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各人想い合う相手と時を過ごし、仲を深めていく。そうして生徒会並び風紀の仕事にも目処がつき、あっという間に寮での二週間は過ぎていった―。

「忘れ物はありませんね?」

ロビーに揃った面々を前に宗太が確認するように言う。その傍らには小さめの旅行鞄が置かれていた。
また、同じように皆の足元にも小さめの鞄が置かれている。

宗太の言葉の後、京介が口を開いた。

「それじゃここで解散だな。次に会うのは八月の入寮日初日だ。生徒会の集まりがあるの忘れんじゃねぇぞ」

「それをお前が言うのか京介。お前こそ黒月と二人だからってハメ外して学校来るの忘れるなよ」

わざわざ肩を竦め、からかうように口を挟んできた静を見返し京介は軽くあしらう。

「お前も休み中明に嫌われねぇようにしろよ」

「ちょっ、神城何言って…!」

側でやりとりを眺めていた明はいきなり自分に話が飛んできて慌てる。

「私達はそんな心配ありませんからね、皐月」

「はい!」

「…俺もねぇとは思うけど」

大人しく京介の隣に立っていた圭志は朝から珍しく自分が緊張している事を自覚していた。

自ら言い出したことではあるが、いざ当日となるとどうも勝手が違うらしい。

これから圭志は京介と共に神城家所有の別荘へと車と船を使って移動する。そしてそこは昔、家族ぐるみか何かで一緒に行ったことがある…らしいのだが。色々なことがあり圭志は忘れてしまっていた。

