06


店に入って直ぐ、俺はマスターにアイスカフェオレを頼んだ。
ここのカフェオレは氷を入れてもどういうわけか、カフェオレの味が薄まる事はない。きっと氷に何か秘密があるんじゃないかと俺は思っている。

「ごめんな、総長。休んでたところ呼び出したみたいで」

そう声をかけてきたのは大輔だ。

「廉くんに直接渡したい物があって」

大輔の隣に座った、聖とよく似た顔が柔らかく笑って言う。聖の双子の弟、将さんだ。
俺は二人が座るブラインドが半分下ろされた窓側のテーブル席にアイスカフェオレを持って移動し、二人の対面のソファに座る。

「別に今日は暇してたし大丈夫だよ」

それで俺に渡したい物って?と首を傾げる。

俺には聖から返してもらわねばならない物はあるが、将さんから受け取る様な物に心当たりは無かった。

その話に興味があるのか俺の隣にちょっと失礼と言って、矢野が座ってくる。
俺を迎えに来てくれた陸谷はカウンター席で水分補給をしながらちらりとこちらを見ていた。

矢野が同席していても平気なのか、将さんは柔らかい表情を崩さずに話を続けた。

「聖を受け入れてくれた廉くんだから、分かると思うんだけど。あの通り、聖は素直じゃないから」

そう前置きをしてから将さんは羽織っていた薄手のカーディガンのポケットから布の包みをテーブルの上に出して置く。どうやらハンカチで何かを包んでいるらしい。

「これも返しづらいらしくて。ごめんね、俺からで」

聖から返してもらう物。それは…将さんの手で開かれたハンカチの中には深紅のカフスが一つ、大切に包まれていた。

「ん?これって廉さんが工藤から…」

矢野の呟きに頷いて、俺はカフスに手を伸ばす。

「俺が工藤から貰ったものだ」

しかし、死神との敵対前、聖がLarkを抜けると言った時に俺の耳から奪っていった物だ。俺には紅は似合わないと告げて。

「うん。俺も後になって聖の口を割らせて驚いたよ」

にこやかに笑いつつ、あの聖の口を割らせたと言う将さんに流石は聖の双子の弟だと、妙な衝撃がLarkの中で走った。
そうとは気付かず将さんは話を続ける。

「廉くんを守る為だったとはいえ、もう少し相手の気持ちを考えたやり方にしろって怒っておいたよ」

乱暴な手段を取る前に、例えばDollに関わりが有る事を示す品物を身に付けるなとか、手を出す前に会話での意思疎通を図る様にって。
聖はいつも肝心な言葉が足りないんだと、将さんは憤った様子で言う。
もしかしたら聖も将さんにここぞとばかりに説教をされたのかも知れない。

「まぁまぁ、そこら辺にしてやってよ。将さん」

ヒートアップしていきそうなその様子に大輔が横から宥める様に口を挟む。

諏訪兄弟の意外な力関係を垣間見た気がした。

「それで…、聖は…今、どうしてるんだ?」

話題を変える為じゃないが、俺が様子を窺うように聞けば、大輔は隠すような事は何も無いとさらりと聖の動向を教えてくれた。

「基本、ここに居た時と対して変わらないよ。神出鬼没で、居たり、居なかったり」

あと、夜になると何処かでこっそりバイトをしているらしいって、最近になってようやく掴んだ情報がある。

「バイト?聖さんが?」

「それ、俺達に言って大丈夫なのか?」

矢野が驚いて声を上げた横で、俺は念の為確認する様に聞き返した。

「大丈夫だよ。バイトしてるらしいってだけで、俺もまだ何処で、何のバイトしてるかまでは知らないし。それに…」

ふと言葉を切った大輔の視線が隣に座る将さんに流れる。
そこには聖のバイトの話に曖昧な笑みを浮かべ、己の右手に軽く左手で触れる将さんがいた。

「金の使い道は明らかだ。さすがにこれ以上詮索するつもりもないよ。また一人で無茶してるわけでもないし」

「うん。今度はちゃんと俺が見張っておくから」

「そう、将さんも言ってるし」

聖の方は何の心配も無いと二人は教えてくれた。

それから少したわいもない世間話をして、二人はそろそろお昼になるから帰ろうかと、「またね」と口にしてお店を出て行った。

 





俺達はそのまま向日葵でお昼を注文して食べたり、外に食べに出て行く者、家に帰る者などそれぞれが好きに動く。
今日は家に妹の悠が居ないので、俺はそのまま向日葵で矢野達と一緒にテーブルを囲んで昼食を済ませた。

