08


一番最初に夕食を食べ終えた圭志はグラスに注がれた水を一口飲んで喉を潤すと、次に食べ終えてナフキンで口を拭いている明に視線を向けた。

「そろそろ食堂に入って来た時のあの視線の意味を聞こうか、明様?」

明様、と言うフレーズに明は圭志とのキスを思い出し、顔を真っ赤にする。

(ノーマルとはいえこの反応…もしかして…)

圭志は明のあまりに素直な反応に思い当たる事があり、一応確認してみる。

「明、初めてだったのか?」

「〜〜っ」

返答に詰まる明にやっぱり、と圭志は心の中で呟く。

そこへ、やっと夕飯を食べ終えた透が口を挟む。

「でも良いじゃん明。知らない人とかじゃなくって圭ちゃんとだよ?この学園にいる以上いつか誰かに奪われるかも知れないんだから」

「うっ…それはそうだけど」

明は透に上手く丸め込まれて渋々ながら納得してしまう。

「それよりも圭ちゃんに教えてあげなよ」

「それよりもって…透。はぁ〜」

明は溜め息をついてナフキンを置くと言葉を続ける。

「あの視線の半分は透が言ってた様に編入生である黒月に向けられたもので、もう半分は俺に」

「だろうな。連中の中に、俺が明に近付いたら敵意を向けてきた奴がいたし。ましてや明に様付け。…お前、生徒会の人間か?」

圭志は当たりをつけてそう聞いた。


圭志の問いに明は勢いよく首を横に振って否定する。

「違う。誰があんな奴のいるトコに入るかっ」

「あんな奴?」

嫌悪のにじむ声でそう言われ圭志はふと会長を思い浮かべる。

しかし、それは即座に透の言葉で掻き消される。

「生徒会副会長の佐久間(サクマ)さんの事だよ。佐久間さんって僕と同じ2-Aなんだけど凄い気分屋でね、僕と一緒にいる明によくちょっかいだしてくるの。それだけならまだよかったんだけど…」

透はちらりと明を見て言葉を濁す。

「あいつ、俺を勝手に風紀委員に指名してきたんだ。それも副委員長に!!」

明は今思い出してもムカつくと、拳を握りしめる。

「あぁ、そっか。風紀の副だけ公表されてるんだったな。どうりで視線を浴びるワケだ」

圭志はやっと合点がいったと頷く。

そこから考えるに、風紀の副を務めている明は生徒会と同様に権力を持ち、人気があるのだろう。

特に明は風紀で唯一公表されている人物だから注目される上、明自身も容姿は整っている。

きっと、食堂で圭志を睨んできたのは明の親衛隊だ。


一人憤っている明を無視して圭志はふと疑問に思った事を聞く。

「明が風紀の副だってのは分かった。けど、委員長は?理事長の話にも名前は出てこなかった…」

圭志の問いに透は首を横に振って答える。

「今のところ委員長はいないんだよ。空席になってるの」

透の言葉に圭志は怪訝そうな顔をした。

編入してきた圭志が不思議に思うのも仕方がない、と透はわかりやすく説明し始める。

「風紀委員長っていうのはこの学園じゃ重要な意味があって、そうそうなれるもんじゃないの。成績が優秀じゃないといけないとか色々条件があって。それでも委員長になりたいって人は多いけど…」

透の説明に落ち着きを取り戻した明が続ける。

「そうそう。風紀委員長になると生徒会長と同等の権力を手に入れられるしな。でも一番は会長と堂々と一緒に居られるってことじゃないか?」

圭志は頭の中にニヤリと笑った会長の顔を思い出して、不快そうに眉間に皺を寄せて言う。

「権力はともかく、それのどこが良いんだ?」

「…なんか黒月機嫌悪くなってない?」

急にトーンダウンした圭志に明と透は不思議そうな顔をする。

圭志の機嫌が悪くなった原因はよく分からないが、今は聞かない方がいいだろうと明は判断して圭志の質問に答える。

「会長はとにかく学園の人気者で一緒にいたいとか、その、だ、抱かれたいとか…色々あるんだ」

「明、説明するのにいちいち赤くならないでよ。こっちが恥ずかしくなっちゃう」

明が説明しながら頬を赤く染めるので透まで恥ずかしくなる。

「つまり、会長に好意を寄せている連中にとっては良いポジションってことか…」

圭志は馬鹿らしいと興味が失せたように残りの水を飲み干す。

「うん。でもそれだけじゃなくて風紀委員にはもう一つの暗黙の了解があるの」

暗黙の了解?と圭志は視線だけで透に続きを促す。

「風紀委員は元々ただの委員会の一つだったんだけど、何代目かの生徒会長が風紀に自分と同等の権力を持たせたんだって。その理由が風紀委員長にあって、なんでも会長の恋人だったらしくって…」

そして透はこう締め括った。

「そこから風紀委員長になる人は生徒会長の恋人だって生徒間には暗黙の了解が出来たの」

うんうんと明も頷いて透の言葉を肯定する。


どうやらこの学園は圭志が思っていたよりも変な所らしい。

生徒会が権力を持ち、親衛隊がいて、さらには風紀の暗黙の了解…。

(確に退屈はしないな…)

「それじゃ今は会長に恋人がいないから空席ってことか?」

「そう」

「うん。でも会長、恋人はいないけど学内じゃ結構遊んでるよ」

「ふぅん。それよりかさ…」



その後はたわいもない話を2人と交わして圭志は自分の部屋に戻った。









部屋に帰った圭志は簡単にシャワーを浴びて、さっさとベットにもぐる。

寝る前に携帯を確認し、メールが一件着ていたのでそれを返信する。

そして睡眠の邪魔にならないよう電源を落とすとサイドテーブルに置く。

「さて明日は何が起きるか楽しみだな…」

圭志は今日の出来事を振り返ってそう呟くと電気を消してすぐに寝息をたて始めた。


[ 9 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -