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疲れが溜まっているのは圭志だけではなく、京介も同じだったのか圭志が眠ってすぐ京介も瞼を下ろした。
そして、目覚ましも掛けなかった二人が翌日起きた頃には既に陽は高く空へと昇っていた。

「ん…?」

先に目を覚ました京介はぼんやりした頭で身体を起こそうとして圭志の腕が自分の身体に巻き付いているのに気付く。

「…圭志」

ぴったりと京介の胸に額を押し付け、少し丸まるように自分にくっついて眠る圭志は酷く無防備だ。微かに零れる寝息に頬が緩む。

「……圭」

圭志の背に回していた片手を持ち上げ、まだ起きる気配のない圭志の後頭部に指を挿し込むと京介は赤みがかったその黒髪を上から下へゆっくりと梳く。

「…ん……」

もう何度か一緒に寝ているが圭志は本当に朝が、特に寝起きが悪い。起きても大半は寝惚けているか、機嫌が悪いか、稀にちゃんと目を覚ます、のどれかだ。

まだ少しこのままでいたい。穏やかな空気に包まれてそんな気持ちに駆られる。けれども、今日は今日で圭志を連れて行きたい所が京介にはあった。

胸の内で数分葛藤した京介は結局惜しく思いながらも圭志を起こす為に声をかけた。

「圭志…朝だぞ。起きろ」

「…ぅ…」

「圭志」

声は届いたのかぴくりと震えた身体に、京介は少し声を強くして目覚めを促す。髪を梳いていた手を止め、身体を離そうと動いたところで京介は逆に強く圭志に身体を引っ張られた。

「…っお…い?圭志?」

胸元に押し付けられていた額を更に強く押し付けられ、足が絡まる。
まるで京介をベッドから出さないように、自分から離れないように動いた圭志に京介は一瞬驚く。

「起きてるのか圭志?」

「………」

「圭…?」

離した手を圭志の頭に戻して、髪に触れれば圭志は行動で反応を返す。
京介の胸元に擦り寄り、圭志はふっと目を開けた。

「……れ…?」

寝起きで掠れた声を漏らし、圭志は首を傾げると緩慢な動作で京介を見上げる。
鋭さもなく緩んだ視線が京介と絡み、徐々に光を宿していく。

「起きたか?」

「…今…何時…?」

「あと一時間したら昼になる」

「は、嘘!?俺そんなに寝て…って、お前も一緒か」

やたら近かった距離を疑問に思わず、圭志は京介を解放する。京介も圭志から手を離して今度こそ身体を起こした。






もうお昼に近い為、着替えを済ませてから朝食兼昼食を用意し…
内容は簡単におにぎりとサンドイッチ、スープだ。

昨夜と同じように向かい合ってテーブルに着き、圭志は二人分のお茶を湯飲みに注いだ。
さっそくサンドイッチに手を伸ばした京介の前に湯飲みを置き、圭志もおにぎりを手にとる。

「いただきます」

「…美味いな」

「ん、そうか?サンドイッチなんか冷蔵庫にある具材を挟んだだけだけどな」

美味いなら良かったと、圭志はサンドイッチにも入れたツナが入ったおにぎりをもぐもぐと食べる。
良く寝たせいかお腹はやたらと空いていた。

「圭志」

二つ目のサンドイッチをかじりながら京介が言う。

「今日はお前を連れて行きたい場所がある」

「良いけど…何かあるのか?」

「それは行ってみねぇと分からねぇ」

「ふぅん」

連れて行きたい場所と言いながら何だか曖昧な返答に圭志は首を傾げながらも行けば分かるかと深くは聞かない。

「それより聞き忘れてたんだけどさ」

「何を?」

湯飲みに口を付け、一口お茶を飲んでから圭志は会話を続ける。

「うちは親が今海外でいないから特に話は回ってこねぇんだけど、お前他所の家のパーティーとか呼ばれてんじゃねぇの?」

俺と一緒に別荘に来ちまってるけど。

息子の夏期休暇を利用して、そこから他家との繋がりを更に強くしようとか、繋がりを持とうとか色んな名目を付けて親達はパーティーを開くはずだ。
そこに神城家の跡取りである京介が呼ばれていないはずがない。

圭志の疑問に京介はあっさり頷く。

「呼ばれてるな」

「良いのかここにいて?」

「行く行かないは俺の自由だ。親からも了承は得てるし、必要があれば親父が出る」

「今さらだけど、俺もしかしてお前の親に迷惑かけてねぇか?」

発端は親父の事といえ、圭志は子供染みた我儘を京介に言った自覚は少なからずあった。それが京介の家にまで及んでいようとは思いもせず圭志は眉を寄せた。


昆布入りのおにぎりを片手に京介は肩を竦める。

「気にするな。逆に俺にそこまで言わせた恋人の方がうちの親は気になってしかたねぇらしいからな」

「それは…何と言うか…」

「あぁでも…パーティーと言えば静や明達の所からも家に招待状来てたみたいだな。一通り電話で確認したが、皐月の所は確か今日だったか」

学園で付き合いのある人物達の名が上がり、圭志は湯飲みを置きながら口を挟む。

「それなら尚更出た方が良かったんじゃねぇの?」

知らない仲ではないのだ。顔を出すぐらいはと思って言えば京介はゆるりと口角を引き上げた。

「会長は気にせず黒月先輩と一緒に過ごして下さい。家の事は大丈夫ですから、だと」

「皐月か」

「理解ある後輩だな。皐月には俺から皐月の親に伝言を頼んである。だから俺が顔を出さなくても皐月が何か言われることはねぇし、むしろ俺からの伝言を預かってきたことに皐月は褒められるんじゃねぇか」

学園の中にはどこそこの社長や企業の息子だのがごろごろといて気付き難いのかもしれないが、京介を始め生徒会連中は学園の中でも飛び抜けて社会的地位は高い所にある。

生徒会の中で甲乙つけるなら一番はやはり神城家、神城財閥だろう。次に佐久間と渡良瀬が並び、今話しに出てきた皐月の流家。付け加えるなら明の新見家は流家の次ぐらいに力を持つ。

更におまけでいえば黒月財閥と神城財閥の関係は対等だ。社会的な目線で見ればライバル関係に見えるがその関係は非常に良好で、神城の中には黒月の血も混じっている。

先に先手を打っていた京介に圭志は感心したような眼差しを向ける。

「色々考えてたんだな」

「まぁな」

それ以上押し付けがましく何かを言うわけでもなく京介は話を流す。
それから温かいキャベツ入り玉子スープを飲んで二人は朝食兼昼食を終えた。

「皿だけ洗ってくるから少し待っててくれ」

重ねた皿をトレイに乗せ圭志は椅子から立ち上がる。

「急がねぇからゆっくりでいいぜ」

それに京介は頷き返し、キッチンへ入っていく背中をのんびりと見送った。


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