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仲間達が持参したパラソルを設置し、その下にレジャーシートを広げる。各自荷物をその上に置き、いざ海へ!

「くどー…って、あれ?いない?」

最初の荷物番を二人ほど残して、他には持参して来た浮き輪など膨らませている仲間と水遊び用の玩具を準備している仲間。俺はレジャーシートの上に置いたカバンの上にそれまで羽織っていた薄手の半袖パーカーとTシャツを脱いで置き、きょろきょろと工藤の姿を探す。だいたい皆も上はTシャツで下はそのまま海に入れる仕様のズボンで着ているから、着替えの時間は必要なかった。

何故か先ほどまで一緒にいたはずの工藤の姿がない。と、不思議そうに首を傾げて探していれば呆れた様な溜め息を吐いた隼人が海の方向を指して言う。

「工藤サンならお前が荷物を下ろしてる間にうちの連中が取り囲んでさっさと連れて行ったぞ」

それはそれは見事な連携プレーで。まずはビーチバレーで勝負するんだとか。

「え、じゃぁ、永原さんは?」

「面白そうだからってついて行った」

「へ、へぇ…」

俺は仲間外れなのか。声を掛けられなかったことに地味にショックを受ける。しかし、すぐに隼人からぽんぽんと頭を叩かれて言われる。

「俺達は俺達で楽しもうぜ。せっかく海に来たんだ。海入ろうぜ」

あんな殺伐とした空気には付き合ってられないと隼人はよく分からない事を言いながら、俺は隼人に促がされて今年初の海へと入った。

「うわっ、冷たっ!でも、気持ち良いー!」

「暑いから余計良いな」

ざぶんっと勢いよく一度頭まで水の中に入れて水面に顔を出す。同じ様な事を隼人もしていて顔を見合わせた俺は笑って隼人に話を持ち掛ける。

「なぁちょっと競争しない?」

「いいぜ。でも、ちょっと待ってろ」

陸谷―!と隼人が手を挙げて砂浜にいる陸谷を呼ぶ。なんだか白熱し始めているのか盛り上がりを見せ始めたビーチバレーの集団に、そのギャラリーの中から隼人に名前を呼ばれた陸谷がこちらを振り向く。手を振る隼人に気付いた陸谷は真っ直ぐに俺達のもとに駆け寄って来た。

「呼んだっスか?」

「あぁ。それと…」

ちょうど浮き輪を膨らませ終えたのか、浮き輪を手にした仲間が陸谷の後ろを通りかかる。その仲間も隼人は呼び止めた。

「今から俺と廉が競争するから二人は周囲の安全を見つつ、ゴールとスタートの合図をしてくれないか」

「了解っす」

「俺で良ければ」

ばしゃりと浮き輪ごと海に入った仲間をスタート地点となる砂浜寄りに配置し、陸谷には沖の方で待機してもらう。海の中で身体を解すように腕を回したり、身体を軽く動かして、それから隼人と共にスタート位置に付く。それを確認した仲間がぷかぷかと浮き輪の浮力で海面に浮いた状態で合図を出す。

「行きますよ。位置について、よーい…スタート!」

俺はその声を合図に息を大きく吸って海の中に潜った。海はプールと違って波があるし、当然ながらコースラインもない。俺は時折聞こえる陸谷の応援する声と方向を間違わないように合間に息継ぎを挟みながら大きく腕を動かし、クロールで陸谷のいる方へと泳いだ。

