05


翌日、悟と時計台の下で待ち合わせをしていた隼人は約束の時間よりも少し早く着いたが、それは悟の方も同じだったらしく互いに顔を見合わせると笑って朝の挨拶を交わした。

「おはよう、隼人」

「今日はよろしく。悟サン」

隼人は肩から掛けた鞄を持ち直して、手ぶらで現れた悟に案内されながら時計台のある広場を離れる。
五番街メインストリートと呼ばれる、様々な店が軒を連ねる大通りを歩きながら言葉を交わす。

「今日も朝から暑いよな」

「でも、そのおかげで外で遊び回る奴も少ないでしょう」

「んー、そうだな。店の中でだらだらしてるか、誰かン家に行って遊んでるか」

営業妨害で訴えない所が向日葵のマスター、川瀬さんの懐の深い所だ。まぁ、半ば趣味で開いているお店だからこそか。常連客も結構いるし。

このままメインストリートを真っ直ぐ行けば『二ツ目』と書いて、『ふつめ駅』へと続く広い交差点に出る。また、余談だが時計台のあるこちら側が駅から見て北口に辺り、Dollの拠点でもあるmidnightsunという喫茶店兼バーも北側にある。
対してLarkの拠点である向日葵は南口から出て少し東にずれた商店街の一画にあった。そういう意味で言えば普段の活動範囲が被らなかった事も不思議ではない。

青信号で横断歩道を渡り、駅前へと続く道に入った悟に隼人は聞く。

「電車に乗るのか?」

「いや、駅前を通るだけです。家はずっと線路沿いに行った先にあります」

「青楠のある方か?」

隼人の通う青楠高校は二ツ目駅から電車に乗り、三駅目で降りて、そこからバスだ。ちなみにこの間、廉と訪ねた朱明高校は青楠高校からバスで行ける距離にある。

「そこまでは行きませんが、もしかしたら電車から見えるかもしれませんね」

「へぇ…」

悟サンが通っている緑高校とは正反対の場所に自宅があるらしい。隼人は頭の中で周辺の地図を思い浮かべて、きっと悟サンは電車通学をしているのだろうと考える。自分とは逆方向の電車に乗り、二ツ目駅から二駅目。緑高校は確か丘陵の上に建っていたはずだ。少し距離はあるが、廉の通う白桜高校が近いか。

「隼人は学校まで電車で?」

「あぁ。そこの駅から電車とバスだな」

隼人の自宅は二ツ目駅の南側にあり、駅からは少し離れている。
駅から少し離れればぽつりぽつりと田畑の見える住宅地へと変わり、この暑い中、日傘を差した人やスーツ姿の営業マン、犬の散歩をする年配の人。直ぐ側を小学生位の子供達が駆けて行く。

「誘っておいて何ですけど、向日葵には顔を出さなくても平気ですか?」

「今日は最初から行く予定は無いし、留守は矢野に任せてある。廉も今日は顔を出すかどうか」

昨夜、廉からかかってきた相談という名の電話を受けた様子では暫く気持ちが落ち着くまでは自宅にいるだろう。特に明日は、海に行く約束を廉は自分から工藤サンとしてしまった。心の準備が必要だろう。
電話口でのやり取りを思い出した隼人はふと口許を緩める。

「廉といえば、工藤サンは?悟サンも店の方に行かなくていいのか?」

「えぇ、今日は修平と誠が……ん?ちょっと待って下さい。携帯が」

言いながら路地で足を止めた悟はズボンのポケットに入れていた携帯電話を取り出すと、さっとディスプレイに目を落とす。
マナーモードにされていた携帯電話がブーブーと振動し、電話かメールの着信を知らせていた。

