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脇に書類を抱え、京介は自室の隣にある副会長室と印字されたプレートが掲げられた扉の前に立つ。

そして、ピン、ポーン…と、自分にしては真面目にインターフォンを押して相手が出るのを廊下で待った。

「………」

程無くして扉は開き、どこか不機嫌そうな静が顔を出す。

「酷い顔だな」

それを見て京介はフォローするでもなく容赦無く口を開いた。

「…もとからこういう顔だ」

自室にいるからか、眼鏡を外して素顔を見せた静は京介の台詞にやや眉を寄せる。そして、京介の手にある書類に気付くと無言で右手を差し出した。

しかし、何を思ったのか京介はその手を無視して静の体を脇に押しやり、勝手に部屋の中へ上がり込む。

「邪魔するぞ」

「おいっ、京介!」

自分の部屋と変わらぬ作り、広い間取り。リビングのテーブルには適当に積まれた雑誌が放置されており、椅子の足元にはクッションが落ちている。

ちらりとソファに視線を向ければ、グシャグシャに丸められたブランケット。その下にも何冊か本と紙が散乱している。

「相変わらずお前の部屋は汚ねぇな。片付けぐらいしろ」

ドサリと物の乗ってないソファに勝手に腰を落とし、後からついてきた静に京介は視線を向けて言った。

「いいだろ、俺の部屋なんだ。散らかしても誰にも迷惑はかからない」

そんな京介を、ソファの前に立った静がどこか苛立った様子で言い返す。

「で、俺に何か言いたい事があるんだろう?」

眼鏡越しでない、青みがかった黒い瞳が静かに京介を見下ろした。


直に絡まる視線の強さをはね除け京介は本題に入る。

「俺は二度も同じことを言う気はねぇし、圭志みたいに人の面倒を見るのも御免だ」

「………」

「だが、借りの分ぐらいは返してやっても良い。お前が圭志に子供染みた八つ当たりをしなけりゃな」

「は…、何だそれ?ようは俺に黒月に八つ当たりすんなって言いにきたのか?」

普段は良く回る頭も、こういう時は鈍くなるのか静は京介の言葉を間に受け唇を歪めた。

「お前がそう思いたいならそう思ってろ。…邪魔したな」

持ってきた書類はソファの上に置き、京介は用は済んだとソファから立ち上がる。静の横を通り抜け、リビングを出て行こうとしたその背中に、ポツリと落とした静の声が届いた。

「…変わったよなお前。それも黒月のせいか」

「俺は何一つ変わっちゃいねぇよ。もし変わった様に見えんならそれはただ、アイツが俺の特別になったってだけだ」

「それを変わったっていうんだ。少し前まで来るもの拒まず去るもの追わずだったお前が。あげく、口ではどうこう言いながらこうして他人の為に動いてる」

自嘲する様な響きに、京介はふと足を止め背後を振り返る。

「変わったよ、お前は」

そして、ソファに置かれた書類を拾い上げながら淡々と言葉を紡ぐ静の横顔に向けて京介は鋭く言い放った。

「そうやって後悔するぐらいならハナから手ぇ出すんじゃねぇよ。明が可哀想だ」

「っ、俺は後悔なんてしてない。明のことは…」

「どうだかな。あれで明は勘が良い。お前の囁く言葉を全面的に信じられねぇのはお前の本心が見えないからだ。お前は自分をさらけ出さない奴の何を信じろっていうんだ?…怖がってちゃ何も手に入らねぇぜ」

「…分かってる」

「分かってねぇよ。明はな、お前が思うより強い。じゃなきゃ圭志が側に寄せるかよ」

何が最善か頭を冷やして良く考えろ。

そう言い捨て京介はリビングを後にする。
ガチャリと玄関扉を押し、廊下へ出れば、直ぐ横に人影があった。


「その様子だと手擦りそうだな」

壁に凭れ待っていた圭志は、京介を視界に入れて瞳を細める。

「ま、アイツも素直じゃねぇからな。けど、相手が相手だ。静が動かなきゃ事態はどっちにも進まねぇだろ」

も、と何だか含む言い方をした京介に圭志は眉を寄せるも綺麗に無視して壁から背を離す。

「俺は明になら力を貸すけど、どうにも佐久間はな」

先を歩き出し、ポケットから取り出したカードキーで京介の部屋の鍵を開け、圭志は違和感無く玄関で靴を脱いで部屋へと上がる。

「苦手か?」

それを京介は口許を緩めながら眺め、後に続いて自室へと入った。

「苦手っていうか、多分合わねぇ。何考えてんだか読めねぇ所があるからかも知れないけど、基本的に佐久間とは気が合わねぇ…そんな感じがする」

「それは俺にしてみれば良いことだな」

パチリとリビングの電気をつけ、言われた言葉に圭志は訝しげに背後を振り返る。

「苦手なら自分から近寄ってったりしないだろ」

こんな風に、とリビングに入ってきた京介は突っ立っている圭志の肩を抱き寄せた。

「は…、何だそりゃ」

馬鹿馬鹿しいと呆れた様な眼差しを向けてくる圭志のこめかみに口付け、京介は喉の奥でクツリと笑う。

「俺は人一倍独占欲が強いからな。浮気は許さねぇぜ」

「…言っとくけどな、俺はお前以外に抱かれる気はさらさらねぇよ」

圭志は言い終えると同時にするりと京介の手から抜け出し、キッチンの方へと歩いていく。
それを京介は追わずに笑みを浮かべて、その背に声だけを投げた。

「圭志、今夜は唐揚げが食いたい」

「…他には?」

キッチンに立った圭志は水道で手を洗いながら、京介のリクエストを受け付けた。


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