27


俺は午前中に来た店にもう一度足を踏み入れた。
スーパーという場所柄か、何だかちらちらと俺達に向けられる視線が多い気がする。
男子高校生二人に小学生、更に頬に湿布など貼っているから尚更か。怪訝な表情をされた。
俺は入口でカゴを手に取り、工藤を見上げて言う。

「買うものは決まってるから工藤は悠と待っててくれないか?」

「一緒に行かなくて平気か?」

「う〜ん。それだと何か逆に悪目立ちしそうだし、アイスの事もあるから俺一人で回ってなるべく早く戻ってくるよ」

じゃ、と足早に店内を進み買い物カゴに食料品を入れていった。
悠を任された工藤は店内の一角に設けられている休憩スペースへ移動し、悠をベンチに座らせる。

「大丈夫か?」

「うん」

その隣へ少し間を開けて座った工藤は悠へ気遣うように言葉をかけた。
今回の事件に悠も巻き込まれたようなものだ。
廉もいたとはいえ見知らぬ男達に囲まれてさぞ怖い思いをしただろう。

「あの…ごめんなさい」

そんなことを考えていれば何故か悠は俯いて、小さな声で謝罪の言葉を口にした。
いきなり謝られて、どういう意味か図りかねて、工藤は優しく聞き返す。

「いきなりどうした?」

「本当は今日、廉兄ぃ一人で買い物に行くはずだったのに…私が我儘言ったから…」

自分が付いて行ったから廉兄ぃは逃げられなかったんだと、悠は落ち込んだ様子で言った。
仲間達の話を聞いていてその結論に辿り着いたのだろう。
ふっと瞳を細めた工藤はしょんぼりと俯いた悠の頭を軽く撫でてやる。

「別に悠ちゃんは悪くないさ。悪いのは仕掛けてきた奴等だ」

不安そうな表情でおずおずと顔を上げた悠に工藤は安心させるように言葉を続けた。

「それにもう奴等が廉の前に現れることはない。だから自分のせいだとか思うな」

「…う…ん」

「悠ちゃんが元気ないと廉が心配するぞ」

「…!…うん」

はっとしたように表情を変えた悠の頭をくしゃりと撫でて工藤は手を離す。
すると悠は今度はそわそわとし始めた。
廉はまだかと店内へ目を移した工藤の隣で、膝の上に置いていた手を悠はきゅっと握り、意を決したように再び工藤へ話し掛ける。

「工藤さん」

「ん?」

「…修兄って工藤さんと同じ学校の人?」

唐突な質問に純粋な眼差しで見つめられ、工藤は首を傾げたまま答える。

「修平?学校は違うな。修平は相沢達と同じ青楠だけど…」

「好き嫌いは?」

「俺の知る限りないが…どうした?」

不思議そうに見下ろした先で悠の頬がじわりと薄紅色に染まった。

「な、何でもない。ただ助けて貰ったお礼がしたいなって思って…」

何でもないと言いながら恥ずかしげに瞼を伏せた悠の反応に工藤はまさかと目を見張る。

「それであの、修兄はいつもあのお店にいるの?」

「……大抵はいるな」

そっかとふにゃりと笑った悠に何かを感じ取った工藤は額に手をあてる。
これは廉に教えるべきか。それとも自分を助けてくれた相手への一過性のものか。
工藤は一人難しい顔をした。







がさがさと袋を鳴らし歩み寄る。

「お待たせ…ってどうかしたのか工藤?何か難しい顔してるけど」

「何でもない。買い物終わったなら帰るぞ」

ベンチから立ち上がった工藤に促され俺は首を傾げながらもスーパーの出口に向かう。
店を出て隣に並んできた悠を歩道の内側を歩かせ、俺は車道側を歩く。悠の後ろを工藤が歩き、他愛もない話をしながら家へと向かう道を進んだ。
通り慣れた道を歩けばやがて右手側に小さな公園が見えてくる。
ここまで来ると家はすぐで、何だか少しほっとしてしまう。

「工藤、ありがとな」

辿り着いた家の前で足を止め、悠に玄関の鍵を手渡す。工藤からアイスとお菓子の入った袋を受け取り俺は色んな意味を込めてお礼の言葉を口にした。
今日は工藤に迷惑をかけたばかりか心配させてしまった上、助けられた。