「貴宏…?」

そう呟き、ちらりと向けられた視線に隼人は頷き返す。それを了承と取った悟は電話だったのだろう、道路の端に寄るとコンクリの壁が作り出す影に入って話し出す。

「はい、もしもし」

『唐突で悪いが、相沢の番号を教えてくれ』

「何かあったんですか?」

『あったというか、まだ無いというか。とにかく時間のある時でもいい。相沢の番号をメールしといてくれ。話がある』

「それなら…」

ちらと悟から向けられた視線に隼人は首を傾げる。話の内容を不用意に聞かないように少し離れて影に入っていた隼人は悟から手招きをされ、近寄る。

「ちょうど今、一緒にいるので代わります」

「俺?」

「貴宏が貴方に話があると」

よく分からないながら、隼人は悟から差し出された携帯電話を受け取り、右耳にあてた。

「もしもし?」

『相沢か。一つ確認しておきたいことがある』

「なに?廉のことか?」

工藤サンが俺に話とは廉の事かと辺りを付けて聞き返せば、やはり当たりだった。だが、その方向性は思っていたものとは大分違った。

『廉の周りで、イエデンまで知ってる奴は何人いる?』

「は?イエデン?イエデンって…家にある固定電話のことだよな?知ってる奴なんかいないと思うけど。廉に用があれば普通に廉の携帯に入れるし…」

他に知ってると考えられるのは学校関係者か。それでも、個人情報となる情報をおいそれと本人以外に教えたりはしないだろう。

「そもそも話が見えないんだが。今度は何なんだ?」

怪訝そうに答えた隼人に工藤は何処と無く急ぎ足で言う。

『詳しい話は明日、廉本人がお前に会って話すとは言ってたが。質の悪いストーカーが出たらしい。お前達は絶対に廉から目を離すな』

俺は見てられねぇから、頼んだぞ、相沢。と、言うだけ言って工藤サン側から通話を切られる。

「ちょっ、待っ、工藤サン!」

ツー、ツーと通話が終了した事を知らせる無機質な音に隼人ははぁっと溜息を吐く。

「いったい何なんだよ」

「貴宏はなんと?」

「あぁ…携帯ありがと。何か廉から目を離すなだと」

終始一方的な会話で終わった話の内容を伝えれば、悟は携帯電話で時刻を確認して言った。

「貴宏は今日、学校に行ってますから。時間が無かったのでしょう」

「学校?」

夏休みに?と隼人は瞼を瞬かせる。
そんな隼人の様子に悟は苦笑を浮かべ、来年には隼人も行くかも知れませんよと言って告げた。

「夏期講習です。貴宏も三年ですから、進路を考えて出席してるんですよ」

「え、でも、悟サンは?」

「俺は進路組ではありませんから。それより、気になるのは質の悪いストーカーと言う言葉です」

携帯電話をポケットにしまった悟に促されて、止まっていた歩みを再開させる。

「念の為、廉さんに連絡した方が良いでしょう」

「そうだな。そうさせてもらう」

今度は足を止めずに悟に着いて歩きながら、隼人は自分の携帯電話から廉の携帯電話へと電話を掛けた。
すると運悪く誰かと電話中なのか繋がらない。隼人は一度電話を切ると、確認の為、向日葵で留守番をしている矢野へとかけた。しかし、こちらも繋がらず、隼人は続けて三人目に電話を掛けた。

『…はい、陸谷』

今度は直ぐに繋がった電話口に隼人は口を開く。

「お前、今、向日葵に居るか?」

『います』

「そこに廉来てるか?」

『廉さんですか?廉さんなら今、慎二が電話で呼び出してる最中ッス』

「呼び出し?何でまたそんなことになってるんだ」

廉と矢野、二人が話中だったのなら電話が繋がらなかったのも頷ける。既に何かあったと言うのでは無い事に少し安堵しながら呼び出しの詳細を聞いた。

『うちの店に大輔と聖さんの弟の方が訪ねてきて、何か廉さんに用があるとかで。慎二が今、廉さんに連絡をとって…あ、廉さんこっちに来るそうッス』

「…そうか。陸谷。お前でも誰でも良いから廉を迎えに行け」

『え、隼人さん?』

「俺も出来たら夕方辺りには顔を出す。どうにも廉に付きまとってる奴がいるらしい。ガードを強化しておけ」

『なっ!?本当ッスか、それ』

「あぁ。詳しい事は俺もまだ聞いてねぇが、聞けるようなら先に聞いておいてくれ」

『っ、分かりました。慎二にも伝えときます』

これで一応は大丈夫だろうと、通話を終わらせれば足を止めた悟に労われる。

「お疲れ様です。次から次へと…手が必要ならいつでも言って下さい」

「内容が分からねぇうちはその言葉だけもらっておく」

隼人の返答に満足そうに頷いた悟は、足を止めた二階建ての建物を振り返り、ここが俺の家ですと中へと促した。






Side 廉

今日はもう家でだらだらと、明日の心構えをしようとしていた。
隼人からのアドバイスは俺はそのままで良いと言っていたが、そのままとは何だ。工藤の方が色々と勝手に察してくれるはずとも隼人は言っていたが、それはそれで恥ずかしいことじゃないのか。
リビングのソファでごろごろと答えの無い問答を一人で続けていた時に、携帯電話へとかかってきた一本の電話がそんな俺の思考を一時的に断ち切ってくれた。
ついでに今日の予定も変更となった。

「大輔と将さんか…」

ちなみに妹の悠は今日は友達の萌ちゃんと、もう一人、別の子の家に遊びに出掛けて行ってしまったので家にはいない。その内、お菓子か何か持たせるべきか。夏休みだからと頻繁に他所様の家にお邪魔している様だし。
うーんと考えながら着替えを済ませて、戸締まりの確認をして自宅を後にする。

いつも通る公園の横を通り、さすがに朝から暑い夏の日に公園内に人の姿は見当たらないか。そうちらりと頭の片隅でぼんやりと思って何と無く横目で見た公園内の奥。ちょうど木の影になる位置に人影が…。

「ーー廉さん!」

「うわっ!?なにっ!?」

何と無く向けていた意識が正面から飛んで来た声に引き戻され、大声で呼ばれた自分の名前に驚く。正面に目を向ければ、珍しく自転車に乗った陸谷が、どことなく急いだ様子で接近して来ていた。

「陸谷?どうしたの、そんな急いで」

もしかして俺、遅かったか?電話に出た時、今日はもう一日家にいるつもりだったから服装も適当で。着替え直してたりしたから。
俺の直ぐ側で自転車を止めた陸谷はその場で自転車を反転させると、大きく息を吐いた。

「間に合って良かった。慎二とのじゃんけんに勝って、廉さんを迎えに来ただけッス。自転車の方が速いかと思って、後ろに乗って下さい」

「それでわざわざ迎えに来てくれたのか。この暑い中、ごめん。ありがと」

陸谷の気遣いを受け取って俺は自転車の後ろ、荷台部分に跨がって座る。
その際ちらっと公園内を流し見たが、特に変わったものもなく、当然だが人の姿も無かった。何か影を物と見間違えたのかも知れない。肝が冷える様なその手の話が苦手な俺はそう思うことにして、背後を振り返った陸谷に声をかけた。

「じゃぁ、向日葵までよろしく」

「行くッスよ」

力強く走り出した自転車が切る風も熱を孕んで暑かったが、歩いているよりは大分快適だった。


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