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しかし、外見はいくらでも変えられたが、人との関係はそうもいかない。

目の上に置いていた右手を下ろし、静は瞼を押し上げると圭志と視線を合わせた。

「俺はな、黒月。なるべくなら明には中等部時代の話を知られたくないんだ。明が知ったら怖がるのが目に見えてるからな」

真剣な眼差しで話を進める静に今度は圭志が唐突に話を切り返す。

「お前は明のどこが好きなんだ。外見か?」

その質問にはさすがの静も些かむっとしたようで棘を含んだ声が答える。

「そんなわけないだろ」

「じゃぁ何でお前は過去を隠したがる?俺にはそれが分からねぇな」

「なんだと?」

ソファの背凭れに背を預け、ゆったりと足を組んだ圭志に静は剣呑な眼差しを向ける。

「だってそうだろ?お前は明が外見で人を好きになるとでも思ってんのか?ちょっと前まで不良だった?それがどうした」

「………」

「明が外見で人を好きになるならお前より、同じクラスにいる京介に惚れてるだろ」

「…何が言いたい?」

「本当は、お前は明がそんな奴じゃないって分かってるだろう。明はお前の外見じゃなくてお前自身をちゃんと見てる」

心当たりはあるのか押し黙った静に圭志は容赦なく鋭い言葉を突き付けた。

「何だかんだと理由をつけて怖がってるのはお前だ、佐久間」

「………」

「俺に言われなくても分かってんだろう?もう逃げんのは止めにして向き合えよ」

ジッと圭志は静から視線を外さずに静からの言葉を待つ。
やがて、何か心の中で整理がついたのか静は圭志の顔を見るとゆるりと口許に弧を描いた。

圭志に向けられる笑みとしては初めてみる柔らかい表情だ。

「なぁ、何でお前らは俺のことを気にかけるんだ?」

「…京介はどうだかしらねぇが、明は俺の友人だからな。俺はお前の為じゃねぇ、明の為に…むしろ俺はお前が好きじゃねぇ」

「っはは、なんだそりゃ。はっきり言うなぁお前。けどまぁそれで好きって言われた日には俺が京介に殺されるぜ」

くつくつと肩を揺らし笑う静はどこかすきっりとした顔をしている。

「京介がお前を選んだ理由、少し分かった気がする」

「あ?」

「それでも俺からしたら明が一番だけどな」


笑われた理由が良く分からずにいる圭志に静はソファから立ち上がると少し待っててくれと言い置いてリビングを出る。

「黒月も懐に入れた人間には甘いな。と、すると京介に向ける甘さは明に向ける以上か。…そりゃ京介の奴も甘くなるもんだ」

寝室の扉を開けてベッドの側に落ちていた目的のファイルを静は拾う。
A4の青いファイルに題名はついておらず、静はファイルを手にすると圭志を待たせているリビングに戻った。

訝し気に静を見てくる圭志に静は寝室から持ってきたファイルを手渡す。

「何だこれ?」

「E組の個人情報その他諸々だ。そこに赤池と関係のある要注意人物、安藤のことも載ってる」

ファイルを開いてみれば顔写真入りで確かにE組とクラス分けされた生徒達と、E組に繋がりを持つ生徒達の情報が雑多に記されていた。

「お前、この情報どっから…」

「それは企業秘密だ。だが、全部信頼できる確かな情報だ」

「…まぁいい。それでお前は赤池繋がりで安藤を見張ってたのか?」

聞くところによると赤池は生徒会の敵でもあるんだろう?
警戒してしかるべき相手だ。

しかし、静はその問いに苦笑を浮かべて返した。

「半分当たりで半分外れだ」

「というと?」

「誰に聞いて知ったんだか知らねぇが、黒月、お前京介から赤池の話聞いたことないだろ」

確かに偶然、藍人から話を聞かなければ圭志は赤池など知らなかったかも知れない。
素直に頷き返した圭志に静はほらなと何やら納得した顔で話を続ける。

「半分外れだって言ったのはそこだ。京介は生徒会の敵として赤池を歯牙にもかけちゃいない。眼中にすらないんだ。だからお前にも言わない、もしかしたら存在すら忘れてるのかも知れねぇけどな」

「へぇ…」

「だから生徒会の敵としてじゃない、俺の敵として赤池をマークしていた。中学の時、明に言い寄ってたのが赤池だったんだ」

その理由を聞いて圭志はなるほどと、今まで不鮮明だった繋がりを頭を中で一致させることが出来た。

中学時代から明にちょっかいをかけていた赤池。
静は明を守る為に赤池とその関係者に見張りをつけていたから例の薬の一件にもいち早く対処できたということか。


「でもそれなら当然赤池は佐久間のこと…」

「知ってるな。赤池は生徒会より俺に恨みを持ってる」

涼しい顔をしてさらりと言ってのけた静に焦りや動揺といったものは微塵も感じられない。
むしろそれで良いとすら思っているのかも知れなかった。

静は胸の前で腕を組むと、癖になっているのか眼鏡を押し上げる仕草をしてクツリと笑った。

「赤池は今明より俺に御執心だ。その証拠に安藤に薬を渡した。赤池にとってもう明はどうでもいいんだろう。俺に一撃さえ与えられれば」

明に向けられていた恋情を敵意にすり替え自分に向けさせたということか。
圭志は静の底知れぬ力に寒気を覚えた。

「お前を敵に回したくはねぇな」

思わず零れた圭志の本音に、静は意外な事を聞いたとでもいうように軽く目を開く。その反応に圭志は何か可笑しなことでも言ったかと静を見返した。

「何だ?」

「いや、俺としてはお前を敵に回した後が怖いぜ。もれなく京介もついてくるだろうが、それ抜きでもな」

お互い同じことを感じていたのか静も本音を漏らすように言葉を紡ぐ。

「だったら敵に回るようなことはするなよ。これ以上明を泣かせたら俺はお前の敵に回るからな」

「あぁ、肝に命じとく」

話は終わりだというように圭志がソファから立ち上がる。背を向けてリビングから出て行こうとした圭志に静は最後に一つだけ疑問を投げ掛けた。

「俺に明から手を引けとは言わないんだな」

「お前がいなくなったら誰が明を守るんだ」

愚問だとでも言うように静の疑問は圭志にあっさりと切り捨てられた。



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