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翌日も二人が起きた頃には陽は既に空へと昇っていた。

テラスから射し込む陽射しの眩しさに圭志は瞳を細め、リビングのソファに身体を沈めたままぼやく。

「あー、マズイな。完璧だらけてる」

寮生活で多少生活リズムが出来ていたというのにここへ来て三日目でもう乱れ始めていた。
ずるずるとソファに身を沈めてぼやいた圭志の頭をソファの後ろに立った京介が持ち上げた右手でぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。

「だらけながら言ってたら意味ねぇだろ」

「何すんだよ」

その手を払い、圭志はソファから身を起こすと背後を振り返る。
京介は振り払われた手を気にすることもなく会話を続けた。

「髪、跳ねてるぜ」

「あ…」

「まぁ俺しか見てねぇからいいけどな」

そう言って京介はソファの前へ回ってくると自然な動作で圭志の隣へ腰を下ろした。
圭志は乱れた髪を手櫛で直しながら口を開く。

「髪伸びたなぁ。暑いしそろそろ切るか結ぶかするか」

はらりと、髪を直す指先から零れた髪の毛を京介が掬い上げる。

「きっちまうのか?」

「ん?何だよ、何かあるのか?」

「ちょっと思い出しただけだ。お前、ガキの頃肩ぐらいまで髪伸ばしてたことあったよな?」

「あ〜、あったような気も…。そうだ、母さんの命令で切れなかったんだよ」

「何でまたそんな」

髪から手を下ろした圭志は右手を顎に添え、思い出すように言う。
その間、掴んでいた圭志の髪から手を話した京介は圭志の頭に手を添えた。
さらりと直された髪を梳き、京介は口許を緩める。

「母さんはどうにも女の子が欲しかったらしくてさ。散々髪の毛弄られて、俺は毎日違う髪型にされてた」

「ふっ…」

「今は笑い話で済むけどな、当時はほんっとうに大変だったんだぜ」

「いや悪い、想像したら可愛くてつい…」

「かわっ…馬鹿言ってんな!俺はもう御免だぜ!」

クツリと肩を震わせた京介に圭志は眉を寄せて声を尖らせる。
それを宥めるように京介はぽんぽんと圭志の髪に触れていた手で圭志の頭を軽く叩いた。

「悪かった。けど、切るのは勿体ねぇな」

「………」

無言で見返してくる圭志に京介は言葉を付け加える。

「俺は結構お前の髪好きだぜ」

「……だから?」

「切るのは良いけどあまり短くし過ぎるな。触り難くなるだろ」

京介の一方的な言い分に圭志は機嫌を損ねた振りをしたままフンと顔を横に反らした。

「考えといてやる」

そっぽを向いてしまった圭志に京介は声には出さずに苦笑を浮かべる。
ここで余計なことを言えば今度こそ圭志は機嫌を損ねるだろうと、京介には何もかも筒抜けだった。

「今日は一日ここでゆっくりして、海に行くのは明日にするか」

「……え?」

「ん?」

「それで…いいのか?」

話を変えた京介に圭志の視線も戻ってくる。

「いいも何も休みはまだたっぷりあるんだ。急いで遊ばなくてもいいだろ」

「そりゃそうだけど…」

ふっと圭志の瞳が翳る。
珍しくどこか煮え切らない態度の圭志に京介は首を傾げる。

「海行きたかったか?」

「別にそうじゃない。…俺、麦茶いれてくる」

訊けば圭志はどこか憮然とした様子で京介の言葉をかわし、頭に置かれていた手からも逃げるようにするりとソファから立ち上がってしまう。

ぱたりとソファの上に落とした手を口許にあて、踵を返し何か言いたげにしながらもキッチンの中へ入っていく背中を京介は目で追いかけた。

今の会話の中に圭志の機嫌を損ねるような何かがあっただろうか?

