運命の日

始まりの日、以前の物語で工藤視点。
工藤が初めて廉を見た時のお話です。



その日は月明かりが綺麗な夜だった。
街の明かりも届かない路地裏も、今日ばかりは闇の色を薄くし、俺の足元には影が落ちていた。

なんとなく、すぐアジトへ行くのも惜しく感じて歩くスピードを落とす。
穏やかで気持ちの良い夜だった。
しかし、そんな気分も複数の騒がしい足音でぶち壊された。

「もう逃げられねぇぜ」

「観念するんだな」

足音は数メートル先の角を曲がった辺りで止まり、男達の脅迫するような声が聞こえた。

折角良い気分だったのに。
残念に思い、ため息を一つ溢した。

綺麗に染めた金髪を掻き上げ、暇潰しにはなるかと、追い詰められている人物を助けてやることに決めた。

緩やかだった足取りを早め、角まで歩く。
ひとまず人数を確認するために角から顔を覗かせた。

そこには壁を背にした、顔が見えなくて良く分からないが小柄な少年だか少女だか、がいてその人物を囲むように不良とみられる男が四人立っていた。

四対一か。

じゃり、と角から飛び出そうとした瞬間、追い詰められていた人物が動いた。
その人物は一番近くにいた男の懐にするりと潜り込むと、遠目でも分かるぐらい華奢な右腕が男の腹部に吸い込まれ、男が崩れ落ちた。

「……速い」

それにあの細腕のどこにあんな力があるんだ?

次に、仲間がやられたことで怒りに顔を赤く染めた男が背後から襲い掛かった。
それをその少年、少女ではないだろう、は身軽に横へ跳んでかわすと、左足を一閃。
襲い掛かってきた男の左脇腹へ放った。
残りの二人もそうしてあっという間に片付けてしまった。

舞うような動きで、時に苛烈に、一撃に重さを込めて。
攻撃も相手の事を考慮してか、最小限で終わった。

「ふぅ…」

周りを囲んでいた男達がいなくなり、少年の相貌が露になる。
男四人を沈めたとは思えないほど華奢な体躯に、女の様に小さな顔。
しっかりとした意思を秘めて輝く大きな黒い瞳に、月明かりをうけて艶めく黒い髪。
凛とその場に立つその姿に俺は目が離せなかった。

アイツは誰だろう?

魅いられた様に見つめていれば、その少年に駆け寄ってくる男がいた。

「廉!」

駆け寄ってきた、前髪に青いメッシュを入れた男が少年の名前らしきものを呼んだ。

レン?それがお前の名前か?

見つめる先の少年、レンには先程までの凛とした姿はどこにもなく、何やら焦ったような表情で狼狽え始めた。

何か可愛い奴だな。

最後にはその男に向かってシュンと肩を落としていた。
それに男も仕方がないという仕草で苦笑してレンの腕を掴んだ。

男に連れられて路地裏から出て行くレンの横顔はどこかばつの悪そうな、でも少し嬉しそうな顔をしていた。
去って行くレンを眺めながら、俺はなんとなくその表情をもっと近くで見たいと思った。
凛とした顔も、短時間でコロコロと変わるその表情も。
俺に向けて欲しいと思った。

「レン、か…」

再び静寂を取り戻した路地裏を月明かりが照らす。
何時もは薄暗く、数メートル先にいる人物の顔を判別するのが難しいくらいの闇があるのに今はない。

俺はふと空を見上げ、一人笑みを溢した。
ほんと、今夜は良い月だな。
俺は止まっていた歩みを再開させ、月明かりの下ゆっくりと歩き出した―。


運命の日 end.


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