「っ、はぁ…はぁ…」

「もうちょっとッス二人ともー!」

陸谷の声がはっきりと聞こえ、水を掻く腕に力が入る。ちょっとばかり口に入った海水がしょっぱい。

バシャバシャと大きな水音が立ち、陸谷に向かって泳いできた二人が陸谷の脇を通過する。そして、決着が告げられる。

「…ゴールっ!…隼人さんの勝ちっス!」

「っはあぁ〜、俺の負けか〜」

泳ぐのを止めて、水面から顔を出した俺はその結果を聞いて肩を落とす。

「はぁー…、残念だったな廉」

大きく息を吐き出し、呼吸を整えながら隼人が近付いて来て言う。

「今年も俺の勝ちだったな」

にやりと笑って水に濡れた手でわしゃわしゃ髪の毛をかき混ぜられる。

「くそー、今年こそはと思ったのに!」

その手を放置して俺は判定役だった陸谷の方を見る。

「な、もう少しだったろ?」

「そうっスね。惜しかったっす」

陸谷は俺の言葉にそう言って同意してくれた。さらに…。

「廉さんの仇は俺がとるっス」

「おいおい、それはズルいだろ。俺、今泳いだばっかりだぞ」

陸谷が隼人に勝負を挑む。今なら隼人に勝てるかもとちょっぴりわいた悪戯心が俺の背中を押す。

「陸谷にバトンタッチだ」

水の中から右手を持ち上げて陸谷とハイタッチを交わす。そして、俺は陸谷を自分の味方に付けて意地悪く足掻く。

「いつ俺が一対一の勝負だって言った?二対一が駄目だなんて言ってないもんな」

「ッス!」

ちらりと目配せすれば陸谷も賛同する様に頷いてくれた。

「負けず嫌いが」

呆れた様な顔をしながらもしょうがねぇなぁと隼人は呟いて、俺と陸谷を交互に見る。

「あと一回だけだぞ」

「おぅ!」

「うす!」

しかし、一度浮き輪で浮いている仲間の元へ戻ったらその対決は幻となってしまった。そこにビーチバレーから抜け出して来た矢野がひらひらと右手を振って待っていたのだ。それを目にした隼人が「ちょうど良いところに来た」と言って、矢野を自分の陣営に引き込んだのだ。

「えー、ズルくない?」

「ズルくない。廉、お前の代わりが陸谷で、俺の代わりが矢野だ。これで平等だ」

「え?てか、いきなり何なの?なんの話?」

何故か隼人の代わりに陸谷と競争する事になった矢野は周囲を見回して首を傾げる。

「お前が相手でも手を抜くつもりはないから」

「だから説明…」

陸谷にまでスルーされて矢野は何となく状況を察した仲間から説明を受ける。果たして第二回競泳対決が代役同士で開催されることになった。

「矢野。お前が勝ったら後で焼きそばを奢ってやる」

勝負を任せるにあたって隼人はそう矢野に声をかける。

「んー、じゃぁ俺は。陸谷!勝ったら後で一緒にカキ氷食べような!」

それに対抗する様に俺も陸谷に声をかける。競争前の準備として水に潜って身体を水に慣らした陸谷の灰色の髪はいつもと違ってツンツンと立っていない。水に濡れてしっとりと下に下りており、雰囲気が大人びて見える。陸谷は俺の声掛けに微かに目を見張った後、ゆるりと口元を緩めて頷き返してくる。

「…ッス」

そのやりとりに矢野が隼人を見て、不満そうに唇を尖らせる。

「ちょっと隼人さん。絶対に負けらんなくなったんだけど。廉さんのあれ、天然だろ」

「そう思うなら勝てばいいだろ」

「もー…、ここには鬼しかいないのか」

ぶつくさと言いながらも矢野と陸谷がスタート位置に付く。スタートの合図はまた仲間に任せて俺と隼人はゴールに決めた沖へと泳いで、位置に付くと砂浜の方へ向けて手を振る。

「いいぞー!」

仲間の方も手を振り返して来る。
そして、二回戦目が始まった。





「いいぞー!もっとやれー!」

「フクチョー!」

ふっと息を吐いて飛び上がった身体の横からしなやかに天へと伸ばされた右手が天高く上がったボールを捉えてバシッと強く振り下ろされる。

「お前はっ、…何でそっち側にいるんだよ!?」

簡易的に張られたネットを越えて強襲して来たボールを難なく打ち上げる。後は同じコートにいる臨時の仲間に任せ、自分の声に反応してにっこりと笑って見せたのち、わざとらしく首を傾げた目の前の相手に工藤は鋭い視線を投げた。

「さて、そう言われても。彼らに頼まれたのでとしか。…その方が盛り上がるでしょうし、面白いでしょう」

明らかに後半の方が本音だ。確信犯に近い笑顔で悟は言った。
絶対にこの状況を楽しんでいる顔だ。Larkの面々からは「フクチョー」と親しげに呼ばれて、何故か工藤よりも馴染んでいる。かく言う工藤にも味方がいないでもなかった。それは…

「お前ら裏切ったなー!」

「そいつを仲間にいれるとは!」

同じコートに立つ面々だ。悟をコートの中に呼んで仲間にしたことをどうやら裏切りだと言っているらしい。最初、工藤一人を狙ってくるのかと思えば、そんなことはなかった。むしろそんな卑怯な真似はしないとばかりに、ちゃんと仲間分けをしてからコートに入り、堂々と倒す宣言をされた。さすがに廉の率いるチームだけあって、変わっている。気持ちの良い面々の上にそのノリも良い。なんだかとにかく憎めない連中なのだ。

