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Side 工藤

廉が家の中へと入るのを見送り、踵を返す。
公園の前を通り過ぎ、一つ息を吐いた。

「危なかった」

廉と悠を家に送るだけで、廉に手を出すつもりなどまったくなかった。
それを、廉がどうしようもなくこちらの心を揺さぶってくるから。

「あれは…反則だ」

別に廉も聖人君子じゃないし、俺は廉になら何を言われても構わなかった。今回の事件で廉ばかりでなく妹まで巻き込んだのだ。けれど廉は文句の一つ言わなかった。それどころか俺の予想の上をいった。
自分を見くびるなと、真っ直ぐ向けられた凛とした強い眼差しに心を射抜かれた。
二人を巻き込んだことに対して少なからず抱いていた罪悪感を、隠していたものを廉は見つけ、綺麗に拭い去ってしまった。
目を見れば分かる。廉の口から出た言葉は本心だ。それを目にして更に堪らなくなった。
そして終いには胸の内に掬う感情に逆らえきれずに口付けてしまった。

「…外で良かった」

これが外じゃなかったらもっとやばかったかもしれないと反省する。
まだ告白の返事も貰っていないのに、それは駄目だと理性が警告する。

「それにしても…」

最後は抵抗されたが、二度目のキスは受け入れられたような気がした。
もしそうであるなら嬉しいことだが、廉は意識せずにそういうことをする節がある。
出来れば次に会った時にでも確認したいが、無理にしようとまでは思わない。…廉の気持ちを大切にしたいのだ。

「難しいな」

街中へと戻ってきて、俺は携帯電話を取り出す。
今この時も裏側で動いてくれているだろう相手へ電話を掛けた。

「…俺だ。今どこにいる?」

そうと待たずに電話に出た相手、悟から居場所を聞く。

「今から俺も向かう。白木だけは残しておけ。ソイツは俺がやる」

用件を済ませて通話を切り、携帯をポケットにしまう。
がらりと頭の中を切り換えて俺は死神を捕らえている場所へ足を向けた。








Side 隼人

携帯電話をしまった悟サンに視線を投げればすぐに返事が返される。

「貴宏からだ。此処に来る」

普段、廉に接する時のような穏やかな表情と丁寧な口調を捨て去り自身の足元に転がっている男達を見下ろす悟の瞳は鋭く他者を威圧する。
工藤の名前が出た途端、悟に見下ろされた男達は体を震わせた。
恐怖するその思いを今なら俺も理解出来る。
廉は知らないようだが、Dollの工藤と永原といえば今の立場を引き継ぐ前から荒っぽい噂はあった。
負け知らずのツートップ。
その力、戦略、今の地位だって先代総長に認められたからこそ立っているのだ。

「羽鳥。うっかり潰しちまわねぇよう白木は別室に放り込んでおけ」

カナンで擦れ違ったランスの総長。悟が来るまで死神をこの場で抑えていた羽鳥とその仲間は一応怪我の手当てをしておいた白木の腕を掴むと引き摺るように別室と呼ばれた扉の向こう側へ姿を消す。
羽鳥というあの男は賢い男だ。悟はともかく俺が顔を見せたことを疑問には思っても一切口にはしない。無駄口を叩かない。

「さて、弁償代はこれぐらいでいいか」

薄汚れた台の上へ数枚の紙幣と硬貨を置いた悟サンに俺は口を挟む。

「それだと多すぎるぐらいじゃないか?」

「治療費も含めたら妥当な額だ」

しかし、あっさりと突っぱねられてしまう。
裏の顔を見せる時の悟サンは少し強引で、やたら攻撃的な面を覗かせる。
どうにも副総長の座についてから自分を落ち着かせようと温和な性格に修正したらしいが、性格などそうそう変わるものでもない。
男達と目を合わせるようにしゃがみ込んだ悟に男達は後ろ手に縛られたまま後ずさろうとする。

「お前ら、自分達が誰に手を出したか分かってるのか?」

「…っ、あ、アンタらには、ドールにはもう逆らわない!本当だ!だからっ…」

大の男がぶるりと身体を震わせて叫ぶ。
共に転がされていた仲間も同じ心境なのかコクコクと頭を動かし頷いていた。
心の底からDollに恐怖を覚えている男達に俺は眉を寄せる。男達の口から一度も出てこない名前に俺は悟サンの隣に立った。

