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店内にいた人数が幾分か減ったことと、一通り話が終わったことで少なからず張り詰めていた空気が緩む。

「あのー、工藤さん?気ぃ抜けたら腹減っちゃって何か食ってもいいっすか?」

確かに緊張が解けたせいかお腹が空腹を訴え始めた。おずおずと手を上げて言った修平に工藤も同じなのだろう、邪魔にならぬよう黙って成り行きを見守っていた恭二さんへ視線を向ける。
それに恭二さんは頷き返し、側にいた誠へ店のメニュー表を手渡した。

「ばら蒔いとけ」

「…ん」

ガタガタと端に座っていた面々がテーブルに移動して、遅い昼食をとり始める。
真っ先に俺達の元へ近付いてきた誠からメニュー表を受け取り、俺はそれをテーブルの上に置いて悠を呼んだ。

「悠。こっち来い」

呼べば嬉しそうに駆け寄ってきた悠を将の座っていた席に座らせる。
聖の座っていた席は空席のままにして、幹部同士はだいだい一緒のテーブルに着いていた。
先に悠にメニュー表を見せて、その様子を眺めていれば横から心配そうな声が掛けられる。

「廉。お前、普通に食べれるのか?」

そちらを見ればメニュー表を開いた工藤が俺をジッと見ていた。

「ん、多分大丈夫。口の中は切ってないし…」

「右手の怪我の事もある。出来るならスプーンで食えるようなもんにしとけ」

「うん」

助言を受けて俺は無難にチャーハンを注文し、悠にはパンケーキとデザートにバニラアイスを付けてやる。

「あっ、廉兄ぃ」

「ん?どうした?」

各自注文を終えた所で話し掛けてきた悠に目線を落とす。

「これ、返すね」

はいっと悠が差し出してきたのは俺の携帯電話だ。

「そういえば忘れてた」

「それと廉兄ぃが買ってくれたアイスとか誠さんが預かってくれるって…」

自分の元に戻ってきた携帯電話をポケットにしまっていた俺は悠の言葉にハッと目を見開く。

「しまった…!母さんから頼まれてた買い物!」

悠を逃がす隙を作るため道路にぶちまけてきてしまったのだ。
中に入っていた玉子や豆腐はきっと全滅だ。
思い出してがっくりと項垂れる。

「買い直し、かな…」

それもまた自腹で買わなければならない。
そんな俺と悠のやりとりを見ていた隼人が事も無げに口を開く。

「弁償代、払わせればいいだろ?なぁ悟サン」

「そうですね。死神の身柄は幸いなことにまだDollの手の内にありますし。軽くお願いすれば…」

「脅しの間違いだろ」

隼人に続き悟もそれが良いと頷けば工藤が小さな声で呟く。耳ざとく落とされた呟きを拾った悟は一見穏やかな表情を浮かべて工藤を見た。

「何か不満でも?」

「いや…、お前の好きにしろ。俺達に迷惑がかからない範囲でな」

結局呆れたような顔をしながらも許可を出した工藤に悟は口許だけで笑った。

「俺がそんなヘマするわけないでしょう」

そして昼食を食べ終わる頃には三時半を回っており、LarkもDollも今日はこの場で解散とした。
正直、俺は死神の事件のせいで夜まで騒ぐ気力があまりない。
Larkの仲間達は場所を向日葵に移してまだ遊ぶ気でいる人もいるが、そこは皆ばらばらだ。

「矢野と陸谷はどうする?」

「俺は一旦向日葵に戻る。何かまだ話を聞きたそうにしてる連中がいるからな」

「俺も慎二と一緒に戻る気ッスけど、廉さんと隼人さんは?」

今後の予定を聞けば逆に聞き返される。

「俺は帰るよ。悠と買い物しながら。隼人は…」

「寄る所がある。お前等は先に向日葵に戻ってろ。後で顔出す」

「…ッス」

「廉さん、それなら途中まで一緒に…」

矢野の言葉に被さるように名前を呼ばれる。

「廉!買い物して帰るんだろ?あんまり遅くなると店が混むぞ」

「あ、うん!…じゃ、ごめん。矢野、陸谷。また明日な」

俺は悠の手を引いて店の出入口の前で待っていた工藤の元へ急げば、工藤の右手には見覚えのあるスーパーの袋が提げられていた。

「それ…」

「お前が買ったアイスってこれだろ?中見たら菓子も入ってるのに冷凍庫に入ってたぞ」

「あ〜まぁ、大丈夫じゃない?」

親切心で冷凍庫に入れて貰ったんだし、それぐらいなら多分、大丈夫だ。
アイスが溶ける前に買い物を済ませて帰ろうと俺は悠と工藤と一緒に店を後にした。

「……なんか納得いかねぇ」

帰り一緒にどうかと誘う前に工藤に遮られた矢野はむっと眉を寄せる。
その隣で陸谷はジッと二人が出ていった扉を見つめていた。

「悔しいのは分かるが譲ってやれ。夏休み前から工藤サンも廉も会えなかったんだ」

その代わりお前達は廉と会ってただろ?と矢野は隼人に宥められる。

「はぁ…、しょうがねぇな。俺達も行くぞ、慎二」

「…おぅ」

ぞろぞろと仲間が出て行くのを隼人は椅子に座ったまま眺め、携帯で何処かへと連絡を入れていた悟へと視線を流して待つ。

「あぁ…それで?…分かった。また後で」

話を畳んで通話を切った悟は自分の方を見ていた隼人へ視線を向け、口を開く。

「行きましょうか」

「そうだな」

促されて頷き返した隼人は椅子から立ち上がると悟と共に店を出る。
表向き全てに片を付けた二人の裏側で隼人と悟はお互いチームの存在と地位を更に確たるものにする為に動く。



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