工藤は苦笑を零してそんな彼らに自ら声をかける。

「どっちにしろネットの向こう側はみんな敵だ。遠慮せずアイツを叩こうぜ」

工藤のその声掛けに同じコート内にいた仲間達は何故か俄然張り切り出す。

「そうだな!良い事言ったクドー!やるぞ、みんな!」

「おぉ!!俺達の力、甘く見るなよ!」

「ヘイッ、トォス!」

わいわいと騒がしく、楽しく時間は過ぎて行く。

「フクチョー!クドーの顔面狙えないっすか!?」

「う〜ん。やってもいいけど、多分避けられると思うよ。あいつ、無駄に反射神経良いから」

「おい、クドー!何か奥義的な殺人サーブとかアタックとかないのか!」

「お前らは俺に何を求めてんだ。あったら逆に怖ぇだろ」

点の取り合い、接戦で盛り上がる。その場に海から上がった廉達も足を向けた。

「おぉっ、凄い!ギリ足で拾ってる!あれもありなのか?」

砂浜に落ちるすれすれで蹴り上げられたボールを目にして声が出る。
隣にいた隼人はその光景を目に苦笑を浮かべた。

「もう何でもありなんじゃねぇの」

蹴り上げられたボールを何事もなかったかのように、相手コート内に向かって叩きつける悟。
二人の間を打ち抜いたその絶妙なアタックはバスッという音を立てて砂浜に埋まった。

「よっしゃ!あと一点!」

「次で終わりにしてやる!」

「なんだとー!」

「待て!相手の挑発に乗るな!俺達には最終兵器がある!」

ふっふっと怪しく笑った仲間は若干周りにいた仲間達から引かれていたが、次の行動で全てがチャラになる。

「廉さん!」

「ぅえっ!?俺…?」

ばちりと重なった視線に、いきなり名指しで呼ばれて変な声が零れる。
俺を呼んだ仲間は尚も真剣な眼差しで俺を見る。

「廉さんも一緒にビーチバレーやりますよね?楽しいですよ?」

軽い口調の割には何だか圧力のこもった笑顔にコート内へと誘われる。

「あっ、それはずりぃぞ!」

反対側のコートからはブーイングが飛んで来る。しかし、その声にも動じることなく俺は仲間に手招きされる。
ちらりと隣に立つ隼人に視線を向ければ、背中をそっと押された。

「とりあえず、他の客の迷惑にならねぇうちに終わらせて来い」

「う、うん」

ヒートアップし過ぎて、暗にうるさいと告げ、送り出された俺はコート内にいた仲間一人と入れ替わりでコートに入った。

「海ん中もぐって来たのか?」

同じコートに工藤がいる。俺の髪が濡れていることに気付いてそう聞いて来たのだろう。俺は頷き返しつつ、ちらりと工藤を見る。

「工藤は砂だらけだな」

「あぁ…みんな容赦ねぇからな」

コート内にいる人間、ネットの向こう側も含めてみんな砂だらけだと、ふっと可笑しそうに息を吐いて笑う。何の飾り気も無い、ただただ純粋に浮かべられたその笑顔にきゅぅっと胸が甘く締め付けられる。無防備な笑顔が眩しくて、不意打ち過ぎて、俺はとっさに工藤から視線を逸らしていた。