「礼なんかいらねぇよ。お前を巻き込んだのは俺だ。礼よりもお前は俺に文句言ったって構わないんだぜ」

微かに自嘲するように口角を引き上げた工藤に俺は何だか胸がもやもやとして、それを振り払うように強い口調で返す。

「そんなこと、言うわけないだろ。原因が何であれ工藤は俺を助けてくれた。怪我までして…」

そんな奴にそれ以上に何を言えっていうんだ。何があるって言うんだ。

「廉…」

「俺を見くびるなよ。工藤を悪者にして俺は逃げたりしない。それぐらい分かってる」

ふんと怒ったように言い切れば工藤はぽかんと動きを止めた後まじまじと俺を見つめてきた。

「な、何だよ?」

その視線の強さに居心地が悪くなってたじろげば工藤はゆるゆると表情を崩す。そしてすっきりしたような声であっさりと言った。

「いや…何て言うか、惚れ直した」

「ほっ―…っ、な、何おかしなこと…!?」

「普段可愛いのに更に格好良いって反則だろ」

な?と真面目な顔で聞かれてカァッと恥ずかしさに頭に血を昇らせた俺は思いきり叫ぶ。

「〜〜知るかっ!…ぅっ…」

叫んでずきりと痛んだ頬に顔を歪める。

「おい、大丈夫か?」

「っ、誰のせいで…」

赤い顔のままキッと睨み付けても工藤はしょうがねぇだろと悪びれた様子一つなく言う。

「事実なんだから」

「うぅ…っ」

頭に昇った血が全身を駆け巡るように身体のあちこちが火照ってくる。
どきどきと激しく鼓動する心臓が時折きゅうきゅうと何かを訴えるように甘く疼く。
言葉にならない感情に思考を絡めとられて動けずにいれば工藤は苦笑して逃げ道を用意してくれた。

「アイス、早くしまわねぇと溶けちまうぞ」

「あっ…」

かさりと身体の横で音を立てた袋に視線を落とす。

「聞きたいこともあったけどそれはまた今度にするか。…廉」

名前を呼ばれて、引き寄せられるように顔を上げれば顔を寄せられる。
あっ…と思った時には唇が重ねられていた。
やんわりと優しく触れた熱は一度離れて、再び重なる。

「ぅ…ん…」

真っ直ぐ自分に向けられた眼差しに羞恥を感じて瞼を閉ざす。頭の中は真っ白で、ぐずぐずと燃えるように胸の奥が熱い。
視界を閉ざしたことでより鮮明になった行為に、唇から伝わる工藤の熱。
やることは少し強引だけど、触れてくる唇はひたすらに優しい…。

(…あぁ…そっか、俺…)

「これ以上は…ちょっとまずい」

何か小さく呟いた工藤の声を最後に唇が離れる。
釣られるように瞼を押し上げた俺は至近距離で絡まった視線に、考えるより先に身体が動いていた。

(嘘っ…!)

袋を持ったまま片手で自分の口許を覆い、もう一方の手で力任せに工藤の胸を押しやる。
耳まで真っ赤に染め上げて俺は八つ当たり気味に工藤を睨み付けた。

「あー、そんな顔で睨まれてもな」

しかし、工藤は困ったように眉を動かしただけで堪えた様子はない。
そのまま暫くそうしていれば、はぁ…っと工藤はため息を吐き、がりがりと後頭部を掻いて言った。

「家ん中入れよ。そしたら俺も帰る」

「………」

自分の中で起きた衝撃に動揺を隠せないまま俺は工藤に背を向ける。
玄関の扉を開け、足を一歩出した所で背中に声をかけられた。

「廉、また連絡する。…今日はゆっくり休め」

「……うん」

何とか答えて後ろ手に玄関扉を閉め、工藤の視線が無くなった所で俺はずるずると扉に背を預けしゃがみこんだ。
熱くなった顔を両手で覆い、囁くほど小さな声で呟く。

「どうしよう…」

リビングのあたりから、中々家の中へと入ってこない俺を呼ぶ悠の声が聞こえる。
その声に応える力もなく俺は玄関扉の内側で、気付いた自分の気持ちに狼狽えた。

(嫌じゃなかった…。それどころか俺…)

きゅぅと痺れるように胸が震える。どきどきと加速する鼓動はいつも工藤だけに反応していた。
ただ、今まで気付こうとしなかっただけで。

「――俺…っ、工藤が好きなんだ…」



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