「どうした?行くぞ、圭志」

「…あぁ」

ぼんやりしていた圭志は京介に声をかけられ、足元に置いていた鞄を手に取ると京介の後を追って歩き出す。

寮の前に付けられた車に宗太と皐月が乗り込み、明と静は別々の車に乗る。

「明。うちに来る時は連絡しろ。迎えに行くから」

「…うん、分かった」

車に乗り込む直前、静から掛けられた声に明はじわりと耳を赤くしながらもしっかりとした返事を返す。

「それでは、お先に失礼します」

「先輩、また入寮日の日に」

窓を下ろし、律儀に挨拶をしてから宗太と皐月を乗せた車が動き出す。その後を明と静を乗せた車が二台続き、京介は目の前で開かれたドアに圭志に乗るよう促した。

その車は以前にも一度、圭志が転校前の街に行った時お世話になった車でもあった。運転手も同じく、圭志に気付くと会釈をしてくる。

荷物をトランクにしまい、圭志の隣へ座った京介はドアが閉まってから運転手へと声をかけた。

「行き先は分かってるな?」

「存じております」

「ならいい。車を出してくれ」

「畏まりました」

ゆっくりと動き出した車に圭志はシートに身を凭れさせ、窓の外へ視線を投げた。


そんな圭志の様子を横目に見ていた京介は同じようにシートに背を凭れると圭志へ話し掛ける。

「どうした?朝から調子でも悪いのか?」

「いや、別に」

車は九琉学園の正門を出て左折し、坂道を下る。

いつになく素っ気ない態度をとる圭志を訝しみ、京介は右手を圭志に向けて伸ばした。窓の外を眺ていた圭志は額にそっと触れてきた手に肩を震わせ、京介を見る。

「別に熱なんかねぇよ」

「それなら良いが。具合が悪いなら船に乗る前に言えよ」

「…あぁ」

手が離され、前を向いた京介の横顔を圭志はなんとはなしに見つめて口を開いた。

「…そうだ。京介」

「ん?」

一度離れていった視線が圭志に戻される。

「夏休み中のこと竜哉さんに言ったのか?」

「は?何で俺が。言ってねぇし、アイツに言う必要ねぇだろ」

確かに言う必要はないかもしれない。そこからまた親父に話が行ったらそれはそれで、京介と別荘に行く意味がない。

「なら…お前、別荘使うのに家の人には何て言ったんだ?」

これはさすがに親の許可がいるだろう。と思って圭志が聞けば京介は親に告げたと思わしき台詞を平然とした顔で答えた。

「夏休みは恋人と過ごしたいから別荘を借りる」

「…それで親は何て?」

「好きに使えだと。ただ一つ条件を付けられたけどな」

ふっと絡んでいた京介の眼差しが和らぐ。つられてとくりと跳ねた鼓動に圭志は無言で先を促した。

「最終日には顔を見せに来いだと。恋人を連れて」

「俺も?」

「当然だろ。お前以外誰がいるっていうんだ」

自信たっぷりに言い切った京介に圭志は頬を緩める。しかし、喜んでばかりもいられないと圭志は冷静になって表情を引き締めた。

「俺のこと言ったのか?」

「言ってねぇ。けど、心配するようなことは何もねぇよ。お前の親父ほどじゃねぇが家も少し常識外れなとこがあるからな」

「それは安心していいとこなのか…?」

逆に不安が増した様子の圭志に京介は苦笑を浮かべ、圭志の髪に触れる。

「安心しろ。万が一何か言われても俺が守ってやる」

「俺は…」

「言い方が違うか。そうだな。何を言われても俺がお前を手放すことはねぇ。それで良いか?」

圭志の気持ちを汲んでかわざわざ言い直した京介に、圭志はさらりと髪を梳かれながら頷き返した。







やがて車は高速道路に乗り、サービスエリアで休憩と昼食を挟んだ後潮風を感じる道路へと抜ける。
窓からの眺めもガラリと変わり、太陽の照り付ける砂浜に、水面がきらきらと反射して眩しい海。

海沿いを走り、港へと到着して車は停車した。
そこから用意されていた船へ移り、陸路から海路に入る。

陽射しの降り注ぐ甲板に出て、ずっと車に乗っていて凝り固まった体を解すように圭志は腕を伸ばし、伸びをした。

「暑いな…」

風に髪を靡かせ、海面の眩しさに瞳を細める。遠くへ視線を移していた圭志の隣に船の中から出てきた京介が歩み寄った。

「本当はヘリでも行けるんだけどな。なるべくなら前と同じがいいだろうと思って船を手配しておいた」

「へぇ…。前行った時も車と船で?」

「あぁ。流石に同じ船は無理だったけどな。あの時俺とお前は船の中を探検して船が島に着くまで遊んでた」

どこか懐かしむように言った京介に圭志はそうかと短く返す。

「そのぐらいの時は意外とまだ餓鬼っぽいことしてたな」

その頃はまだ周囲の目など気にする必要がなかった。大人など関係なく、自分達だけの世界で完結していられた。

「まぁ、別荘に着いたら俺とお前だけになる。必要な荷物はもう運び込ませてあるし、何か足りなければ一時間ぐらい歩いた先にいくつか店がある」

別荘が立つ地はまったくの無人島というわけではなく有人島で、村も存在している。

「ふぅん」

話を聞いて想像するより、これから実際目にするのだ。そう思えば圭志の反応も薄く、遠くに見えてきた島影へと意識を移した。

「圭志」

「んー」

傍らに立つ京介に肩を抱かれる。引き寄せられるまま流されてみれば耳元に寄せられた唇が少し熱っぽく囁いた。

「昔のことを思い出すのも良いが、あまり俺を無視するなよ?」

「無視なんか…ン」

言いながら京介を見返せば唇が重なる。触れるだけの軽い口付けを交わして唇は離れていく。

「してるだろ?朝から上の空だ」

「それは…」

「気になるのはしかたねぇけど、これが初めて二人で過ごす夏休みだってこと忘れるなよ」

至近距離から見つめて言われ、圭志は肩に置かれた京介の手に自分の手を重ねると凛と意思の隠った眼差しで京介を見つめ返した。

「忘れるわけねぇだろ。…二度と」


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