突然変わった圭志の様子に京介は目まぐるしく頭を回転させる。

ただ、海に行くのは明日にしようと言ったら圭志は心なしか残念そうな顔をした気はする。それでも、海に行けないのが残念なわけではないとそれは圭志自信が否定した。

それなら他に何が…と考えて、一つだけ思いあたった事柄に京介はふっと小さく口許を綻ばせた。
それは二人がこの別荘に滞在する理由の一つでもある。

「あぁ…、そういうことか。しょうがねぇな」

言いながらソファから立ち上がり、京介はキッチンで麦茶を用意しているだろう圭志の元へ足を向けた。

「圭」

そして甘く名前呼んで、圭志が振り向く前に背後へと歩み寄った京介はふわりと緩く圭志を腕の中に抱き締める。

「なに…?」

「思い出作りも大事だけどな、一番大事なのは今一緒にいることだろ」

圭志は一度思い出を無くしてしまっている。だからまた新しく思い出を作りたいのだろう。京介なりにそう答えを出して圭志の耳元へ寄せた唇で言う。

「思い出なんてもんは無理に作らなくても勝手に後からついてくるもんだ」

「…なんで」

僅かに間を空け、グラスに麦茶を注ぐ手を止めた圭志は己の身体に回された京介の手に触れポツリと溢す。

「何でお前はそうやって気付かなくてもいいことにまで気付くんだ」

次いで非難がましい目が京介の横顔に向けられた。
ちらりと至近距離で圭志と目を合わせた京介はさも当然とばかりに言い切る。

「お前のことだからだ。これが他の奴だったら気にも留めねぇ自信がある」

「妙な自信持つな」

自信たっぷりに言った京介に圭志は呆れた様子で口を挟む。
結局京介の言葉を否定しなかった圭志は肯定もせず、身体に回された京介の手をペシペシと叩いた。

「はぁ…もういいだろ?離せよ」

気を許しきって肩から力を抜いた圭志に京介の瞳が細められる。抱き締めた腕から伝わるぬくもりに仄かな熱が京介の双眸に宿る。

「おい、聞いてんのか?離せって…」

「そろそろ無理だな」

「…なに?」

「これだけ毎日側にいて、プールでは見せつけられて。その上俺との思い出が欲しいなんて言われちゃ我慢も限界だ」

「は…ぁ?俺はそんなこと言って…っ!?」

ようやく京介が動いたかと思えば、耳の側に寄せられていた唇が圭志の目元に触れてくる。

「圭…お前が可愛いことするからいけねぇんだぜ」

「きょ…う…ンっ…」

驚いて横を向いた圭志は間を空けず京介に唇を奪われた。

「ん…ッ…」

許可無く圭志の口腔の中へと侵入した舌は上顎をなぞり、戸惑った様子で残された舌を絡めとると互いの唾液を混ぜ合わせるように激しく絡む。

「…ふっ…ぁ…きょ…」

口腔内を余すところ無く愛撫していく熱い舌先にゾクゾクと身体が震え、くちゃりと水音を立て深まっていく口付けに文句を言いながらも自然と圭志は応えていた。


京介の腕の中で身体を反転させられた圭志はシンクに寄り掛かり、離れた唇が繋いだ糸を舌をちらつかせ舐めとる。

「ン…は…っ…」

僅かに乱れた呼吸を整えながら京介を見つめれば伸びてきた手が圭志をシンクに囲う。

「圭志」

自分の何が京介を煽ったのか、一瞬前までの穏やかな雰囲気をがらりと消し去り至近距離で絡む瞳は欲を湛えた男の目だ。
これまでも幾度か目にしたが今日はそれ以上に京介の求める熱を感じて圭志はこくりと喉を震わせた。

「は…っ…」

それほどまでに求められていることに圭志の心が浮き立つ。歓喜、ともすれば笑みさえ零れそうになる唇を抑え、不意打ちの口付けで灯された熱に色気を滲ませる。自ら京介の首に腕を絡めると圭志は京介を自分の方へと引き寄せた。

「もっと…」

鼻先が触れるか触れないかの距離で動きを止め圭志は囁く。

「こんなんじゃ足りねぇ」

一度炎の灯った身体はキスだけじゃ満足出来ない。
それも想いを寄せる者が相手なら尚更…相手の全てが欲しい。
それはお前も俺も一緒だろう?

挑発するように、引き寄せた京介の瞳を覗き込みその目元に唇で触れて圭志は誘う。

「全然足りねぇよ…京介」

目元に触れて離ていった唇を京介は追い、再び唇同士が重なる。

「ん…っ」

一度目の濃厚なキスで熱く濡れた唇を触れ合わせ、京介は吐息混じりに囁く。

「すぐに俺でいっぱいにしてやる」

今度は軽く唇を啄まれ、擽ったいような甘い痺れが圭志を襲う。
戯れるように何度か触れて離れた唇は顎を伝い圭志の首筋に埋められた。
ぱさりと頬を擽る京介の髪と首筋を伝う生暖かい舌の感触に圭志の肩が揺れる。

「は…っ…ン…」

じくりと肌を吸われる感覚に息を詰め吐息を溢せば、シンクに置かれていた京介の片手が圭志のシャツの中に潜り込む。

腰から背中のラインを撫で上げられ、前へと回ってきた手が胸へと触れる。女のような柔らかさはないが適度に引き締まった滑らかな肌の上を京介の指先が滑り、胸に付いた飾りをぐりぐりと指の腹が押し潰す。

