07
食堂は寮の4階にあり、これまた学生寮の食堂とは思えないぐらい広く豪華だった。
しかし、それも今は夕食時のせいか混んでいた。
圭志達が食堂に入ると食堂の雰囲気が一瞬にして変わった。
「なんだ?」
圭志が不思議そうに辺りを見れば、食堂中の視線が自分達に向けられていた。
圭志が疑問を口に出すと、横にいた透が圭志の腕に自分の腕を絡めて楽しそうに言う。
「皆、圭ちゃんが気になってるんじゃない?なんたって学園初の編入生だし」
腕に絡んできた透をそのままに、圭志は興味無さそうにふぅんとこぼすと、その隣にいた明の腕を引っ張り引き寄せる。
「わっ!何だよ、黒月」
驚く明の顎に手をかけ、上向かせると鼻先がくっつきそうなくらい顔を近付ける。
途端、食堂の中に複数の悲鳴があがる。
「キャー、明様!!」
「いや〜!!誰ですかその人〜!」
「新見さまぁ…でっ、でも相手の人も格好良い〜」
などなど、様々な声が飛び交う。
圭志はそれを横目にちらりと見ると、顔を近付けたまま口を開く。
「どうやら俺だけのせいじゃなさそうだな。この視線の原因は…。なぁ、明様?」
「くっ、黒月。わかったから、教えるから…離れてくれっ」
明は真っ赤になって圭志を見ない様に視線をそらしながら言う。
その必死な様子に圭志はくくくっ、と声を殺して笑うと、ちゅっと可愛いらしい音を立てて明の唇にキスを落とし、顎から手を放した。
「〜っ、お、お前!」
明は自分の唇を手で覆い、さらに真っ赤になって圭志から数歩離れる。
「明だけずる〜い!」
圭志にくっついたままの透が明を羨ましそうに見ながら言う。
「なんだ、透もして欲しいのか?して欲しいんだったらしてやるぜ?」
圭志は明から透に視線を移すと、その顎に手をかける。
「わ〜っ!待て黒月!!透もだ!ここを何処だと思ってるんだ!!!」
2人から数歩離れた場所で明が叫ぶ。
「何処って食堂だろ?」
「食堂でしょ?」
何を当たり前の事を言っているんだ、と圭志は透の顔に自分の顔を近付けて、透は透で圭志の首に腕を回した状態で明の方を見て言った。
「とっ、とにかく止めろ!!俺達は飯を食べに来たんだ!さっさと席につこう!」
明は2人に常識が通じないと分かると無理矢理話を反らして2人を引き剥がす。
そして、これ以上目立たない様に隅っこの空いている席に座らせた。
その間もずっと、食堂の中はざわざわと落ち着き無く騒がしかった。
席に着くと明は深い溜め息を吐いて正面に座る圭志を見た。
「黒月お前なんてことしてくれるんだ。俺に…き、きっ、キスなんてして。第一外から来たんならノーマルだろ、普通」
圭志は隣に座る透に食事の頼み方を教えてもらいながら答える。
「それは偏見だろ?ずっとこの学園にいるくせに明はノーマルみたいだし。それに俺はホモじゃなくてバイ」
「…たいして変わんないだろ」
「それでね、最後に自分のカードをここに通せば完了だよ。後はウエイターさんが持って来てくれるから」
圭志は透に言われた通りメニューパネルの中から食べたいものを選んでタッチし、決定を押してからその横に設置されているカードリーダーにブルーのカードを通す。
すると、完了しましたと画面に表示された。
明はなおも納得できない、と呟きながら自分もメニューパネルを操作していく。
「明。圭ちゃんがノーマルじゃないからってそんなに落ち込まないでよ。圭ちゃんに失礼でしょ?」
透は明の発言と鬱陶しい雰囲気にたいし、咎めるように言う。
「別に俺気にしてねぇからいいぜ。それよりも透、お前って俺と明にとる態度違うよな。それって人によって使い分けてんのか?」
圭志はドアの前で冷笑していた透の顔を思い出しながら聞く。
透は横から圭志の視線を感じると膝の上で手を握り、少しうつむいて戸惑ったように口を開く。
「…ううん。僕は別に使い分けてるとかじゃなくって…その、自然にそうなっちゃうの。圭ちゃんはこんな僕嫌い?」
透は恐る恐る顔を上げて圭志を見る。
「嫌いじゃないぜ?時と場合によっては誰だってそうするしな」
圭志は不安そうに見上げてくる透の頭に手を乗せ、くしゃくしゃと掻き混ぜる。
2人のやりとりを黙って見ていた明も圭志の言葉にホッと息を吐く。
「透はさ、小さい頃から親に連れられて会社のパーティとかに出席してたから自然と人の顔色伺うようになっちゃって。その中で、唯一小さい頃から一緒にいた俺だけには何でも言えるんだ」
明が話を切ると、ちょうどウエイターが料理を運んできた。
そして次々とテーブルに並べていく。
お皿の上に乗せられた食べ物はどれも出来立てで湯気が上がり美味しそうだった。
ウエイターは並べ終わると丁寧にお辞儀をして去っていった。
「さっ、食べようぜ」
圭志は明の言葉を気にした様子もなくそう言って箸を手に取る。
何か言われるかと思っていた2人は互いに顔を見合わせ、普通に夕飯を食べ始めた圭志を見て微かに笑い合う。
そして2人も圭志に倣って夕飯を食べるべく手をあわせた。
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