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…酷く気持ちが良い。温かいぬくもりに包まれ意識が微睡む。

優しく髪をすかれる感触に、知らず口元が綻んだ。

「ん…ぅ…」

擦り寄ればふわりと優しい何かが降ってきて、擽ったさを覚える。

それが何か気になって瞼をふるりと震わせれば、甘さを含んだ低い声がそれを止めた。

「まだ寝てていいぜ」

「ぅ…ん…」

夢現の中で圭志は曖昧に頷き、夢の中へと引き戻される。

「相変わらず朝は弱いな圭」

ふっと笑った声を微かに聞きながら圭志は寝息を立て始めた。

「…圭志」

腕の中で眠る圭志を見つめ、京介は穏やかな表情を見せる。

髪に絡めた指を抜き、圭志の目元に落ちた髪を払う。

「お前の可愛さを知るのは俺一人で十分だ」

そして、閉じた瞼の上にキスを落とし京介は一人呟いた。

「…ん……」

「無防備な顔してまぁ」

転校前の知り合いに会って、圭志の中で何が起こったのか京介には分からない。

ただ、京介の危惧する様な事は何もなかったのだと、向けられた柔らかな笑みで悟った。

「…もっと甘えろ」

自ら身を寄せてきた圭志を腕の中に包み、京介は圭志が出掛ける前に掛けた言葉と同じ台詞を繰り返す。

「お前限定で甘やかしてやるから」

自分でも驚くほどに溢れる愛情という感情。

京介は圭志が起きるまで飽きることなくその寝顔を眺めていた。










カーテンの隙間から覗く夏の陽射しが強さを増す。
室内の時計はそろそろ午前の終わりを指そうとしていた。

「ん……あさ…?」

ぼんやりと目を開けた圭志は、起きたか?という声と共に落とされた口付けを何も考えずに受け止める。

「今日は学園に戻らねぇとな。起きれるか圭志?」

離れていくぬくもりを追うように身を起こした圭志はズキリと腰に走った鈍痛に眉を寄せた。

「いってぇ…」

そして徐々にクリアになっていく意識の向こうで、先にベッドから降りた京介を見やる。

もしかして俺が起きるまで待ってたのか?

向けられた背中に、昨夜圭志がつけた爪痕が目立つ。

「…………」

ジッと見ていたせいか京介が視線を感じて振り返った。

「どうした?立てねぇのか?」

シャツに腕を通した京介が、からかうでもなく心配気に戻ってくる。

「あ、いや。たぶん大丈夫だ」

そろりと、痛む腰を庇いながら圭志もベッドから降りた。

「そうか。…それで、昼はどうする?ここで食うか、外で食うか」

差し出されたシャツを受け取り、圭志は少し考えてから口を開く。

「ここってのは…」

「ルームサービスかバイキングか。展望レストランもあるし、お前が好きなの選べ」

外は面倒くさいし、ここに来てルームサービスってのもな。残るはバイキングが展望レストランだが。

圭志はシャツのボタンを留めて、選んだ。

「バイキングにしようぜ」

展望レストランとか堅苦しそうな所は今はパスだ。正直だるい。

「あぁ、いいぜ」

京介は一つ頷き、昼食はバイキングということになった。

和洋折衷取り混ぜて四十種類もの料理が並ぶ。各々好きな物をとって二人はテーブルに着いた。

「来週から、か…」

レタスを突き刺したフォークを口に運び、圭志はぽつりと溢して向かいに座る京介に聞く。

「なぁ、お前は俺に思い出して欲しいか?」

忘れてしまった、お前と過ごしたガキの頃の記憶。

「何だ、いきなり」

京介は手にしたフォークを止め、圭志を訝しげに見返した。

「いいから。どうなんだ?」

「…何を気にしてんのか知らねぇが、忘れてようが思い出そうがお前に変わりねぇって前も言っただろ」

「そりゃそうだけどよ。お前が知ってんのに俺が知らねぇって…何か悔しいじゃねぇか」

ザクリとキュウリを突き刺し、圭志は事も無げに言う。その台詞に京介が微かに目を見張ったのを知らず、圭志は続けた。

「出来れば思い出してぇんだよな」

しゃくしゃくとサラダを咀嚼し、水を飲む。

「ん…?どうかしたか?手が止まってるぜ」

「あぁ…。まさかお前がそんな風に思ってるとは」

ふっと絡まる視線が和らぎ、京介の表情が優しく微笑んだ。

「フン、何か可笑しいか?俺だって…」

自覚はあると耳を赤く染めて、京介を見返す。

「いや、良いんじゃねぇの。俺は嬉しいぜ」

左手を圭志へと伸ばし、熱を持ったその頬を京介はゆっくりと指先で撫でた。

その後も二人は周囲の視線などまったく気に留めず、昼食を食べ終えるまで二人の世界は続いた。



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