「さて、お客さんも帰って、ご飯も食べて、一息吐いた所で。廉さん、俺達に何か言うことはないか?」

午前中は大輔達が座っていた、俺の向かい側の席に座った矢野が真っ直ぐな視線を俺に向けてそう切り出す。

「え?何いきなり…?あ、皆、夏休みの宿題やってるのか?」

ほぼ揃っている仲間達に、少し心配になってそう聞いてみれば、そこかしこから案の定な答えが返って来る。

「俺、宿題とかは最終日に片付ける派なんで」

「少しなら手をつけたっす!」

「ぼちぼち…?」

「明日からやります!」

「あー…、廉さん。そうじゃなくて」

何だか違うと微妙そうな顔をして、顔の前で手を振った矢野に、同じテーブルに着き、矢野の隣に座った陸谷が横から口を挟む。

「慎二の言い方が悪い。…廉さん」

すっと動いた天然の灰色の双眸に力強さを感じて、思わず俺の背筋が伸びる。

「な…に?」

「妙な輩に付き纏われてるって本当っスか?」

「えっ!?なんで知ってるの?」

というか、これから隼人に相談しようと思った所なんだけど、と俺は情報の回る速さに驚きつつ、ぽろりと素直に考えていた事を口に出す。

「それで、その輩に心当たりはあるんスか?男っスか?それとも女っスか?」

怖い顔で矢継ぎ早に訊いて来る陸谷の言葉に、矢野がどこか感心した様な声を漏らす。

「あぁ…女って事もあるのか」

「いや、心当たりって言われても…」

それが無いから隼人に相談しようと思って。隼人は何故か総長である俺より多くの情報を持っているし、俺自身も困った事があるとつい隼人を頼ってしまう。工藤にも言われてって事もあるが、その前に…この件に関して、関係しているかは分からないが、死神の騒動が起こる前。死神とのごたごたで俺自身もすっかり忘れていたが、隼人には俺の写真付きの不審なメールが来たことをメールでだけど伝えていたのだ。

隼人が俺にその件で訊いてこなかった事を考えると隼人もきっと忘れているのだろう。

俺はどこから説明したら良いものかと困惑した様子で二人を見る。陸谷ははっきりと気に入らない様子で眉間に皺を寄せているし、矢野は何故かテーブルの端に置かれていた喫茶店のメニュー表を手に取っている。そして、メニュー表の裏側に記載されていたデザート欄を俺に向けると「とりあえず、食後のデザートでも食べて、話はそれからにしよう」と言った。

「隼人さんが来るまで、まだ時間はあるし。ここなら安全だろ」

「慎二。何をのんきに…」

「廉さんを問い詰めてもしょうがないだろ。お前は急すぎ」

俺は練乳のかかってない普通のイチゴのかき氷でと、矢野はのんびりとした態度を崩さず告げる。ふと矢野から流された視線に促され、俺は矢野と同じ、こちらは練乳がけのイチゴのかき氷を注文した。

「ほら、お前はどうする?安芸」

矢野に肘で突かれ、陸谷は諦めた様に息を吐くと首を横に振った。

「俺はいい。食べる気がしない」

「そうか?俺が特別に奢ってやろうと思ったのに。残念なことしたな」

「ちょっ、矢野!何でそういう、挑発するようなこと」

慌てて矢野を注意すれば、矢野はそれをまるっと無視して俺に笑いかける。

「あ、大丈夫。廉さんの分は俺が出してあげるから」

「はぁ…。廉さん。慎二は俺をからかって遊んでるだけっすから、気にしなくていいッス」

そういえば、矢野と陸谷は幼馴染でもあると前に一度聞いたことがあるような…。今のはその幼馴染特有の距離感、やりとりなのだろうか。

俺はとりあえずホッと表情を緩めて、この後どう説明しようかと、注文したかき氷が来るのを待ちつつ、頭の中で情報の整理をした。

「あれ?それってここの制服だよな?」

そして、テーブルまで注文の品を運んで来たのはなんと仲間の一人だった。
喫茶店向日葵の制服を見事に着こなしている。

「はいっ!夏休みの間だけ、アルバイトとして雇ってもらったんです」

「へぇ、似合ってるな」

「え?そうですか?いやぁ…総長にそう言われると嬉しいなぁ」

「おい、向こうの客がお前を呼んでるぞ」

運んで来たかき氷をテーブルに下ろしながら、相好を崩した仲間に矢野がすかざず口を挟む。言われてそちらに目を向けた仲間は、あいつらと低い声を漏らすと、俺達には明るい笑顔でごゆっくりと告げ、足早に別のテーブル席に向かって行った。



