揺れる心

二周年記念小説


特に決まった用があるわけでもなく俺は時々、街の中を一人歩くことがある。
散歩みたいなものでこれが結構楽しい。

「ねぇ、君一人?暇なら俺達と遊ばない?」

ただ、未だナンパ紛いの事をされるのが不愉快で。
これでも一センチ身長が伸びたのに…。
俺は無視をして歩を進めた。

「おっ、廉?珍しい所で会うな」

その人に会ったのはちょうどそんな時だった。
シルバーアクセを専門に売っている店から出てきたその人と真っ直ぐその通りを歩いていた俺。

「あっ、蓮夜先輩。買い物ですか?」

学校の先輩で、俺より二つ上。高校三年生だ。

「ん、まぁな。そういうお前は?」

蓮夜先輩はバスケ部に所属してて、背が高い。俺は先輩を見上げて、ちょっとふらふらしてただけですと返した。

「相変わらず危なっかしいな。…そうだ、暇なら俺に付き合ってくんねぇか?」

「いいですよ」

特に用もないし、俺は頷いた。

「良かった。来週さ、梓の誕生日でよプレゼントどうしようか迷ってたとこなんだ」

「梓先輩は蓮夜先輩がくれるものならきっと何でも喜んでくれますよ」

梓先輩は蓮夜先輩の幼馴染みで、恋人。料理部の部長で良く余ったお菓子をくれる。

「そりゃそうだろうけど、やっぱり一番欲しいものをあげて喜ばせたいじゃねぇか」

「う…ん、そうかも」

大したものあげた覚えはないけど工藤もいつだって嬉しそうに笑って受け取ってくれる。
でも、工藤の一番欲しいものって何だろ?

「おっ、廉にもそう想う相手がいるのか?」

「えっ!?ち、ちがっ…」

「顔赤いぜ」

「―っ、先輩!」

「ははっ、ンなに必死に否定しなくても聞かねぇよ。こういうのは自然が一番だからな」

くしゃりと伸びてきた手に髪を撫でられた。

そしてその姿を見ていた者が一人。
偶然、その通りを通りかかったのだ。

「誰だソイツ…?」

Larkの人間でもない、見知らぬ人物が彼の隣を歩いている。
視線の先の廉は楽しげにソイツと話し、ふと顔を赤くした。

「廉…」

まだ俺の知ってる奴なら良かったのか。
俺の知らない男の手が廉の髪に触れ…

「――っ」

キリッと痛みの走った胸に気持ち悪さを覚えて俺は睨み付ける様に視線を鋭くした。

直ぐにでもソイツは誰だ?と聞いてやりたかった。けれど、廉がソイツと楽しそう店に入って行くのを見て止めた。
こんな状態で今会って、俺は冷静でいられるか?
…俺は廉を困らせたいわけじゃない。
なんて、どんなに理由を並べ立てた所でこの胸に抱いた想いが消えることはなくて。
冷静になんて、

「無理に決まってる」

廉に聞かせた事の無い、唸るような低い声音で吐き捨て重くなった足を動かす。
次に廉に会う時、この醜い感情が消えていればいい。

廉達の入っていった店の前を通り過ぎて、俺はその場を離れた。
こんな姿を廉には見られたくない。

「貴宏。…お前、馬鹿か?」

Dollの拠点、midnight sun。その店内にある奥の部屋で、俺はガラスのテーブルを間に挟んで座る悟に呆れた様な眼差しと共に辛辣な言葉を投げ付けられた。

「何でお前がキレるんだ。ムカついてんのは俺だぞ」

「お前が余りにも馬鹿だからに決まってんだろ」

「………」

普段温厚で、それこそ馬鹿みたいに丁寧な言葉遣いはどこへ行った。
悟はわざとらしく咳払いをすると続けて言った。

「いいですか、貴宏。廉さんに良い面だけ見せて好かれようなんて、そんな甘い考えを持っているなら今すぐ捨てろ」

「そんな事思ってねぇよ」

「ありのまま全部とは言わないが少しぐらい自分の気持ちに素直になっても良いんじゃないか」

たぶん廉さんにはそのぐらいがちょうど良い。

「………」

「はっきり言うと、…今のお前、全然お前らしくない。お前とはそこそこの付き合いをしてきたけど初めてみるぜお前のそんな面」

「悪ぃか」

そんなこと言われずとも自覚はしてる。
悟には否定の言葉を返したが、俺は廉に嫌われるのが怖くて、どこか無意識に良い面しかみせてなかったのかもしれない。

「悪いとは言ってない。それだけお前が廉さんに本気ってことだからな。…でも、それを伝える相手が違う。俺じゃなくて廉さんだろう。さっき見かけたその男の事も、気になるなら直接廉さんに聞いたらどうだ?」

