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プールから上がった二人は室内にある露天風呂のシャワーで体を洗い流し、脱衣所で着替えてリビングへと戻った。
冷房を付け、麦茶を飲んで一休みしてから並んでキッチンに立つ。

「ちゃんとエプロン着けろよ」

圭志から手渡された紺色のエプロンを身に着け、野菜と道具を用意する圭志の姿を京介は流しで手を洗いながら眺める。

玉葱、ニンジン、じゃがいも、こんにゃく、肉。

「なに作らせる気だ?」

手を拭いた京介は並べられた材料を見ても検討がつかず眉を寄せて直接圭志に聞いた。
すると圭志はあっさりと言う。

「肉じゃが。寮にいる時俺が作ってやったろ?本当はカレーでも良かったんだけど昨日食ったしな」

ほら包丁、と手渡されて京介は困惑した顔で受けとる。

「そんなもん俺に作れるのか?」

「大丈夫だって。いつもの調子はどこいったんだ。俺に出来てお前に出来ねぇわけねぇだろ」

まずはじゃがいもとニンジンの皮剥きな。
隣に立った圭志が包丁の握り方から皮剥きの仕方まで手取り教えてくる。

「ちょっ、待て京!それじゃ指きっちまうだろ!」

「あ?」

「ここはこう持って」

「ンなこと言ったって、コイツが凸凹してんのが悪いんだろ。皮剥き難いんだよ」

じゃがいもの皮剥きに四苦八苦する京介に対し、圭志は淡く口許に笑みを浮かべる。ちらとそんな圭志の横顔を盗み見た京介はポツリと溢した。

「お前…楽しんでねぇか?」

「楽しいってより嬉しい」

皮剥きが終わったじゃがいもを食べやすい大きさに切り、面取りをした後にんじんへと取りかかる。

「俺が苦戦してんのが?」

嬉しいと答えた圭志の真意が読めぬまま、ぎこちない手付きでニンジンの皮剥きを始めた京介に圭志はそうじゃないと直ぐに否定の言葉を被せた。

「嫌だって言わなかったからな」

「……俺が?」

「作ってもいいぐらいには思ってくれたんだろ?何だかんだ言いながら実際作ってるし」

「まぁ…そうだな。お前じゃなかったらこんなことしねぇし」

言いながら京介はなんとなく圭志の気持ちに気付いた。

誰だって好きな奴が自分の為に何かしてくれるというのは嬉しいものだ。

「そう考えると俺もお前から貰ってたな。家族以外じゃ俺が初めてとか」

「ん?あぁ料理の話か。寮に入るまで特別誰かに作る機会もなかったしな」

にんじんを切り、その流れで他の材料も切る。

下準備を終え、鍋を火にかけて圭志は京介にバトンタッチする。

「まず肉を炒めて、次に野菜な」

「んー」

京介の隣に立って圭志は鍋の中をジッと見つめる。未だ少し手付きが怪しいが、ここまで来て京介も落ち着いてきたのか肉に火が通ってから野菜を入れる手順は滑らかだった。

「何か作れてる気がしてきた」

「気ってなんだよ。作れてるだろ」

可笑しなことを言い出した京介に圭志は笑う。
しかし京介は至って真面目だった。

「お前、嘗めんなよ。俺にとっちゃ初めて料理と言える代物だぞ」

「はいはい、お前の貴重な手料理期待してるぜ。…でも、普通中学の家庭科とかで作らなかったか?調理実習とか」

「何回かあった気もするが作ったことはねぇな。そもそも俺は貰う側だった」

「それはそれでムカつく話だな。野菜に火が通ったら水入れるぞ」

調理する手を動かしながら二人は器用に会話を続けた。


火を弱めておたまを片手に鍋の前に立った京介は圭志の指示のもと、小まめにアクを取り除きながら十分程肉じゃがを煮込む。

「もう入れていいのか?」

「いいぜ」

圭志の用意した調味料、砂糖、醤油、みりんを順に入れて今度は二十分程煮詰まるまで煮込む。
手にしていたおたまを置いた京介は完成に近付いた肉じゃがに視線を落とし、ポツリと呟く。

「良い匂いするな」

「あぁ、食うのが楽しみだ。んじゃ、後一品作るぞ」

そう言うと圭志は一旦まな板と包丁を洗い、キュウリとニンジン、キャベツと調味料を用意し始めた。
再び包丁を握らされた京介は幾分か様になった包丁使いでキュウリを輪切りに、ニンジンを千切りに切っていく。

「これ、サラダか?」

「コールスローサラダな」

「ふぅん」

「サラダが終わったら豆腐の味噌汁で最後だ」

今夜の二人の夕飯はご飯に肉じゃが、サラダに豆腐の味噌汁だ。
その全部が作り終わった時には外は薄暗くなっていた。

リビングのテーブルに作ったばかりの料理を並べる。麦茶を一緒に置いて圭志と京介は向かい合って席に着いた。

「あー、なんか変な感じするなこれ。俺が作ったとか…」

いただきますと箸を手に取った圭志はぼやく京介に苦笑を浮かべる。

「違和感?初めてにしちゃ結構上手いだろ。最初は少しひやひやさせられたけどな。いつ自分の手を切るかって」

「…そんなヘマしなかったろ」

「しなかったけど俺はハラハラさせられた」

さっそくとばかりに肉じゃがに箸を伸ばした圭志に京介も箸を進める。

「ん…美味い」

圭志の動向を窺いながら箸を進める自分に気付いて京介はふと擽ったいような気持ちを覚えた。

そこへ、圭志がふわりと笑いかける。

「お前もやれば出来るんじゃねぇの料理。美味いぜ」

「上出来か?」

「おう」

満足気に笑う圭志に釣られるように京介もゆるりと口許に弧を描く。
そして、感じたままをさらりと口にした。

「けど、俺はお前が作った飯に慣れてるからな。自分で作った飯よりお前の作った飯の方が美味いし、好きだぜ」

「…っそ」

柔らかく表情を崩した京介に圭志は口を付けた味噌汁を行儀悪くずずっと啜る。
コールスローサラダにも箸をつけて圭志は京介からのハジメテの手料理を残さず味わった。

無事圭志のリクエストに応えた京介は夕食後リビングで寛ぐ。夕飯の片付けは圭志がすると言って、京介にお茶を入れてキッチンに入って行ってしまった。

先に風呂に入るかと、ぼんやりソファで寛いでいた京介の口から小さく欠伸が漏れる。

「今日は慣れねぇことしたからなぁ」

それに暑い中外へ出たし、柄にもなくプールでは圭志と一緒になってはしゃいだ。誰の目も気にすることなく、馬鹿みたいに追い掛けっこなんかして。
まるで昔に戻ったような錯覚を覚えた。

「おい京、そこで寝るなよ。眠いなら風呂入って来い」

「んー、一緒に入るか圭?」

キッチンからかけられた声に京介はゆっくりとした動作で振り返る。
風呂に誘われた圭志は眠そうな京介の様子にぱちりと瞼を瞬かせた。

いつになく京介が無防備な姿を晒している。

「圭?」

「いや、プールから出た時に身体洗ったしな。眠いならそのまま部屋に引き上げてもいいんじゃねぇ?」

「…それもそうだな」

言いながら京介が立ち上がる気配はない。
圭志がキッチンから出てくるのを待っているのか、京介は眠そうにしながらもお茶に手を伸ばしていた。


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