02


近所の公園まで軽く駆け足で、夏の蒸し暑い夜の中俺は急いだ。

「はっ…は…っ…ぁ…」

そして、公園の入口に差し掛かかって足が止まる。
工藤はブランコを囲う柵に腰を下ろし、こちらを、公園の入口の方をジッと見つめていた。
遠目から見ても分かる長身に、鮮やかな金髪。
ベージュのパンツに、上は白い半袖Tシャツと黒のベスト。
改めて見る工藤は格好良くて俺の心臓に悪い。
ぱたりと突然足を止めた俺に、柵に腰掛けていた工藤はゆっくりと立ち上がるとこちらに向かって足を踏み出す。俺を瞳に映した工藤は鋭い双眸を緩やかに細めて俺の名前を呼んだ。

「廉」

今までだって何度も呼ばれている名前なのに、工藤を意識し過ぎているせいかそれが特別なものに聞こえる。

「っ……」

とくりと過敏に反応した鼓動に俺は変に思われてはいけないといつも通りを心掛け、ぎくしゃくと止まっていた足を動かした。
けれども、工藤はそんな俺の心情なんていざ知らず近付いた途端俺の右手を掬いとる。

「くど…っ」

「まだ少し後が残ってるな」

硝子の破片で切った指先の傷は塞がったが、まだ薄く線が走ったように跡が残る傷口を工藤はなぞるように指先で撫でる。

「こんなのすぐ治るから…大丈夫だって」

触れられる擽ったさに工藤から視線を反らして言えば、指先から離れた手が今度は右頬に触れてくる。

「こっちはもう痛まないか?」

そっと優しく触れて撫でられた頬にぴくりと肩が揺れる。

「っ、大丈夫だから…その…」

どきどきと胸が苦しくなって俺は工藤とまともに目を合わせられないまましどろもどろに返し、頬に添えられた手から逃げるように身を退いた。
その様子に、公園に現れる前から電話口で様子のおかしさに気付いていた工藤は眉を寄せる。

「廉…」

今にも赤くなりそうな頬を何とか堪えて俺は平静を装って答える。

「なに?」

「……何かあったな」

「えっ…!?」

俺の努力も虚しく言い切った工藤に俺は馬鹿正直に反応してしまい、逃げていた視線を捕らえられる。
ジッと間近から絡められた強い眼差しに、俺の意思を無視してじりじりと頬が熱くなる。

「ん…?」

訝るように向けられていた工藤の目が不思議そうに瞬き、俺は工藤に抱いている気持ちを見透かされる前に焦って口を開いた。

「じ、実は…工藤から電話もらう前に変な電話が来て…」

「変な電話?」

「そ、そう。誰だか分かんない奴から無言電話が来て、他にも…」

話を反らす為に口にしたことを、いつしか工藤は真剣な面持ちで聞いていた。
やがて俺が話終えると工藤は不快気に顔をしかめ、言った。

「写メにイエデン、お前の携帯か…。不味いな」

「え?」

「携帯だけならまだしも、家の電話番号を知られてるとなると家の場所も知られてる可能性があるな」

「っ、そっか。俺ん家…も」

得体の知れぬ相手に知られているということだ。
急に現実味を帯びてきた話に熱を奪われるような肌寒さが背筋に走る。
それまで工藤に会えて浮かれていた心にひやりと冷たい氷の塊を投げ込まれたような気がして俺はグッと拳を握った。

「家には俺だけじゃなくて悠もいるんだ。俺が守らないと…」

強張った表情で決意を固めれば、握った拳に工藤の手が添えられる。

「廉」

そして、拳を包み込むように握られたと思った次の瞬間、ふわりと優しく工藤の腕の中に抱き締められていた。

「俺もいるんだ。一人で無茶はするな」

「〜〜っ」

こんな時だっていうのに俺の心臓は場所を選ばすどきどきと高鳴り、カァッと一瞬で頬が赤く染まる。

「それにどうやら狙われてるのはお前だ。俺がずっとついててやれればいいけどそうもいかねぇ。絶対に一人にはなるなよ。分かったか、廉?」

「…う…ん」

こくこくと精一杯頷くことで俺は返事を返した。

「それから念のため相沢にも話しておいた方がいいな」

「あ…隼人とは明後日、会う約束が」

「約束?」

工藤は俺を腕の中に抱き締めたまま話を続ける。
薄手のシャツを通して感じる工藤の鼓動や体温が熱い。…くらくらする。

「明後日、皆で海行こうって……工藤も行かない?」

その熱にあてられ、気付けば俺の口は勝手に動いて工藤を誘っていた。

「明後日か…」

考えるように視線をさ迷わせた工藤に俺はダメかと内心で少しがっかりしながら言葉を付け足す。

「無理なら断ってくれても」

「いや、…行く。なんたって廉からの初めての誘いだしな」

そう言って俺に視線を落とした工藤は純粋に嬉しそうに、にいっと口許を緩めて笑った。それは工藤が時おり見せてくれる少年っぽい無邪気な笑み。
笑いかけられて心臓がきゅうと甘く疼き出す。

「…っ…あ…の、そろそろ…離して」

くらくらと逆上せたように熱くなった頭に、俺はおかしなことを口走る前に工藤の胸に両手をおき、押し返す。

「っと、悪い。つい…」

言えばするりと解かれた腕に俺は僅かな寂しさを覚える。その心に俺は蓋をし、なんとか工藤から離れた。
…俺、いつの間にこんなにコイツが好きになったんだろう?
ふと沸いた疑問に、何を考えてるんだと熱くなった頬を隠すように俯く。

「それで明後日の時間は?」

「…向日葵に十時。水着持参で」

「そうか」

「うん」

「………」

「………」

それきりぷつりと途切れた会話に俺は落ち着かなくなってそわそわとしだす。
まだ何か隠しているその様子に工藤は黙ったままふむと考え込んだ。

「………」

「………」

妙な沈黙に先に耐えきれなくなったのは俺で、熱の引いた顔をそろりと上げて口を開く。

「そういえば何で工藤はここに?」

「ん?あぁ…最初は声だけでもと思ったが、やっぱりお前の顔が見たくなって此処まで来ちまったんだ」

ふっと緩んだ温かな眼差しが真っ直ぐに俺を見る。
こういう時、俺は何て返せばいいんだろう?
分からなくて素っ気なくなる。

「そ、そう…」

「会えないかもと思ったが会えて良かった。変な奴がお前の周りを彷徨いてるみたいだし…何かあればすぐ俺に言うんだぞ。いいな、廉」

ゆるゆると緩んでいた空気がいきなり硬質なものに変化し、工藤の纏う気配が鋭いものになる。
少年っぽい笑顔は大人びた青年の顔に変わり、どきりとさせられる。
その変わりように目を奪われ俺は工藤に魅せられたまま素直に頷き掛けた。…次の言葉さえなければ。

「ところで…さっきから俺のこと意識してくれてんのか?」

「うっ…はっ、だ、誰が…!」

頷きかけて目を見開く。ぎこちなく動きを止めた俺は顔を赤く染め上げながらも思い切り否定の言葉を口にした。


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