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きゃぁきゃぁと、通常であれば学園内で聞くことのない女性の黄色い声がグラウンドに近付くにつれ聞こえてくる。

「そうか、練習試合だから他校の応援も来てるのか」

セーラー服姿の女生徒達を遠くから眺め、京介の忠告を聞いたわけじゃないが、圭志はあまりグラウンドの側には寄らずに目だけで安藤某を探す。

さすがに他校生がいる手前、九琉の生徒達も普通の応援だった。
それでもエース安藤に対する応援はどこか熱が隠っているように見えたが。

「ふぅん、アイツが安藤な」

仲間からのパスを受けてドリブルでグラウンドを駆け上がっていく姿は、差し詰めフォワード、点取り屋か。

明に対し卑怯な手を使ってきたイメージとは異なる、ゴールを見据える涼やかで切れ長の眼差し。スポーツ少年らしく一度も染めたことのない黒髪は短くこざっぱりとしている。

「まぁ、顔が良くても中身まで良いとは限らねぇか」

キーパーの股を抜き、ゴールを決めた安藤に仲間内からだけでなく、何故か敵側の女生徒達からも歓声が沸く。

「…ん?そこにいるのは…黒月か?こんな所でどうした」

グラウンドから少し離れた場所で練習試合を眺めていた圭志の背に、思わぬ人物から声が掛かった。

「あ?」

「そうか、お前は神城に付き合って残ってるんだったな」

振り返れば圭志達の担任、藍人がラフな私服姿でそこに立っていた。

「苦労するなお前も」

「も?っていうか、藍人は何でいるんだよ?教師も夏休みの間は退寮だって聞いたぜ」

「あぁ…、そうなんだがな。我が儘な恋人に呼び出されたんだ」

肩を竦め言う割りに、藍人はどこか嬉しそうに見える。そして、藍人の恋人発言に圭志はあまり動じなかった。

「まぁ、藍人みたいに格好良けりゃ恋人の一人や二人当然いるだろうとは思ってたけど…まさか学内にいたとは知らなかったぜ」

「おいおい、冗談でも止めてくれ。二人もいたら今ごろ俺は殺されてる」

何を想像したのか若干顔色を悪くした藍人に圭志は目を丸くする。

「殺されるって、随分嫉妬深い奴なんだな。相手は…大体生徒は夏休みで帰ってるし教師も…。って、まさかり…」

「黒月。それ以上は詮索しない事を進める。ただ、アイツは嫉妬深いわりには自分の感情を隠すのが上手いからな。俺が気付いてやらねぇとダメなんだ」

ふっと普段は見せない穏やかな表情を浮かべた藍人に圭志は口を閉ざした。

惚気なら他所でやってくれ。

精神的に疲れると圭志は一方的に話を切り上げようとして、はたと考え直す。

「…藍人は安藤って知ってるか?」

「安藤?安藤って安藤 浩平(こうへい)のことか…?」

藍人の視線がグラウンドでサッカーの練習試合をしている人間に向く。
圭志はそれに頷き、何か情報は得られないかと質問を重ねた。

「俺は良く知らねぇけどサッカー部のエースで人気者なんだろ?」

「そうだな。安藤は真面目で人当たりも良いから学園内での人気は結構高いし、お前達程じゃないが親衛隊もあるぞ。ただなぁ、サッカー一筋なせいで通常授業の成績を落としがちでどうしてもS組には…っとこれは余計なことか」

「見た目通りなのか」

それでは明から聞いた安藤の行動と何かそぐわない。腑に落ちない点がある。

「ん?安藤がどうかしたか?」

ぼそりと呟いた声を拾ったのか藍人が不思議そうな顔で圭志を見返してくる。

「いや、何でもない。それより…」

深く突っ込まれる前に話を他へと移そうとした圭志の言葉に、何やら思い当たったという風に藍人が口を挟んできた。

「あぁ…もしかして神城に言われて赤池の事でも調べてるのか?アイツらはどういう訳か生徒会嫌いで有名だしな。確か赤池と安藤は幼馴染みだったか」

「赤池(あかいけ)…?」

圭志が初めて聞く名前だ。眉を寄せてその名前を繰り返した圭志に今度は藍人が聞き返す。

「違うのか?」

「赤池って誰だ?俺は京介から何も聞いてねぇけど、そんな奴がいるのか?」

交流会のあの日。島で宝探しをした時に遭遇した京介に恨みを持つ、反生徒会連中の他にも。

圭志の疑問に藍人は少し考える素振りをみせてから答えた。

「S組にいるお前には直接関係は無いとは思うが、赤池はE組のリーダー的存在だ。主に生徒会嫌いで有名だな」

その台詞に圭志は考えるように返事を返した。



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