04


side 隼人

着信を告げる携帯電話に、送られてきたメールの内容に淡く口許が緩む。

「やっぱりな」

どこか予想していた展開に静かな声が零れた。

「何がやっぱりなんですか?」

その声に隣に座っていた悟が反応し、隼人は携帯電話の画面から目を離す。

「明後日、工藤サンも海行くって。廉から今メールが来た」

「貴宏が」

「そ。何ならうちとそっちで合同で海行く?」

カウンターに置かれた烏龍茶を手にとり、隼人はグラスに口を付けた。
偶然、街の中でばったりと悟に出くわした隼人は悟に誘われて悟の知る店で夕飯を食べていた。
隼人の誘いに悟は少し考えてから首を横に振る。

「それは止めた方がいい」

「どうして?」

乗ってくるかと思った話を断られ、隼人はグラスから口を離した。

「こういっては何ですが、引率だけで疲れますよ」

「それはうちもあんまり変わらねぇと思うけど」

「貴宏と廉さんの邪魔になりそうですし」

「あー…それはな」

「それだと隼人も楽しめないでしょう?」

ふっと瞳を緩めて見つめられ、隼人はジッと悟を見つめ返す。

「悟サンはさ、正直…廉と工藤サンのことどう思ってるわけ?」

「お似合いだと思いますよ」

「それははぐらかしてるのか?俺が聞きたいのはそういう意味じゃなくて」

「まさか。これが俺の本心ですよ」

真摯な眼差しを向けられ、続けられた言葉に隼人は口を閉じた。

「廉さんが居てくれて、ようやく貴宏も落ち着いてきた」

「……?」

「この間、言ったでしょう?あの場に廉さんの関係者である隼人が居なかったら貴宏は白木を容赦なく潰していたかもしれない」

言われてその時のことを思い出した隼人は僅かに眉を寄せた。
白木の腕に足を乗せた工藤を、思わず自分は止めに入ろうとした。止めなければ本当に白木の腕を潰してしまう、そんな気配を工藤は纏っていたのだ。

「俺と貴宏はDollに入る前から、中学の時からの付き合いですが…あの頃の貴宏は結構荒れていた」

「中学から?」

「えぇ、貴宏は中学一年の秋頃にこの街に引っ越して来たんです。それで俺と同じクラスになった」

「へぇ…工藤サンって元からここに住んでたわけじゃないのか。初耳だな」

今じゃこの街のチームの頭で、しっくりくるほど馴染んでいる。

「今の貴宏を見ると、しょっちゅう家出してたなんて想像出来ないでしょう?」

「え?嘘、あの工藤サンが?」

「まぁ、その流れでDollの総長に拾われたわけですが…」

初めて聞く話に隼人はへぇと相槌を打ち、悟の話に耳を傾ける。

「あれは貴宏がDollの総長になって暫くしてからか。今思えばやけに貴宏の機嫌の良い夜があった」

その夜から貴宏の様子は少しずつ変わっていったような気がする。

「今だから分かる。きっと貴宏はその頃にどこかで廉さんに会ったんでしょう」

その日以来、貴宏はあまり無茶なことはしなくなった。

「良い傾向です。貴宏には廉さんが必要だと俺は思ってますよ」

「んー…廉から工藤サンに会ったって話は聞いたことねぇな。あぁでも、廉は工藤サンのこと知らなかったみたいだからな」

廉の場合、知らない間に会ってた可能性も捨てきれないか。
視線を前に戻して、グラスに口を付けた隼人は呟くように言った。
黒髪に混じる一房の青い髪。その端整な横顔を眺め、悟は逆に隼人に疑問を投げ掛けた。

