07


その夜、かかってきた電話には珍しく家にいた母さんが出た。皆も知ってると思うけど、俺の家は両親ともに共働きで、俺が妹の面倒を見る事が日常と化している。その母さんが電話に出た時、相手は「俺のクラスメイトの諏訪」だって名乗ったらしいんだ。

「でも、俺の学校のクラスメイトに諏訪って名前の人間はいないし」

仲良くしてくれる先輩達にも諏訪って人はいない。諏訪部っていう女の先輩なら一人いるけど。
それで、ここにいる皆の頭の中には当然聖の事が思い浮かぶと思う。俺もその時は聖と色々あったから、聖かなって思って電話を換わった。けれど、母さんから通話を換わった時点で通話は切れていた。
それに後になって思い返してみたけど…

「聖さんが廉さんに連絡を取るのに家にはかけないだろ。むしろ電話自体を面倒臭がって、直接乗りこみそう」

「うん、そうなんだ。聖は俺の携帯の番号もアドレスも知ってるし」

直接俺に連絡が取れるのに、嘘を吐いてまで家の電話にかけてくる意味が分からない。たとえ俺に直接連絡するのが憚られたとしても、俺の周りにいる隼人や矢野達、チームの人間に伝えれば俺には伝わる。

「そもそも俺達だって、廉さんの家の電話番号なんて知らないっスよ」

矢野に続き、陸谷もそう言って、諏訪が聖でないことを肯定する。
なかには自分の家の電話番号すら知らないという者までいた。

「それで、そんなことがあったなって俺も忘れてた頃に今度は携帯にメールが届いたんだ」

当然、登録なんてしていない全く知らないアドレスから。それだけなら、友達がアドレスを変えて送って来たんだなって思う程度で済んだ。
問題は…。

「俺の写真が添付されてたんだ。自分で撮った覚えも、撮られた覚えもない」

ただ街中を歩いているだけの変哲もない写真だが。
それを目にした瞬間、気味が悪くなって、気分も悪くなった。
あきらかな隠し撮り。しかも、それを本人に送って寄越すなど。
話しながらその時の事を思い出してしまい、やや青ざめた俺に仲間達が低い声で囁く。

「いったい誰が、そんな真似…」

「許せねぇ…」

「俺らの総長に…。犯人見つけて、締めてやろうぜ」

真剣な表情で話を聞いていた陸谷がそっと気遣わしげに口を開く。

「その、廉さん。気分のいい物じゃないっスけど、その写真ってとってあるっスか?」

「あるよ。今まで消し忘れてたから。それに隼人にも、一言添えて同じメールを送ってある」

「隼人さんに?」

陸谷の質問に頷き返しつつ、俺は隼人にメールを送っておきながら、今更出てきた話に矢野が驚くの無理は無いと情報共有が遅れたその理由を告げる。

「全部、死神に拉致られた時の朝の出来事だから」

「あぁ…」

直後は皆、忙しく動き回ってくれていたし、それは隼人も同じだろう。俺自身もそれどころではなくなってしまったし。けれど、再び俺にこの事態を思い起させる出来事が起こった。携帯が着信を告げた。

「昨日、携帯に電話がかかってきたんだ。俺の知らない番号から」

電話の相手は俺が電話に出ても何も言わなかった。微かな笑い声だけを残して通話は切れた。今思い出してもゾッとする気味の悪さだ。

「…それって、廉さんが電話に出て喜んでたんじゃないのか?」

「え?」

不気味な声としか思っていなかった俺は矢野の口から出た言葉にぎょっとして矢野を見る。皆の視線を集めながら矢野は一つずつ自分の考えを述べて行った。

「相手を廉さんのストーカーだと仮定するだろ。まぁ、ほぼ確定に近いけど。家の電話はよく分からないが、まぁ自宅を知っていますアピールとか」

それにより廉さんは逃げられなくなる。廉さんの自宅には廉さんが大事にしている妹、悠ちゃんがいる。

「次に写真で、自分はいつも廉さんを見ています的な」

そこに更に個人への電話。

「廉さんの携帯に掛かってきたって事は、廉さん自身の声が聞きたくなったとか」

一応筋の通っている推測に俺は矢野へ感心した目を向けたが、矢野は厳しい表情で言葉を続けた。

「とにかく相手は廉さんに何らかの好意を寄せていて、気を引こうとしてるのかも知れない。そうなると廉さん本人が動くのは悪手だ。逆に相手を喜ばせるか、最悪釣り出される可能性もある」