「その様子だと本当に下の人間には興味がねぇんだな」

男達の視線が自分に向くのを待って俺は唇を歪める。

「うちの総長を拐っておきながら…」

突入した俺の顔も知らなかった。それは別に構わないが、死神というチームはとことん下位のチームを虚仮にしてくれる。

「悟サン。アンタが満足したなら次は俺にやらせてくれよ。コイツ等が誰に手を出したのか知らしめてやる」

「ほとほどにな」

意を汲んで横に避けた悟サンに視線を流す。

「悟サンには言われたくねぇな」

肩を竦め、既に満身創痍な男達に視線を戻して俺は双眸を鋭く細めた。

「よく覚えておけよ。お前らがこの街で敵に回したのはDollだけじゃない。…お前らが故意に拐って怪我を負わせたのはLarkの総長だ」

「ら、ラークって…あの小さいのが!?」

「嘘だろ、あんななよっちぃ餓鬼…!?」

名前は聞いた事があるのかと、驚く面々を見回して直ぐ側にある埃を被った細身の椅子をわざと狙いを外して男達の背後へ向け力任せに蹴る。男達の頭上を掠め、ガァンと激しい音を立て壁にぶつかった椅子に男達はビクリと肩を跳ねさせた。

「――っ」

俺を見上げ、微かに恐怖の色を浮かべた男達に満足し、俺は口角を引き上げ上から威圧的に言葉を落とす。

「誰の事を言ってるんだ?口の聞き方には気をつけろ」

「ヒッ…す…すいません!」

たったそれだけで服従を見せた男達に俺は離れた場所に立ってこちらを眺める悟サンをちらりと盗み見る。

「し、知らなかったんだ、俺達は!あの人が雲雀の姫だったなんて!本当だ…っ!」

「知ってたら手なんか出さなかった!許してくれ…!」

「………」

悟サンが締めたのが相当効いているらしい。
更に俺が締め上げても無駄に追い詰めるだけかと考え直し、冷めた目を男達に戻す。
追い詰めすぎて暴走されても困る。

「他所がどうだか知らねぇが、うちの総長は優しいからな。…見逃すのは一度だ」

そう言えば分かりやすすぎるぐらい表情を変えた男達に眉を寄せ、俺は一呼吸間を開けてから、緩んだ空気を締めるように鋭く留めを刺した。

「…勘違いするな。見逃すだけで許すわけじゃねぇ。…俺達に睨まれてこの街で自由に出来ると思うなよ」

面は割れてるんだ。悪さしようものなら直ぐに分かる。お前らに次はないと言外に告げて俺は男達から視線を外した。

「それだけでいいのか?」

「いいも何も悟サンがやり過ぎるからこれしか出来な…」

「――甘いな」

会話を遮るように低められた声が滑り込む。

「貴宏」

そちらへ目を向ければ工藤サンが建物の中へと入って来た所だった。
目だけで他者を威圧するような雰囲気を纏い、俺達を通り過ぎてその双眸は足元に転がる男達に向けられている。
たった一言、一瞬でこの場を支配した工藤サンの存在にぞくりと肌が粟立った。それだけDollの総長とは別格なのだと改めて思い知らされる。

「…工藤サン。廉達は?」

だが、それがどうした。
畏怖してもそれは俺が退く理由にはならない。

「二人なら家まで送り届けた」

廉のことを口にした時だけ工藤サンの表情は甘く崩れる。それも見間違いかと思うほど一瞬で元に戻ってしまったが。

「悟。白木の奴は何処だ?」

「別室に」

悟サンの視線を受けて羽鳥が工藤サンを案内するように動く。
その後を俺も追おうとして背中越しに工藤サンに言葉を投げられた。

「付いてくるのは構わねぇが口は出すなよ」

「…分かった」

別室の扉を開いた羽鳥に続き、工藤サン、悟サン、と俺が続く。
高いところにある細い窓から射し込んだ光が、別室の中央で身体をロープでぐるぐる巻きにされた白木を照らしていた。


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