「そういう隼人は二人のこと、どう思ってるんですか?」

「今は別に。あそこまで言われちゃな。後は廉が良いなら本人に任せる」

「それはどういう…」

「この間の事件の時、工藤サンは自分に何があっても構うなって。廉を助けるのを優先しろってさ。どれだけ本気か思い知らされた」

「貴宏がそんなことを…」

「あぁ…、工藤サンって結構格好良いのな。この前気付いて、工藤サンになら廉を任せても安心だと思った」

さらりと隼人の口に上った賛辞の言葉に、悟は同意しながらも複雑そうな表情を浮かべる。

「それは良かった。今の言葉を聞いたら貴宏も喜ぶでしょう」

ちらりとそんな悟の顔を見た隼人は小さく口許を緩めて言った。

「別に工藤サンを喜ばせる為に言ってるわけじゃねぇし、これで少しは俺達の負担も減るだろ」

「ん?」

「チーム同士の調整は別として、工藤サンと廉の仲まで心配していつまでも保護者でいる必要はもうないだろ」

後は本人同士に任せて、隼人はそう言いながら悟へと視線を投げた。

「悟サンも明後日、時間が空くなら海に行かないか?」

「そうだな…たまにはそれもいいかも知れないな」

「ハメ外してはしゃぐ悟サンってのも見て見たい気がするしな」

「そんなもの見てもしょうがないだろ」

「それはどうかな」

話し込んでいる内に崩れてきた悟の言葉遣いに、隼人は密かに小さく笑う。

「ま、いいや。それじゃ向日葵に十時集合で」

緩やかに表情を崩した隼人に悟も頬を緩め、頷き返した。

「分かった」

それから席を立ち、二人は店を出る。
外はすっかり暗くなっており、隼人と悟は肩を並べゆっくり歩き出す。

「そういえば隼人は廉さんといつ頃知り合いに?」

「う〜ん、確か小学校二、三年ぐらいか。向日葵の近くで俺が廉に声をかけた」

「え…隼人も廉さんをナンパし…」

「そんなわけねぇだろ。小学生が小学生をナンパするってどんな冗談だ」

肩を竦め、隼人は懐かしそうに遠くを見た。

「向日葵の近くでしゃがみこんでた廉にどうしたんだ?って声をかけたんだ。そうしたら家の鍵を向日葵の辺りで落としたって」

「探してあげたのか?」

「まぁ。でも見つからなくて、俺の帰りが遅いって迎えに来た兄貴が結局あっさり見つけたんだけど」

「兄貴がいるのか?」

「一人な。俺の三つ上。今は家を出て一人暮らししてる。…悟サンは兄弟は?」

「いない。一人っ子だ」

目の前で赤へと変わった信号に、横断歩道の手前で二人は足を止めた。
夏休みのせいか、周りには仕事帰りのサラリーマンやOLに混じって若者の姿も多くみられる。
その中で時おりちらりと悟を見て、軽く会釈をしていく同年代の少年の姿があった。

「さすがDollってとこか…」

「隼人?」

「何でもない」

信号が変わるのを待ちながら悟は世間話をするのと同じ様子で隼人へと話を続けた。

「明日は向日葵に顔を出すのか?」

「明日は一日家にいる予定。バタバタしててまだ宿題に手ぇつけてなかったからな。海に遊びに行く前に少し片付けとこうと思ってる」

赤から青へと変わった信号に隼人は足を踏み出す。それを後ろから追うように悟の声が隼人の耳へと届く。

「だったら、うちに来ないか隼人」

「え?」

振り向いた隼人の隣に、前を見据えたまま足を動かした悟が横に並ぶ。

「明日、その宿題持って家に来ないか?」

「…それって一緒に宿題やろうってことか?」

視線を悟に合わせて隼人は横断歩道を渡りきる。
悟はふっと口許に弧を描き、隼人へと視線を流した。

「たまには個人的な付き合いも良いんだろ?」

これは海へと誘ったことに対するお返しか。
隼人は少し考えてから返事を返す。

「行ってもいいけど、俺、悟サン家知らないぜ」

「それなら時計台の下で待ち合わせしよう」

「何時?」

「十時ぐらいで良いか?」

「俺は大丈夫」

「じゃぁ明日は時計台の下に十時な」

さくさくと話は進み、分かれ道まで辿り着く。
人が行き交う十字の交差点で足を止め、悟は右の道を指差した。

「俺の家はこっちだから」

隼人はそのまま真っ直ぐの道を見て言う。

「ここまでだな」

「送って行くか?」

「それ前にも言ったろ。いらねぇよ。一人で帰れる」

「それは残念。気を付けて帰れよ」

「悟サンもな。じゃ、また明日」

「あぁ…」

ひらりと手を振り、隼人は振り返ることなく歩き出す。
その後ろ姿を少しの間眺めてから悟も家路へと足を進めた。

「………」

家の近くまで来て、ポケットに入れていた携帯電話が再び振動し始める。
隼人が携帯を取り出し画面を確認すれば坂下 廉の名前。

「しょうがねぇな」

苦笑を浮かべながらキィと家の門扉を開け、何だかんだ言いながら隼人は通話ボタンを押した。

「…もしもし、どうした廉?」

『あ、隼人…』

「どうした?」

『その…今、話しても大丈夫か?』

「ん、平気だけど」

困りきったような声を聞きながら隼人は家の中へ入る。
それから暫く隼人は廉の悩みに悩んだ末の恋愛相談を持ちかけられたのだった。



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