03


ほんの少しつついてみただけの工藤は逆に大袈裟なほど取り乱したその様子に虚を突かれ、すぅっと瞳を細めると小さく口許を綻ばせる。

「そうか…俺の気のせいか。残念だな」

「……っ」

思わず否定してしまった俺は今更恥ずかしくて言い直すことも出来ず、自ら告白するチャンスを潰してしまった。
工藤は俺のそんな態度に何故か笑みを溢し、持ち上げた右手で俺の頭をくしゃりと撫でてくる。

「送ってく」

そう言って話題を切り換えた工藤から赤くなった顔を反らし、頭に乗せられた手を受け入れたまま俺は踵を返した。
これ以上口を開けたら自分が何を言うか分からないので俺は黙ったまま歩く。
頭に乗せられていた手は俺が歩きだして直ぐ頭の上から下ろされ、まるでその代わりだというように右手をとられて指を絡められる。

「……っ」

いつもはただ重ねられるだけの手が、指と指の間に指を絡められて繋がれる。たったそれだけの違いなのに何だかいつもより近く工藤を感じて、込み上げてくる恥ずかしさに絡んだ指先をぴくりと震わせた。
それに気付いたのか隣を歩く工藤が静かに口を開く。

「…嫌か?」

優しい声音で、絡めた指先を軽く握られて。
とくとくと…甘く擽られた心は卑怯だと、狡いと思う。
ただ恥ずかしく感じただけの俺が嫌だと言えるわけがなかった。むしろ少し嬉しくも思ってる。
返事を待つように落ちた沈黙に俺はおずおずと答える。

「別に…嫌だったら手なんて繋がないし、最初から振り払ってる」

「それはまた容赦無いな」

苦笑して会話を繋げた工藤に俺からもほんの少しだけ指先に力を入れて握り返す。

「嫌な奴と手繋いだってしょうがないだろ」

「まぁ、そうだな」

「意味無いし。俺だって相手は選ぶ」

「………」

そうして話をしている間に家に着いてしまう。
家から公園までの距離はそう長くはないが、今夜は何故だか歩いてきた距離が酷く短いような気がした。
門の前で足を止めれば、繋いでいた手は自然と離される。

「廉」

「ん?」

「明後日、お前を迎えに来てもいいか?」

「え…でも、そしたら工藤戻ることになるだろ?」

俺を迎えに来るってことは向日葵と俺の家を往復するのと同じことだ。

「そこは気にするな。俺がただお前を迎えに来たいだけだ」

「うっ……」

何で工藤は恥ずかしげもなくこういうことを言えるんだろう。心臓に悪い。
言葉を詰まらせた俺に工藤は話を進める。

「明後日、九時半頃迎えに行く」

「…う…ん」

勝手に決められた約束に断る気持ちも無くて俺は頷き返す。受け入れた俺に工藤はぼやくように言葉を落とした。

「本当は明日の約束も欲しかったんだけどな。明日は外せない用があるから」

「それなら…明日じゃなければ」

「ん?」

「まだ、花火大会の約束しかしてないだろ。だから…」

込み上げてくる恥ずかしさを堪えダメもとで約束を口にすれば工藤は緩やかに表情を緩める。

「一緒だな、俺と」

「……?」

「約束、増やすか。明後日と花火大会以外にデートする日」

「でっ…ッ〜〜…、う…ん…」

過剰に反応しそうになった口を慌ててつぐんで頷き返す。自分でも妙な行動をとってる自覚のある俺は恐る恐る工藤を窺った。

「とは言え、直ぐには返事出来ねぇから帰ったらメールする」

けれども工藤はいつもと変わらず、俺を怪しむ様子も無くホッと息を吐く。

「分かった。メール待ってる」

「ん。じゃぁ、家ん中入れ」

そうしたら俺も帰る、と言われて俺は工藤に背を向け玄関扉に手を掛けた。ちらと少し背後を振り返ればこちらを見ていた工藤と目が合う。

「またな、廉」

その瞳が優しげに細められ、ひらりと手を振った工藤に見送られ俺は家の中へと入った。
玄関の扉が完全に閉まったことを確認して、俺はずるずるとその場にしゃがみこむ。
熱くなる頬を両手で押さえて、どきどきと今にも飛び出してきてしまいそうな鼓動を持て余す。

「俺…変じゃなかったよな?」

変だったとしても、変じゃなかったと思い込みたい。
前以上に工藤がやたらと格好良く見えて仕方がない。落ち着かない。
今まで自分は工藤にどんな態度をとっていたんだか、思い出せても上手くいかない。いつもの態度をとることがこんなに難しいとは思わなかった。
熱い頬を押さえて、のろのろと立ち上がる。
靴を脱いで階段を上がり、俺は自室のベッドに倒れ込むようにしてダイブした。

「海に…誘っちゃった。どうしよう…」

今さらどうしようもないのだが、無駄にぐるぐると考えてしまう。

「どうしよう…」

こんなのは自分らしくないと思うのに止められない。止まってくれない。

「そうだ…、とりあえず隼人にも連絡を…」

ベッドから身体を起こし、机の上に置いてあった携帯電話を手に取る。
フラップを開きメール画面を立ち上げて、ポチポチと用件を書き込んで送信した。


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