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そして、部屋に一人残された静は兎に角頭を冷やそうと着替えを手にバスルームに向かう。

備え付けの鏡に写る自分の顔は京介の言う通り酷い顔で、静は唇を歪めた。

「何年だ…、何年この想いを抱えてきたんだか。俺も諦めが悪いな」

静が明と初めて会ったのは生徒会に入ってからじゃない。中等部の頃だ。

九琉学園中等部、一年A組。当時明は隣のクラスだった。

ふとそんな些細なことを思い出して鏡の中の表情が和らぐ。
眼鏡がなくても実は視力の良い静はその変わり様に京介の言葉を思い返した。

「俺はお前と違って臆病だからな。…変わるのが怖ぇんだ」

脱いだ服を籠の中に入れ、脱衣所とバスルームを繋ぐ曇りガラスの扉を開ける。

シャワーのコックを捻り、おさまらない苛立ちと焦燥、纏わりつく不快な熱を、頭から被った冷水で流した。

ぽたぽたと髪から落ちた滴が肌を伝う。

「黒月には悪いことしたな」

下だけ服を身に着け、首にタオルをかけて静はバスルームから出る。

黒月は編入してきてすぐ明と親しくなり、正直それが面白くないとは思っていた。牽制染みた真似もした様な気もする。

そして、京介に手を貸した裏には黒月の意識が京介に向いて、明との距離が少しでも離れてくれれば良いと言う醜い気持ちもあった。

それを借りだと言う京介の真っ直ぐな心が静は羨ましくもあり、同時に自身の弱さを突き付けられた様な気がして、結果的に静は感情のまま言い返してしまっていた。


いくら生徒会だ、副会長だと崇められていても、所詮己もまだ子供なのだ。感情を上手くコントロールできない、そこらにいる高校生となんら変わりはない。

静はそのまま寝室へ直行し、ドサリとベッドに身を投げた。

「馬鹿だな、俺も…」

シーツに青みがかった黒髪が広がり、静は自嘲する様に唇を歪める。ピリリと走った舌の痛みが、静を責めている様で。

「は…触れたら欲しくて堪らなくなるって分かってたはずなのに」

しかし、明に抵抗はされても反撃されるとは思わなかった。

初めて示されたはっきりとした拒絶。
平手打ちされた頬に触り、その時の明の表情を思い返して瞼を閉じる。

泣きそうに瞳を潤ませながらも泣かなかった、強い光を灯した瞳。

初めて見る表情。

そんな顔をさせたのが自分だと思えば僅かに胸は痛むが、それをまさる喜びがある。

「…俺も大概危ねぇな」

瞼を閉ざしたままベッドの上をごろりと右方向に転がり、呟く。

「謹慎なんか食らってる場合じゃねぇだろ、俺。安藤の奴が…」

と、そこまで溢して静はだらけきっていた体をがばりと起こした。

「アイツ等、安藤が部活で学園に留まってるって知ってるよな…?」


すっと瞳を鋭くさせ、ベッドから降りると静はリビングに放置していた携帯電話を取りに行く。

積み上げられた雑誌の上に無造作に置かれたブラックのシンプルな携帯電話を拾い上げ、フラップを開く。

しかし、携帯を操作していた静の指先がアドレス帳のボタンに掛かると不意に途中で止まった。

「駒がいねぇ…。これだから夏休みは」

京介が表なら静は裏だ。圭志の一件、京介が表だって動いたとするなら静は裏で暗躍していた。

今は明が纏めている風紀委員の面々を、生徒会副会長という権限でもってして手足として動かし、それとは別に自身の親衛隊を諜報として使う。

静の親衛隊は静の役に立てることを至福とし、静の心が親衛隊の誰にも向かないことを入隊時に静本人から告げられていた。かといって、ぞんざいな扱いを受けるわけでもなく、静の親衛隊は静公認の上、恋愛は望めなくとも友達関係にはなれる仕組みになっていた。

「どうするかな…」

先刻の今で京介には連絡しづらい。京介は気にしないだろうが、静の心情的にはない。
思考したのはほんの一瞬で、静はカチカチとボタンを押すと目当てのアドレスを見つけ、通話ボタンを押した。


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