「釣り出される?」

「わざと誘い出されるって事だ」

少しだけ見えてきた相手にほっとする間もなく、危険性を指摘される。
その忠告に同意するように陸谷も矢野の言葉に首を縦に振る。

「慎二の言う通りなら、廉さんは動かず待つべきっス」

「でも…」

「廉さんに送られてきた写真、俺達の方にも送ってもらえないっスか?」

その写真が、いつ、どこで撮られたものか分かれば、もしかすると写真を撮った相手の何か手ががりになるかも知れない。

陸谷は俺の意見をきっぱり撥ね退けるように言葉を遮る。
矢野を見ても首を横に振るだけで、味方にはなってくれそうもない。

「と言う事で、廉さんは俺達にもメール。細かい詰めは後で隼人さんが来てからって事で」

「…おかしい。俺が総長なのに、誰も俺の言う事を聞いてくれない。しかも何か前にも似たようなことがあった気がするんだけど…」

恨みがましく目の前の二人を見ても、矢野は素知らぬ顔で、陸谷に至っては自分の携帯電話を出すと、真剣な眼差しで俺がメールを送るのを待つ。

「はぁ…」

俺はしぶしぶと自分の携帯電話を取り出し、皆に話を聞いてもらったおかげか、いくらかマシな気分で見れるようになった例のメールを受信ボックスから開いて選ぶと、仲間宛に一斉送信した。






「そう言えば、総長。夏祭りに行く約束忘れてないよね?」

「ん?覚えてるよ。皆、浴衣着て行くんだろ?」

ごたごたとしているうちに海と行く順番が逆になってしまったが、海に行くより先に皆と決めていた話。この近所にあるという、規模は小さめながら出店もあって、花火も上がるという夏祭り。

ひと段落した話に、矢野と陸谷から離れて仲間達の囲うテーブル席に移動した俺は手に持ったトランプの束から数字の合った札を二枚テーブル中央に出来たトランプの山の中に放る。一緒にババ抜きをする仲間達の話の輪の中に加わり、俺は投げられた言葉に頷いて答えた。

「たしか、誰かお兄さんから借りるって言ってたよな。借りられそうなのか?」

「あー…まぁ。彼女とじゃないのかって残念そうな目で見られたけど。余計なお世話だって言い返しといた」

「今は女より友情っすよ!」

「俺なんて家で浴衣の話したら、どうしてそうなったのかばぁちゃんがいきなり採寸から始めて…。俺の浴衣を作るって聞かないんすよ。どうしたらいいっすかね」

「へぇ…、それは作って貰えばいいんじゃないか。おばぁさんだってそれ着てくれたら喜ぶんじゃない?」

言いながら隣から向けられたトランプの扇を真剣な目で見る。その中から一枚引けば不気味なピエロが笑った柄の札が手元にやって来た。ジョーカーだ。ちなみにこのババ抜きでいち抜けした人はお願い事を一つ言うことが出来るというルールが設けられている。何故、負けた人が言う事を聞くという一般的なルールではないかと言うと、トランプ全般に関してやたらと弱い仲間がいるからだ。そのくせ仲間達と遊ぶのが好きなので困り、しまいには喧嘩に発展するというよく分からないループを踏んだ末の、勝った人がお願い事を口に出来るというシステムになった。

俺は出来るだけ平静を装いながら逆隣りへと手札の束を向ける。

「なんだか皆後ろ向きなこと言うけどよぉ、俺は来年の夏に向けて今年のことは予行演習にするぜ!」

一人、少しだけテンションを上げて前向きな事を口にする。それに皆の視線が流れ、再び皆は口々に言い出す。

「お前だってそれはもう今年は諦めるって言ってるのと同じだろ」

「そうそう。予行演習は彼女を作ってからにしろ。虚しいだけだ」

「それより、夏祭りでナンパする方が現実的じゃね?」

「普段と違う装いに、雰囲気。…成功率もアップするか?」

何だか変な方向へと流れだした話に俺は口を閉じてその話を聞く。
ナンパと聞いて真っ先に思い浮かんだ顔に頭を左右に振る。意識しすぎだとその像を追い出す様に小さく呟く。