ふわふわの氷にイチゴのシロップと甘い練乳がかかった山をスプーンで崩しながら、ひとくち口に運べば、思わず頬が緩む。

「すごい、ふわっとして口の中で消える」

「未知の食感だな」

甘いものが得意ではないくせに、話の途中から店内に漂い出した不穏な空気を察して、自ら話を一度切りにいった矢野に陸谷はちらりと目を向け、自分の直球すぎる言葉選びを反省する。
陸谷と同じく逸る気持ちを窘められた仲間達は息抜きと同時に冷たいジュースを飲んで頭に昇りかけた熱を冷ます。

「そういや、廉さん。明日の海は行けそうなのか?」

「ん?行くよ」

半分と少し食べたあたりでガラスの容器を陸谷の方へと押してきた矢野に、陸谷はやっぱりと内心で呟きつつ、残されたイチゴのかき氷を処理しにスプーンを手に取る。
二人で分けて食べる形になったかき氷に、その様子を見ていた俺は仲が良いなという感想を抱きながら、矢野の言葉に続けて返した。

「皆と遊びたいし、海にも入りたい。お昼は向こうで済ませば良いと思ってるけど」

「遊び倒す気満々か」

「ダメなのか?皆は…」

ぐるりと店内にいる仲間を見回して聞けば、幸いにも否定的な意見は上がらなかった。それよりも…

「ビーチボールは俺が持ってく予定なんで」

「傘って誰だっけ?」

「カサぁ?…あぁ、パラソルの事か」

「ばっか!下に敷くものは俺達が用意してくから大丈夫っす」

「あとは…すいか?」

「金属バットならあるぜ」

「夜までいるなら花火も追加だろ」

「浮輪とかもいる…」

「ん?もしかしてお前、泳げねぇの?」

「浮くことは出来る!」

「まぁ、基本だな」

わいわいと各自が持ち寄る物について話が盛り上がっていく。

「皆、良さそうだけど?」

「そりゃ、廉さんが良いなら文句を言うやつはいないだろ。な、安芸」

かき氷を完食した陸谷は矢野から話を振られて頷く。

「隼人さんの発案でもあるっスから」

「そういえば隼人が海行くって」

メールをしてきたのだ。これは俺の知らない所で決められていた予定だ。それは別に構わないのだが、本当に突然だった。
僅かに首を傾げた廉に、その真意を知っている矢野と陸谷はそれ以上を告げることはない。

残念ながら、明日の海に聖と大輔が参加することはないが、また皆で海に行こうという願いはこの場にいる仲間達だけでもすぐに叶えられる。
単に夏の良い思い出に、という気持ちも確かにあるが。
あの二人がこのチームを離れたことを少しでも後悔すればいいのだと。仲間達が胸の内に抱えたであろう複雑な感情の憂さ晴らしも兼ね、そういう流れで決まった海行きでもあるのだ。

そんなガス抜きも兼ねた海行きだと知らない俺は念の為、仲間達に注意を促していた。

「俺と隼人が言ったからって、別に無理して来なくても良いからな!用がある奴はそっちを優先してくれよ」

「大丈夫だって。心配性だな、廉さんは。もとからここには暇人しか集まってないって」

夏目前にして彼女に振られた奴と、彼女が出来なかった奴。それから相手の予定が合わなかった奴ら。皆、廉さんが考えるより好き勝手やってるから。

「そう?それなら良んだけど…」

しかし、俺の言葉を掻き消すように、主に夏前に彼女が出来なかったという一部の仲間達が矢野に向かってブーイングをしだした。

「何を他人事のように。慎二、お前も同類だろうが!」

「どの口が言う!」

「出来なかったんじゃない。あえて作らなかったんだ!」

「俺達には女より、優しくて可愛い総長がいるからいいんだ!」

さらりと一部の仲間達の予定を暴露した矢野に陸谷が少し身を引いた様子で呟く。

「正直俺は仲間の交友関係まで把握し始めたお前が怖い」

「隼人さんの情報網にも限界はある。俺はそこを少し補ってるだけだって。お前がたまに周りを観察してるようにな」

ブーイングの声が騒がしい中で小声で返した矢野は、ぱんぱんと両手を打ち合わせて音を出すと「そろそろ静かに」と空気を変える様にその声音を真剣なものへと変えた。

「さて、明日の楽しい予定も決まった所で。廉さん、そろそろさっきの話の続きを聞かせてもらっても良いか?」

「うん。俺からも皆には言っておきたい。意見も聞きたいし。迷惑をかけるかもしれないけど」

「仲間なんすから。いくらでも迷惑かけて欲しいっス。知らされない方が俺達は悲しいッス」

「ん。ありがと、陸谷」

矢野が空気を変えた後、静まり返った店内に俺の声が落ちる。

「最初は家に掛かってきた電話だと思う」



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