「っ…ん…」

むず痒いようなもどかしい刺激に緩く首を振れば首筋から顔を離した京介の唇が胸に下りてくる。
着ていたTシャツを捲り上げられ、寄せられた唇が胸の飾りを食む。

「――んっ…は…」

一方をぐにぐにと指の腹で弄られ、もう一方を尖らせた舌先でちろちろとつつかれる。

「は…っ…」

時おり甘く噛まれてはひくりと身体が震え、吐息が零れた。

「ン…っ…京…」

ぐずぐずと身体の中に生まれた甘い衝動と疼きに、圭志は京介の頭を抱いていた腕を解くといつものように自分も京介の肌に触れようと京介の襟元に手を伸ばす。

「…ぁ、ちょっと…待て。ン、この体勢…やりずらい…っ」

しかし、身を屈めた京介にそれ以上どうにもならなくなって圭志はもどかしげに声を上げた。
すると京介は顔を上げぬまま胸に置いた手とは逆の手で圭志の腰をさわりと撫で、口端を吊り上げた。

「それで良い。お前はすぐ手を出そうとするからな」


腰を撫でた手はおもむろにベルトに掛けられ、片手で器用にベルトを外していく。
反射的にか、抵抗しそうになった圭志の足の間に京介は身体を割り入れ、圭志の足を封じると、ベルトを外した手で圭志の内股をそっと撫で上げた。

「――っ」

ぞわりと走った震えに息を詰めれば、京介は胸への刺激を与えたまま今しがたベルトを外したズボンに手をかける。

「まっ…きょ…ぅッ…ン…!」

「こっちに集中してろ」

ジーッとジッパーを下ろされる音を耳にして圭志が動こうとすれば、胸に触れていた唇がキツく肌を吸う。

「――っ」

一つ二つと滑らかな肌の上に華を咲かせた京介は熱の隠った低い声を落とす。

「いい加減愛されることを覚えろ」

「ば…っ…待て…ッ」

「待たねぇ」

待ったをかける圭志の手が京介の腕を掴むが、それよりも早く京介は阻むものの無くなったズボンと下着を引き摺り下ろした。
そして、そこから出てきた微かに反応を見せる中心に目を落とすと手を添え、掌に包み込むようにしてやわやわと刺激を与えた。

「く…ぅ…っ…」

完全に主導権を奪われた圭志はじわりと目元を赤く染め、直に与えられる快楽に堪えながら情欲に濡れた瞳で京介を睨み付ける。

「はっ…そういう目は男を煽るだけだ。お前も分かってるだろ」

「…ッ…ンんっ!」

視線がぶつかった途端、圭志は噛み付くように唇を塞がれる。

「ふ…うっ…ン…」

唇を割り、絡む舌に言葉を奪われる。ぐちゃりと立つ水音はどちらから聞こえて来るのか。
ずくりと腰に走る甘い疼きに京介の腕を掴んだ圭志の手が小刻みに震えた。

「…ん…はっ…ぁ…」

指先の絡められた中心は硬く芯を持ち、指が動かされる度とろりと先端から蜜を零す。
ぱたりと…京介の指先を伝って落ちる蜜は圭志が感じている証拠。

「ん…ン…ぁ…」

口付けながら、手を濡らす熱に一層笑みを深めた京介は愛しげに圭志を見つめると口付けの合間に言葉を紡いだ。

「今ぐらい、いらねぇ意地は捨てろ」

とろとろと溢れだした蜜に圭志の足が震え出し、シンクに背中を押し付けられる。
その不安定な体勢に、京介の腕を掴んでいた手を京介の背中に回せばやっと唇が解放される。

「っ…はっ、意地なんて…」

濃厚な口付けが互いを銀糸で繋いだまま、圭志の言葉を遮るように真摯な眼差しと声が熱っぽく注がれた。

「俺に愛させろよ…圭志」

ドクンッと強く心の奥深くまで響いたその声に心が震えて、限界まで昇り詰めていた熱が一際熱く圭志の身を襲う。どうしようもなく込み上げてくる感情に京介のシャツを握ると圭志は京介の肩口に顔を押し付け声を殺した。

「はッ…っ…く、ぅん…」

「愛してる、圭」

そして、耳のすぐ側で囁かれた声にひくりと身体が跳ね、身体の中で渦巻いていた熱い奔流が堪えきれず京介の手の中で弾ける。

「ンっ…ぁ…――ッ!」

どろりと溢れだした蜜は京介の手をしとどに濡らし、ぐちゃぐちゃと絡められた指先は全てを搾り取るように動き続ける。

「…っ…ンっ…はっ…ぁ」

足が震えて、力の入らない身体を圭志は京介に預けた。


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