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扉の前から少し離れ、五人は顔を突き合わせる。

「やってくれたな静。どうするつもりだ?」

「佐久間、お前、いつかやるんじゃねぇかとは思ってたけどやり過ぎだろ。相手は明なんだ、ちゃんと手順を踏め」

ジロリと圭志に睨まれた静は意外そうな表情を浮かべて京介と圭志を見返す。

「手順って、…それをすっ飛ばしてそうなお前等から聞けるとは」

「茶化すんじゃねぇよ。明は他の奴等とは違うんだ。お前だって…、ん?」

「静、貴方ソレどうしたんですか?」

不意に言葉を切った圭志に続き、宗太も疑問符を飛ばした。皆の視線が静に集まる。

「あぁ、コレ」

ベッと出した静の舌にはじわりと滲む赤い線。それすらも楽しむように静はクッと笑って続けた。

「明に噛まれた」

どっかの誰かさん達の攻防を近くで見てた明も少しは学習してたらしい。

「………」

「………」

「うわぁ、凄い痛そうですね」

押し黙った二人と見たままの感想を告げた皐月の横で、宗太がコホンと咳払いをする。

「…とにかく、貴方が悪いことは確かです。明に謝りなさい」

「それは俺も一番始めに試した」

肩を竦めて静は首を横に振った。

「佐久間とは口も聞きたくないってことか」

打つ手無しだなと圭志の言葉を後に暫し沈黙が落ちる。


「仕方ありませんね。京介、貴方のカードキーで生徒会室を開けて下さい」

このままでは埒があきません。と、宗太は京介を促す。しかし、京介はその前に圭志を見て言った。

「圭志、お前が一回声掛けてみろ。それで駄目ならカードキーを使う」

「……分かった」

このメンバーの中で、明が一番気を許せて警戒をしない人物といえば圭志だろう。付き合いでいえば京介と宗太の方が長いが適役とは言えない。立ち位置が違うし、同じ立場でも皐月では荷が重すぎる。その判断から京介は圭志だけを生徒会室の前に立たせた。

「静、お前は出るなよ」

「分かってる」

生徒会室から離れた場所で四人は様子を伺う。

圭志はコンコンと軽く扉をノックして中へと声をかけた。

「明、ここには俺しかいない。ドアを開けてくれねぇか?」

「………」

「…何かあったら言えって言ったのはお前だろ?友達に遠慮はいらねぇってお前が言ったんだぜ」

つい先日明が圭志に送った言葉を、そっくりそのまま圭志は返す。

すると、少ししてカチリと鍵の外れる音がした。

「黒月だけなら…」

入っても良いと小さな声が言い、圭志は生徒会室の中へ身を滑らせる。

邪魔が入らぬよう後ろ手でまた鍵をかけて、圭志は明と向き合った。

そこには、圭志の予想に反して、泣いてはいないが顔を俯かせ立ち尽くす明がいた。

「………」

圭志は明を刺激せぬようゆっくり近付くと、言葉を選んで言う。

「とりあえずソファに座れよ。何か飲み物いれてやるから」

のろのろと動き出した明を視界に入れつつ、圭志も給湯室に入る。
冷蔵庫を開け、宗太辺りが作ったのだろう麦茶を取り出し、ガラスのコップに注いだ。

とはいえ、人の恋愛に口を挟むなど圭志はしたことがない。それに、圭志はまどろっこしい事はあまり好きじゃない。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと言うタイプだ。

麦茶を入れたコップを明の前に置き、圭志は一人分間を空けて明の隣に座った。

「………」

シンと静まり返った室内で、テーブルの上に置かれた麦茶がカラリと音を立てる。

「…ごめん、黒月」

「何がだ?」

ようやく口を開いたと思ったら謝られ、圭志は意味がわからずに聞き返す。

「俺、どうしていいかわからなくって…」

「気にすんなよ。悪ぃのは全部アイツだ。…それより、大丈夫か?」

結局言葉を選んだところで、上手い台詞は出てこない。

圭志はありきたりな言葉を、なるべく優しく聞こえるように口にした。

「―…っ」

何か言おうとして、言葉にならぬ声を明は漏らす。

「泣きたいなら我慢せず泣けよ明。ここには俺しかいねぇし、ここであったことは誰にも言わねぇ。もちろん京介にもな」

握り締めるように、明の膝の上に置かれていた拳が震える。

「明」

「―っ…ぅ、おれ、俺…」

「ゆっくりでいい。聞いててやるから」

涙声で話し出した明の声は聞き取りにくかったが、圭志は時おり相槌を打ち、最後まできちんと明の言葉を聞いていた。





一方で、中々生徒会室から出てこない二人に、主に皐月が心配そうに顔を曇らせる。

「時間がかかりそうですね。京介、出てくるまで風紀室に移動しませんか?」

廊下に突っ立っていても仕方ないと宗太が京介に提案した。

「あぁ、そうだな」

壁に背を預け、生徒会室の扉を見つめていた京介はその提案に頷き、壁から背を離す。そして静に視線を投げた。

「お前はどうする?」

「ん〜、もう少しここにいるわ」

「そうか」

京介は生徒会室の並びにある風紀室の扉の鍵をカードキーで外し、宗太と皐月を先に中へ入れる。

「静。一つ忠告しておいてやる。明を相手にするならお前も真剣にならねぇと逃げられるぜ」

いつまでも明が待ってくれると思うな。

「…言われなくても分かってる」

それに、明にちょっかいかけて来る奴が俺以外にもいるみたいだしな。

軽い口調とは裏腹に、眼鏡の下の目は少しも笑ってはいなかった。









濡らしたタオルを明に手渡し、圭志はソファに座り直す。

「なんか…黒月にはみっともないとこばっかみせてるな…」

濡れたタオルを瞼に押しあて、力無く呟いた明に、圭志はそうでもねぇよと返した。

「お前は十分格好良いぜ」

こんな特殊な学園の中で、お前は流されること無く自分の意思をきちんと持ってる。その上、他人の為に砕く心もある。

「俺が女だったらお前に惚れてる」

「なに、言ってんだよ…」

ふと困った様な笑みを溢した明に、圭志はもう大丈夫だろうと判断して話を元に戻す。

「お前にはそういう選択肢もあるって事だよ」

「え…?」

瞼に押し付けたタオルの隙間から、明は圭志を見つめる。

「俺と違ってお前はノーマルだろ?ちょうど夏休みだし、学園の外で彼女を作ってみるのもいいんじゃねぇか?」

何気ないその言葉に、明は頷こうとしてタオルを瞼の上から滑らせた。そして何かに気付いたように目を見開く。

「ぁ…、俺……」

愕然とした表情で、明は圭志を見つめる。

「どうした?」

「い…や……何でも、ない」

顔色を悪くして再び口をつぐんでしまった明はどうみても何でも無いようには見えない。

狼狽えた様に視線をさ迷わせる明をジッと見つめ、圭志は思い当たった事を、ゆっくりと確認するように口に乗せた。



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