「違う、違う。そうじゃない…」

そうして、ふと妙案を思いついてぽろりと口から言葉を落とす。

「あ…でも、予行演習か」

無言で隣から差し向けられたトランプを引き、揃わなかった札の中に紛れ込ませる。自分の反対隣へ扇状に開いたトランプを向けた。ぽつりと零された独り言に仲間達は顔を見合わせ、無言で目配せをして意思疎通を図る。
俺は手元から離れて行くピエロのカードにラッキーと頬を緩ませた。

「本命はやっぱり八月の終わりにある、隣町の花火大会っすよね?」

「人手が多い分、それを理由に自然と手とか繋いじゃって」

「ちょっと普段と違う格好して現れれば、祭り特有の雰囲気に流されそう…」

「…そう。やっぱ予行演習は必要だ。相手が誰であれ、廉さんには必要だ」

「また馬鹿なこと言ってんなと思ったけど、ナイスアイディアじゃねぇか」

「褒めてつかわす!」

ばしばしと仲間の一人が両側に座っていた仲間達から背中を遠慮なく叩かれる。

「いって!いってぇな!っていうか、馬鹿なことってなんだ!あぁ?喧嘩売ってんのか、お前ら!」

「逆、逆!」

「褒めてんだよ!」

背中を叩く手を振り払い、俺の正面に座った仲間が吠えれば、周囲はやんやと騒ぎ立てる。

「ってことで、総長。俺達の予行演習に付き合ってくれない?」

「え?…俺じゃ役に立たないと思うけど」

再び回って来た順番にカードを選び、手札に加える。扇状に広げられたトランプの向こう側に見える真剣な眼差しと視線を合わせて俺は言う。

「いいや、こればっかりは総長じゃなきゃ意味が…っとと、総長じゃなきゃダメなんだ」

揃ったカードを引き抜いて隣を向けば、その先でうんうんと仲間が頷く。
まぁ、頼られて悪い気はしない。自分も工藤と行く前に予行演習が出来ると思えば断る理由も無かった。

「…分かった。引き受けても良いよ。ただ、あんまり期待はしないでね」

あと、隼人には後で言っておこう。
そう軽く受け止めて俺は仲間達の依頼を了承した。

「よっしゃ!決まりだな!」

「じゃぁ、俺が一番最初に総長をエスコートするな」

「は?何でだよ?」

「俺が!」

言い募ろうとした仲間達に、最初に俺をエスコートすると言った仲間が、手にしていた最後のトランプをテーブルの上に捨てる。

「上がりだ。勝った奴のお願い事を一つ聞く。約束だよな?」

「おまっ、それはずりぃぞ!」

「ぐぬぬ…」

「言い返せない」

ふふんと鼻で笑った仲間の後ろから影が差す。

「面白い話してるっスね」

「俺も参加するかな」

陸谷と矢野だ。二人の登場に仲間達は何故か慌て出す。

「ちょ、俺達権力には負けねぇっすからね!」

「たまには俺達にも廉さんを譲って下さいよ」

陸谷は特に表情を変える事も無く矢野へと視線を流す。矢野は仲間達の言葉にひらひらと顔の前で右手を振ると苦笑を浮かべて言う。

「そんなことしないって。そうじゃなくて、お前等の立てた作戦に加わりたいだけだって。なぁ、安芸」

「不安要素は限りなくゼロにしておきたいッスからね」

ちらりと自分へと向けられた二人の視線に加え、仲間達からも視線を受けて俺は一人首を傾げる。
作戦とは?今の予行演習の話か。
夏祭りの予行演習というのは俺が考えている以上にそんなに重大な事だったのか。
俺は皆から集まる視線の中、何となく気持ちを引き締めた。







