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圭志は知らなかった学園事情を知ったことで、新たな推測を思い浮かべるに至った。

それは…。

藍人と別れたあと圭志は生徒会室には戻らず、一階下の生徒会役員室のフロアに来ていた。
そこで、寮内での謹慎を言い渡されている、圭志が苦手とする人物に会う為に。

「京介が知ったら怒るか?」

ピン、ポーンと扉の脇に備え付けられているチャイムを押し、圭志は昨夜の京介の言葉を思い出して口許を緩める。
数分もしない内に目の前の扉はゆっくりと開かれ、どことなく不機嫌な声が応えた。

「誰だ?」

「…佐久間。お前に聞きたい事がある」

「黒月…?」

思わぬ訪問者に静は驚いた様で、眼鏡をかけていない鋭い眼差しが軽く見開かれた。
そして、扉の取っ手を掴んで玄関扉を開いたままの体勢で静は圭志の背後に視線を走らせる。

「お前一人か?京介はどうした?」

「俺が一人で来たらおかしいか?」

「おかしくはねぇが…違和感があるな。京介は知ってるのか?」

「…何で俺がいちいち京介の許可を取らなきゃならねぇような話になってんだ。そっちがおかしいだろ」

本気かわざとか分からない静とのやりとりを圭志はすぱっと切り捨てる。

「それより聞きたい事があるって言っただろ」

「あ〜、中に入るか?綺麗とは言い難い部屋でよければ」

「話が出来りゃいい」

静に招かれ圭志は部屋へと上がる。
通されたリビングはゴミが散らかっているという訳ではないが物が乱雑に置かれ、確かに京介や自分の部屋と比べると綺麗とは言い難いかも知れない。そんな室内の有り様を目の前にして、圭志は静の新たな一面を垣間見た気がした。


ソファの上に丸めて置かれていたブランケットを端へ避け、静は圭志を振り返る。

「適当に座れよ。何か飲み物いるか?」

「いらねぇ」

「そっ。で、聞きたいことって?」

静が空けたソファに圭志は座り、静は圭志の右手側に設置されている一人掛けのソファに腰を下ろした。

「お前眼鏡なくても見えるのか?」

「あれは伊達だ。元から目は悪くない。で?世間話をしに来たんじゃないだろう?」

すっと細められた眼差しは確かに圭志を鋭く射抜いている。気の弱い者がみたら怯えてしまうかも知れない。

先を催促するように本題へと促された圭志は反れてしまった話を元に戻す。

「佐久間、何でお前明に渡されたクッキーに薬が入ってるって分かった?いや、そもそも明が安藤からクッキーを貰ったこと何で知ってたんだ」

明は自分で缶を開ける前に佐久間が回収していったと言った。
そして、クッキーを貰った日の晩に佐久間は現れたとも明は言っていた。
明が缶を受け取ってから佐久間が回収するまであまりにも早すぎるんじゃないか?

不思議な話だと、圭志から向けられた視線に静は肩を竦めてみせる。

「俺が明を見張ってる、もしくは見張りをつけてるとでも?」

「明に見張りがついてないとは言い切れねぇけど、もっと先に。お前は何らかの理由で安藤に目をつけていたんじゃないのか」

「どうしてそう思う?根拠は?」

一人掛けのソファに深く座った静は肘掛けに腕を乗せ、すらりとした長い足を組んだ。
硝子に阻まれていない静の瞳が鋭く光る。

「対処するまでの時間が短すぎるのはもちろんだけど、一番は缶の中に薬が混入されたことを開けてもいないのに知っていた事だ。手渡される以前にお前はその事を知っていた。だから早々と回収したんじゃないのか?」

何か間違ってるか、と圭志は冴え冴えと冷めた面持ちの静をひたりと見返した。


確信したような言い方で見据えてくる圭志に、静はクツリと口許を歪めて眼鏡をかけていない目を右手の掌で覆った。

「…最悪だな。俺とお前はどうやら相性がすこぶる悪いらしい。…お前に気付かれるとは」

「じゃぁやっぱり…」

掌で覆った指の下で静は静かに瞼を閉じる。

「俺は中等部にいた時、風紀委員だった」

「佐久間?」

唐突に変わった話に圭志は静を見つめたまま戸惑う。

「当時の俺は髪だって染めてたし、眼鏡もまだかけてなかった。風紀委員ではあったけど、いわゆる不良の部類に入っていた」

ぽつぽつと静の口から零される話が過去の出来事だと気付いて圭志は口をつぐむ。
閉ざした瞼の裏で静は過ぎ去った時を思い起こしていた。

「そんな時だ、明に会ったのは」

明は学園内じゃ今時珍しいノーマル嗜好の奴だったから、悪戯に近付く奴も多かった。

ふらふらと校舎内を歩いていた静は偶然そんな場面に遭遇したのだ。
男子生徒に言い寄られ、困惑した表情で受け答えをする明。根が真面目で素直。中等部の時は今よりまだ背が低くて、顔立ちも若干幼さが残っていた。

それを気紛れで助けた。
始まりなんてそんなもの。

「なら明は何でそのこと…」

「覚えてないのかって?…そりゃ当然だ。当時の俺は風紀委員だったがそれを知らない明から見れば俺はただの不良。その証拠に感謝はされたけど明は俺を怖がった」

「なら、その髪と眼鏡は…」

「高等部に上がって髪は元の色に戻した。眼鏡はまぁ、印象を変える為だ」

それはたぶん京介達も知らない。
その当時から静の親衛隊に入っていた人間と、親しくしていた極一部の人達しか知らないことだろう。


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