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白木は工藤サンに気付くとあらんかぎりの力で工藤サンを睨みつける。

「僕にこんなことして…っ許さない!」

その睨みをものともせず足を進めると工藤サンは足で白木を仰向けに転がし、冷え冷えとした眼差しで白木を見下ろして口を開いた。

「許さない?可笑しなこと言うな。…お前こそ許されると思っているのか?」

うっすらと工藤サンの口許に酷薄な笑みが浮かぶ。
ヒタリと自分から外されることのない冷めた瞳にぶるりと白木は身体を震わせた。それでもなお白木は虚勢を張り、睨み付けるのを止めない。

「だとしたら…とんだ楽天野郎だな」

表情を動かさぬまま嘲笑った声が落とされる。
すぅっと下がった体感温度に勝手に身体が強張った。そしてそこに俺達の知る工藤サンはいない。
口を挟むなと釘を刺されてはいたがそんなもの挟む隙さえなかった。

「――っ」

明らかな怯えをみせる白木に対し工藤サンは、白木を地面に転がした足を持ち上げゆっくり口を開く。

「悟」

「はい」

持ち上げられた足が白木の上へと移動し、酷く落ち着き払った声が淡々と言葉を紡いだ。

「…諏訪の弟が壊されたのは確か右腕だったか」

「あぁ…」

それを聞いてどうするんだと訝しんだ直後、工藤サンは白木の右腕に持ち上げていた足を乗せた。
ザァッと一瞬で顔を青ざめさせた白木に、俺もその行動には目を見開いた。

「まさか、工藤サン…っ!」

声を上げた俺に鋭い一瞥が寄越され、グッと言葉に詰まる。酷く凍てついた感情を窺わせない眼差しは直ぐに白木へと戻される。

「よ、よせっ、止めろ…」

顔色を蒼くした白木の身体が恐怖に震え、弱々しい声が零れる。
ミシリと…腕に乗せられた足に力がこもるのが分かって思わず俺は飛び出そうとした。

「やめ―…」

「隼人」

しかし、そうする前に悟に肩を掴まれ阻まれる。
精神的にも肉体的にもじわじわと与えられる恐怖に元より自分が劣勢に立たされることなどなく、これまで上手く立ち回ってきた白木は耐えきれなくなったようで外聞もなく叫んだ。

「…―っわああぁっ!?やめろっ、やめろぉっ!!」

白木の怯えた声が室内に響く。

「止めて欲しいか?」

その中で感情を含むことなく淡々と落とされた工藤サンの声だけが異様なものに聞こえた。

「そう…お前にやられた連中も口にしただろう?」

「ヒッ―、やっ…やめっ…」

「それでお前はそれを聞いてどうした?何をした?」

「ぅあぁっ…助けっ!」

「分からねぇならいっそ同じ目に合ってみるか?」

それまで抑え込まれていた殺気立った空気が白木へと叩き付けられる。
足に込められた力に白木は唇を戦慄かせた。

「いやっ、止めてくれぇ!もう、しない!もう…僕が…悪かったから…!だから、足を退けてくれ!」

「それを俺が本気で信じるとでも思ってんのか」

白木の謝罪の言葉は低く落とされた声音に掻き消される。どこまでも冷淡な対応。

「う…あっ…やめ…」

更に追い討ちをかけるように工藤サンは口を開いた。

「…本名、白木 信次郎。二十歳。沿線沿いにある大学に通う二回生。家は隣街で、現在は気ままな一人暮らし中」

「なっ…!?」

すらすらと紡がれる中身は白木の個人情報か。蒼白かった白木の顔に驚愕の色が浮かぶ。

「いつの間に…調べたのか?」

「うちの同盟先のチームがな」

淀みなく続く情報に呟けば悟が何でもないことのように言い添えた。
悟は工藤の所業にもまったく動じず成り行きをただ静かに静観する。

「その女装はお前の趣味か」

「そ…そんなわけ…っ」

「俺にとってはどうでもいいことだ…お前の女装癖が大学に広がろうとな」

もったいつけてされた言い回しに、その意味に気付いて白木はジタバタと足を動かし暴れだした。

「普段ならこんな手は使わないがお前は全てにおいて信用できない」

だから、と工藤サンは白木を見下ろし鋭い眼差しを向け言い放った。

「社会的名誉を傷付けられたくなければこの街を出ろ。そして二度とこの街に、俺達の前に顔を出すな」

「そ、そんなこと…」

「出来るかどうか試してやろうか?」

「――っ」

「分かったら返事をしろ」

「―っ…かった。…分かったから…もう止めろぉっ!」

チームを解体された上、白木自身の個人情報もDollの手の中。追い詰められた白木は自分の身の安全を選んだ。何より高いプライドが周りの目を気にしないはずがなかった。

「いいだろう。その言葉忘れるなよ」

返事を聞いて工藤サンは白木の腕に乗せていた足を下ろす。直ぐに自分の腕を抱き締めるように確認した白木に工藤サンはわざと聞かせるように言った。

「聞いたな悟」

「あぁ」

「手の空いてるチームを動かせ。白木 信次郎が街を出るまで監視させろ」

自分の名前が出て白木はビクリと肩を跳ねさせる。その様子を眺めながら悟は重々しく頷き返した。

「分かった。他のチームに声をかけておく。羽鳥、お前のチームは平気か?」

街を出るまで監視とか、つくづくDollを敵に回してはいけないと思わされる。
同席していた羽鳥は悟に声を掛けられ恭順の意を示した。
用も無くなった白木から目を離した工藤サンは鳥羽へ目線を投げ、慣れた様子で命令を下す。