「…あぁ、そうだな。そうする。俺らしくねぇか」

悟と話して、少しすっきりした気がする。
俺はさっそく携帯電話を取り出し、一番に登録してある番号を呼び出した。


女の子が好きそうなお店を覗いて、梓先輩への誕生日プレゼントを選ぶ。

「う〜ん、何か違うな。梓にはもっとこう…」

「蓮夜先輩。それ三度目ですよ」

流石に女の子がちらほらといる店内は落ち着かなくて、俺は商品を手にとっては同じ言葉を繰り返す先輩に口を挟んだ。

「中々難しいな…」

「あ、先輩…こういうのはどうですか?」

陳列棚に置かれた、小さなガラスのビン。コルクの蓋がはまっていて、中にはピンク色の蝶々をあしらった可愛いネックレスが入っている。

「ん?おぉ、良いな。でも梓だったらピンクより青系だな」

そう言って先輩は青い蝶々のネックレスが入った小瓶を手に取った。

「アイツ喜んでくれっかな…」

そして、思わず溢れたといった風な呟きと優しい笑みに、俺の心もほんわりと温かくなる。

「きっと大丈夫ですよ」

「そうだな。買ってくる」

大切そうに小瓶をレジに持って行った先輩の後ろ姿を見送っていれば、ポケットに入れていた携帯が振動した。

「ん、誰だろ?」

その場で携帯を出して、ディスプレイを確認してみれば…

「電話だ。…工藤?」

店の中で出るわけにも行かなかったので俺は携帯を手に一度外に出た。
電話が切れてしまう前に通話ボタンを押して、耳へとあてる。

「もしもし、工藤?」

『廉…』

聞こえてきた声はいつもよりどこか硬かった。

何かあったのかな?
その声に心配になり、俺は眉を寄せ聞き返す。

「どうしたの?」

『…今、大丈夫か?』

ガーッと自動ドアが開いて先輩が出てくる。

「廉?っと、電話中か。悪い」

けれど先輩は俺が電話してるのに気付くと、電話してて良いと言うことなのだろうか遠慮して少し離れた。
俺はそれに軽く会釈をして通話口に返す。

「大丈夫だけど何かあった?」

『………』

「工藤?」

返ってこない返事に俺はさらに首を傾げた。

『…今から会えないか?』

「今から?ん〜、ちょっと待って」

俺は通話口を手で抑え、少し離れた場所で待つ先輩にこの後どうするのか聞いた。

「用は済んだし此処まででいいぜ。今日はありがとな廉」

「いえ」

すると自動的に暇になるわけで、俺は工藤に今からそっちに行くと伝えた。

何かいつもと様子が違う工藤も気になるし。
通話を切ってポケットに携帯電話をしまう。

「それじゃ蓮夜先輩、また学校で」

「あぁ。お前も上手くいくといいな」

「……?」

「隠すなよ。今の電話、お前の好きな奴からだろ?お前の顔見てれば分かる」

早く行ってやれと先輩は優しげな顔をして俺の背を押す。

「え?ちがっ、…工藤はそんなんじゃ!」

「そんな真っ赤になって違うはないだろ。ほら、じゃぁな廉」

そして、誤解は解けぬまま俺は先輩とそこで別れた。

「工藤とは別に…そんなんじゃないのに」

そう考えて早まった鼓動に、俺は首を横に振って顔に集まった熱を冷ます。
踏み出した足はいつもより少し早く、工藤の元へ向かっていた。

ざわざわと部屋の外が騒がしくなって、廉が来たことを知らせる。

「貴宏。俺は帰りますけど、ぐれぐれも選択を間違えない様にして下さいよ」

「分かってる」

二人きりにしてやろうという悟の気遣いに俺は静かに頷いた。
そして席を立った悟と入れ替わりに廉が部屋に入ってくる。

「あ、悟さん」

「いらっしゃい廉さん。ゆっくりしていって下さい」

パタンと扉がしまり、室内には俺と廉だけになった。

「まぁ座れよ。何か飲むか?」

「ん、いいや」

定位置となりつつある俺の隣に、人一人分開けてだが、座った廉はジッと俺を見てくる。

「どうした?」

「…どうかしたのは工藤だろ」

それにいつも通り返したつもりだったが廉は眉を寄せて、自ら俺に近付いてきた。

「電話でだって様子が変だったし、今もなんか…」

座ったばかりのソファから立ち上がった廉は、俺の側にくると右手を伸ばして俺の額に触れてくる。

「ん〜、熱はないな」

ぴたりと押し当てられた掌から温い廉の体温がじわじわと俺へと伝わってくる。

「うわっ!工藤!?」

たったそれだけの事に今の俺は簡単に心を揺さぶられ、すぐ側にある廉の体を思わず腕の中に抱き締めていた。

しばらく無言で抱き締めていれば、始めはジタバタ抵抗していた廉も大人しくなる。
髪の隙間から覗く耳が真っ赤で、それまで余裕の無かった心が嘘の様に落ち着きを取り戻す。口元には自然と笑みがのぼった。

「なぁ、廉。…さっき一緒にいた男は誰だ?」

抱き締めたまま耳元で囁けば、廉は身を捩って懸命に離れようとする。

「蓮夜先輩は学校の先輩っ!それより離せよ工藤!」

そうしながらでも廉は律儀に答えた。

「先輩、か。ソイツ付き合ってる奴いるのか?」

「いるよ。今日だって梓先輩の誕生日プレゼント真剣に選んでたんだからっ!」

何となく話が読めてきた気がする。

「そういうことか…。良かった…」

俺は自分の勘違いに何だか笑いたくなった。

「そ、それがどうしたんだよ!今日は何か変だぞ、工藤」

離れることは諦めたのか、廉は赤い顔のまま睨み付けてくる。

「ん、いや。俺が勝手に妬いてただけだったんだなってさ」

「…やいてた?」

「そ。その先輩とやらとお前が楽しそうにしてたのを偶然見かけて、嫉妬したんだ」

意味が分からずきょとんとした廉の額に口付けを落としながら正直に告げる。

「っ、な!?」

途端に廉はビクリと大袈裟に肩を揺らし、赤かった顔を更に赤くして固まった。

「そういう可愛い顔するのは俺の前だけにしてくれよ?」

「―っ、う…。…馬鹿!」

恥ずかしさに堪えきれなくなったのか廉は俯き、俺から離れるのでは無く、逆に俺の胸に顔を押し付け赤くなった顔を隠そうとする。

「本当可愛い。…好きだ」

同じ想いが返されるまで揺れる心。
それでも想う事を止めようとは思わない。

それは、廉が好きだという証拠だから―。


end.


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