に回された宗太の手を掴む。

見つめてくる皐月に宗太はふっと瞳を細めた。

「…言ったでしょう皐月。私をあまり煽らないようにと」

ぷくりと硬く芯を持ってきた皐月の胸に宗太は顔を寄せて、飴を転がすように口に含んで舐める。

「ひゃ…っ、あっ…先輩…!」

「ん…」

皐月の手が重ねられた手で、皐月の腰をなぞり、柔らかい内股へと宗太は手を滑り込ませた。


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