「連れて行け。外にいた連中も邪魔にならねぇ場所に捨ててこい」

静かに一つ頷き返して鳥羽が動き出す。白木の身体を拘束していたロープを持って引き摺り、部屋の外へと出て行った。

「…何か言いたそうだな相沢」

全てを見届けていた俺に普段の気配を纏った工藤サンが真っ直ぐ目を向けて言う。
隣に立つ悟の目が俺に向けられていることにも気付いて、俺は思ったことをはっきりと口にした。

「綺麗事を言うつもりはねぇがあれじゃまるで脅しだな」

弱味を握って白木を頷かせた。強者が一方的な暴力を与えているようなものだ。
もともとLarkに所属する者は廉に感化されてか、力の差がありすぎる一方的な暴力は好まない。それ故に今目の前で行われた行為に俺は自然と眉を寄せていた。

「卑怯な手を使った自覚はある」

非難するような眼差しを受けて尚、工藤サンは揺らがずにいる。自分の非さえ受け入れて言葉を紡ぐ。

「これが最善だったとも思わねぇ」

「だったらなん…」

「形振り構ってらんねぇんだよ」

遮るように被せられた声に熱が隠る。

「貴宏」

そしてそれを穏やかに発された声が押し留めた。

「今日はもう帰って休め。お前も怪我して疲れてんだろ」

「悟…」

「後は俺に任せて帰れ」

珍しく譲らない悟の態度に工藤はふっと表情を崩す。一つ息を吐き出したかと思えば歩き出し、工藤は擦れ違いざま悟の肩をポンと叩いた。

「迷惑かけるな」

「なに、今に始まったことじゃねぇだろ」

苦笑を交わして工藤サンはその足で部屋を出て行ってしまう。
二人残された部屋で俺は悟と向き合う。

「あれでよく堪えた方だ」

「……?」

「廉さんに手ぇ出されて、隼人がいなかったら今頃白木の右腕は貴宏に壊されてたとこだ」

「俺がいなかったら?」

「あぁ。隼人は廉さん側の人間だろ?貴宏は廉さんに惨い話を聞かせたくはないはずだ。ましてや自分がそれをやったなんて」

だから思い留まった。

「確かに貴宏は脅すような真似をしたが、それは決して貴宏の本意じゃねぇ。本人はそんなこと言わねぇだろうが…」

部屋から出るぞと歩き出した悟の後に続き俺も足を動かす。部屋の外にいた死神達の姿は綺麗に無くなっていた。
お金の乗せられていた台の前で足を止めた悟は話を続ける。

「トップに立つってのはそういうことだ。貴宏個人の感情とは別にDollのトップとして威厳を失うわけにはいかねぇ。廉さんにどう思われようがDollとして白木は潰さなきゃならなかった」

「工藤サンは…」

「考えた末の脅しだ。結果、白木は街からの追放。過程を知らなければ噂には勝手に過大な尾ひれがついてくれる。願ったり叶ったり、な。…真実なんてものは一握りの人間だけが知ってればいい」

集めた金を半分に分け、片方を差し出される。

「受け取れ。Larkの分だ」

「あ、あぁ…。そんな重要なこと俺に言っても良かったのか?」

差し出された分を受け取りながら俺は悟を見返した。するとクツリと小さく笑われる。

「信用してなきゃここまで連れて来ねぇよ。俺の中ではお前はもう身内みたいなもんだ」

ぞんざいにお金をポケットに押し込む悟の姿に何となく張っていた空気が緩む。その拍子に俺はポロリと言葉を溢していた。

「身内…な。悟サンの中で俺は今どんな位置にいるんだか」

「――知りたいか」

ふいに鋭さを持った眼差しが俺に向けられ、試すような口振りで返される。普段の穏やかさとは真逆な雰囲気を纏う悟に俺は緩く首を横に振った。

「いや…いい。何にしろ今日は助かった。電話さんきゅ。工藤サンにもそう伝えといてくれ。俺はこの後向日葵に寄ってから帰る」

「送るか?」

「廉じゃないんだ必要ない。じゃぁ…また」

折り畳んだ紙幣と硬貨をポケットにしまい悟に背を向ける。気を付けろよと掛けられた声にひらりと片手を振って俺は建物を後にした。


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