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ポケットの中にしまっていた携帯電話が震える。

「誰から…、静?」

皐月と二人、生徒会室で雑務をこなしていた宗太は作業の手を一旦止めて震える携帯電話を取り出すとサブディスプレイで名前を確認してから電話に出た。

「もしもし…何かありましたか?」

『あった。京介の奴はいつから世話焼きになったんだ』

静からの電話をいぶかしみつつ出た宗太の言葉に、静は世間話でもするかの調子でさらりと返す。

「…京介はあぁ見えて自分の懐に入れた人間には結構甘いですよ」

『そりゃ初耳だ。黒月限定だと思ってたぜ』

会話が漏れ聞こえたのか皐月も手を止め、宗太を見上げる。

「恋人と友人じゃ甘さの種類が違いますけどね」

静と話ながら宗太は手招きで皐月を側に呼び、素直に寄ってきた皐月の髪に手を伸ばすと、ふっと柔らかく表情を緩める。

「先輩…」

それだけで淡く頬を染めた皐月を可愛く思いながら、宗太は静と話を続ける。

「京介のお節介ついでに私からも言わせてもらうと、振られたからといって何も死ぬわけじゃないですよ」

『いきなり何の話だ』

「あぁ、その前に告白ですね。明に変化球は要らぬ誤解を生む原因になりますからストレートの方が良いと思いますよ」

空いている手で皐月を抱き寄せ、その額に唇を落とす。間近で視線を合わせ照れたようにはにかんだ皐月に宗太も笑みを溢し顔を上げると、宗太は通話口に向けて低い声で言った。

「貴方も男なら誰かに奪われる前に腕の中に閉じ込めておきなさい」

『……宗太。部活の関係で安藤の奴がまだ学園に留まってる。…気を付けてやってくれ』

「分かりました。ただし、これっきりですからね」

きっぱりと言い切った宗太に静もまた力強く返す。

『それでいい。謹慎が解けたら俺が守る』

その台詞に宗太はまた笑みを溢した。


プツリと切れた通話に、宗太は笑みを浮かべたまま別の番号に電話をかける。

「宗太先輩?」

「もうちょっと待って下さいね。あ、もしもし?京介ですか?」

珍しく数コールもしない内に電話に出た京介に宗太はさっそく本題に入った。

「どうやら上手いこと静を動かしましたね」

『…何の話だ?』

「静が貴方の事をいつから世話焼きになったんだって言ってましたよ?」

とぼける京介にくすくすと笑って言えば沈黙が返ってくる。携帯電話の向こう側で何やら圭志の声が聞こえた。

『チッ…で、用件は?』

「安藤が学園に滞在しているそうです。明のこと、気を付けて欲しいと」

浮かべていた笑みを消して、真剣な声で伝えれば京介もそれに応える。

『分かった。明には暫く圭志を付けておく』

「そうですね。黒月君なら不自然じゃないですし、ここにいる間フリーですから」

『静の奴が早めに決着を着けてくれりゃぁいいがな』

「では、そういうことでお願いします」

あぁ、と京介が頷き、通話は終わった。
思わず伝言役になってしまった宗太は手にしていた携帯電話をポケットにしまい、大人しく待っていた皐月の頭を撫でる。

「先輩…、さっきの話は…」

「私の体験談ですね。一度目は振られてしまいましたが。でも、皐月は最後には私を好きになってくれたでしょう?」

「…ぅ、あれは…僕まだ恋とか知らなくて…」

初めての告白は宗太から。その時、皐月は一度断っていた。









見映え良く盛られたサラダと小鉢、京介リクエストの鶏の唐揚げをテーブルの上に並べていた圭志は、携帯電話を畳んだ京介に視線を投げた。

「それで渡良瀬は何だって?」

「静のことだ」

自前の黒いエプロンを着けた圭志が、よそったばかりのご飯と味噌汁をトレイから下ろしていく。それを自分の分だけ受けとり、宗太から聞いた話を京介は圭志にも伝えた。

「お前には明日から明についててもらう」

「それは構わねぇけど」

一旦キッチンに引っ込み、水の入ったグラスを二つ手にして圭志は戻ってくる。それを京介と自分の前にそれぞれ置き、着けていたエプロンを椅子の背にかけた。

「お前は?」

京介の向かいの席に腰を下ろした圭志は手を合わせ口を開く。

「俺?」

一足先に唐揚げを食べようとしていた京介は聞かれた事に箸を止め、圭志を見返した。

「そ。明日お前はどうするんだ?」

「急用がなけりゃまた生徒会室だな」

「…俺も行っていいか?もちろん明も連れてだけど」

刻んだネギと豆腐の味噌汁を一口飲んでから、圭志は口許を緩め満足そうに唐揚げを食べる京介を視界に留めて、自分も唐揚げに箸を伸ばす。

「静もいねぇし良いんじゃねぇか。…この唐揚げ結構美味いな。お前本当に何でも作れるんだな」

「どうだろ、あんま凝ったものは得意じゃねぇから」

けれど褒められれば悪い気はしない。
そう言って頬を緩めた圭志に京介は味噌汁に口を付け、ニヤリと笑う。

「次は俺の好きな物でも作ってもらうか」

「…別に良いけど」

口では素っ気なく答えながらも、頭の中では簡単な物なら明日にでも作ってやるかと、圭志は献立を立てていた。


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