それから更に数時間後…

「で、どうなった?」

人数の減った向日葵。奥のテーブル席で矢野を正面に座らせた隼人が話を促す。

まだまだ暑い日暮れに向日葵に姿を見せた隼人はカウンター席に座っていた俺の頭をポンと叩くと「報告が遅い」と一言零した。しかし、文句を言う口とは裏腹に頭を叩いて来た手は軽く、心配させるなと言う言葉が含まれていた。それを感じ取って悪いと短く返せば、別にお前のせいじゃないだろと、後で詳しく聞かせろと言って、隼人は奥のテーブル席へと向かって行った。

それからしばらく矢野と話していた隼人がコップを片手に席を立つ。ちなみに俺の隣には陸谷が静かに座っていた。

「廉」

陸谷が席を立ち、入れ替わる様に隼人が俺の隣に座る。半分ほど減った飲み物をカウンターに置き、俺と視線を合わせる。

「明日からしばらく俺ん家に泊まりに来ないか?」

「え?」

「明日は矢野と陸谷も家に来るぞ」

昼間は皆で海行って遊んで、その足で家に泊まりに来いよと隼人が誘ってくる。
俺は唐突な話にぱちりと瞼を瞬かせ、ゆっくりとその言葉を呑み込んでから口を開く。

「それって…俺の話と関係して、だよな?」

仲間内で急な話を振られる事は別に珍しい事じゃないが、それを口にした隼人の眼差しがいつもの様に軽く受け止めるには真剣みを帯びていた。
そして、隼人は誤魔化すことなく俺の言葉に頷く。

「そうだ」

「でも…」

「大丈夫だ。お前の考えそうな事は分かってる。悠ちゃんのことだろ?」

どうせ廉のことだ。自分のことより妹の安全を一番に考えて、自分が守らなくてはと思っているに違いない。そしてそれは、まさしくその通りで、隼人は俺の危惧する事態を否定するように、その不安を取り払う様に言葉を続けた。

「お前には嫌な事を言うが、矢野から聞いた話の印象と俺の見解を合わせると、十中八九狙われてるのはお前だ。廉」

「なにか根拠があるのか?」

「あぁ。まず、個人情報の管理が厳しいこのご時世に相手はわざわざお前個人の携帯情報まで入手してるんだ。しかもその事実をお前本人に知らしめるかのように連絡までしてきてる」

普通の相手ならまず入手する過程で躓くか、例え何かの偶然で入手できたとしても、その事実を本人に知らせるとは思えない。こっそり手中に収めて喜ぶか、連絡してくるとしても名前を名乗るか、何らかのアクションを起こすはずだ。自分の事を知ってもらう為に。普通の相手ならば尚更な。

「だが、今回の相手は名乗りもしない上、相当お前に気があるようだ」

「なんでそんなことまで言い切れるんだ?」

「相手はお前の家のことまで調べて来てる」

加えて、廉が妹である悠を大切にしているという事実を把握した上で、自宅に電話をかけてきた可能性が高い。家のことまで知られているとなると、流石のお前でも相手の事を意識しないわけにはいかない。嫌でもそちらに気が向くだろう。

「悪質なのは家にまでかけて、お前の気を引こうとしてるって事だ」

とにかく相手に主導権を握られたままでは身動きすらとれない。

矢野よりも踏み込んだ意見を述べた隼人に俺はそれを聞いて僅かに表情を強張らせた。でも…。

「念の為聞くが、悠ちゃんの方は何か変わった事とかないよな?」

「特にないと思うけど…」

でも、それならと。ほっと小さく安堵の息を吐いた所で、隣から伸びてきた手に額をこつりと軽く小突かれる。

「自分だけで良かったとか思うなよ。お前のことはまだ何も解決してないんだからな」

咎める様な眼差しに俺が曖昧に笑って頷けば、鋭さを増した双眸にため息が落とされる。

「廉」

「うっ…」

「とにかく、最初からお前の話も聞かせてくれ」

「…分かった」

「それと今夜は俺が送って行くから、一人で帰るなよ」

ある程度矢野から話を聞いたであろう話を、隼人はそれでももう一度、真剣な表情で聞いてくれた。



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