「廉?」

「いや、その…。暑いな、ここ」

じわりと熱を帯びた頬を誤魔化す様に俺は視線を巡らせ、何とか言葉を続ける。工藤は特に不審に思った様子もなく、俺の言葉に相槌を打つ。

「これが終わったら俺も海に入るか」

暑いし、なにより身体についた砂を落としたい。

二人がそんな会話を交わしている間にも仲間達の間で戦いは進んでいた。

「はっはー!どうだ?お前達に廉さんが狙えるか?」

「くっ、卑怯な…」

「これも立派な作戦だ!」

「でも、廉さんを誘った手前、ボールに一度も触れさせずに終了はないですよね?それはあんまりでしょう。ここは廉さんに楽しんでもらう為にも心を鬼にして対応すべきです」

不毛な言い合い。点数の上では勝っているのに何故か押し負けそうになっている臨時の仲間へそっと悟が囁くように言う。

「えぇ、これは決して廉さんを狙ったのではなく、一緒に楽しむ為です」

「はっ!そう、…そうだよな」

「目が覚めた」

「ついでに、貴宏よりも格好良い所を廉さんに見てもらうチャンスでもありますよ」

にっこりと柔らかく笑って臨時チームの指揮を上げた悟は、さてと言ってサーブにて工藤を狙い撃ちにした。

「あいつ、やっぱ俺に恨みでもあるのか?」

鋭く飛んで来たサーブを難なく上げ、後をコート内にいる仲間に任せる。そうしてそのラリーは落ちる事無く長く続き、気付けば途中参加の俺も砂まみれになっていた。

「行け、フクチョー!」

「廉っ!」

「大丈夫!それより工藤―!」

悟から打ち込まれた強烈なアタックをバランスを崩しつつも何とか空に上げて、後を工藤に託す。高く空へと飛び上がった工藤が右手を振り下ろす。バシッと加速をつけてネットを越したボールはしかし、相手チームに拾われる。再び悟の頭上へと上げられたボールに俺達が身構えた次の瞬間―…。
白熱した空気とは場違いな程にこやかに笑った悟の顔が見えた。

「あ…」

「あぁーっ!」

ボールは鋭く飛んで来る事無く、ふわりと優しくネットを越える様にして真下へと落下する。勢いよく振りかぶられた右手が嘘の様に、悟の右手はただボールを優しく空中で押し出していた。
ぽとりと砂浜に落ちる直前、ボールに触れた爪先があったが、その結果を覆すまでには至らなかった。

「はいっ、そこまでー!終了―!」

悟のいるチームの勝ちである。

「お前、フェイント入れるとか…マジだろ?」

「ふぅ…、そういう貴宏こそ最後は少し焦りましたよ」

「嘘つけ。あれは完全に勝ちを確信した顔だったじゃねぇか」

最後にボールを蹴り上げにいった工藤はそのまま砂浜に座り込み、ネット越しに立つ悟と会話を交わす。

「大丈夫か、工藤!」

そこへ駆け寄って俺は最後までボールを追っていた工藤を心配して声をかける。俺の声に振り返った工藤は右手をひらひらと振って無事をアピールした。

「平気、平気。少し悔しいがな」

「大丈夫ですよ、廉さん。貴宏は頑丈なのが取り柄ですから」

「そ、そう?」

最後はネット越しにきちんと整列して、互いに健闘をたたえて握手を交わして終わる。

「いやぁー、熱かったな!」

「興奮した!」

「もう一戦やろうぜー」

わいわいと先程までの熱戦の余韻を引き摺って観戦していた仲間達が盛り上がる。一部、砂まみれになった仲間達はそのまま海に入りに行ったりと忙しい。そこへこの騒ぎに加わっていなかった、先に海へと出ていた数人の仲間達と矢野がクーラーボックスを持って近付いて来た。

「おーい、飲み物だぞ!開けたら各自名前書いとけ。書かなくて、無くなっても知らねぇからな」

「おぉっ!」

「俺、喉乾いてたんだ」

矢野達が持ってきたクーラーボックスに仲間が集り始める。
それを横目に隼人が俺達の所に歩み寄って来た。

「工藤サンも悟サンも欲しかったらあそこから取って行ってくれよ」

二人はそう言われて一度矢野達の方へ視線を流したが、すぐに視線を隼人に戻すと苦笑を浮かべて言った。

「俺は後でいい」

「俺も後で貰います」

「そうか?」

遠慮はいらねぇぜと隼人は最後に俺へと視線を流して来る。

「廉は…、いいな。陸谷が持ってくるだろうし」

「うん」

実は俺は陸谷が戻って来るのを待っていた。本当なら一緒に行こうと思っていたんだけど、俺が異様に盛り上がっているビーチバレーの方を気にしたせいか、陸谷が気を利かせて自分が買ってくるッスと言って、俺には隼人と共に待つよう言ってさっさと海の家の方に行ってしまったのだ。観戦するだけじゃなく、ビーチバレーに参加してしまったが。

「いいって?」

俺と隼人の会話に工藤が首を傾げる。永原さんも不思議そうに隼人を見た。

「あー…ここに来る前に、廉と向こうで競泳対決して。俺が勝ったら焼きそば、廉が勝ったらかき氷で賭けをしたんだ」

「で、俺が勝ったからかき氷なんだ」

ふふんと実際に対決したのは陸谷と矢野で、俺はその前に隼人に負けていたが、そのことに関してはあえて触れずに勝ちを強調して、満足げに笑う。そのなんとも微笑ましい賭け事の内容に工藤と永原さんは俺と隼人を見て柔らかく表情を緩めた。



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