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話合いが始まった途端、俺達の着いたテーブルには四方八方から視線が集中する。

「最初に確認しておきますが、貴方方が…」

悟さんから視線を向けられ、言葉の続きを読み取った将が頷き返して言う。

「元紅。副総長の諏訪 将。で、総長が聖。紅は元々俺達兄弟で作ったチームだったんだ」

それを…と、将は真剣な表情を浮かべ続ける。

「死神に…。俺が死神に捕まったせいで聖は…俺を助ける為に紅を解散させたんだ」

「…ちげぇ。嘘吐いてんじゃねぇよ」

将の告白を聖が唸るような低い声で遮る。

「紅を解散させたのは俺の意思だ」

「それこそ嘘だ。聖は人質にとられた俺と引き換えに紅を解散させた」

けど、死神は約束なんて何一つ守ってはくれなかった。
将は俺達を見て、自分の右腕に左手で触れる。

「俺は、解散を宣言した聖の目の前で死神に右腕を壊された。今はリハビリを続けて少しずつだけど動かせるようになった。けど…」

その出来事が聖の心に深い傷を負わせてしまった。
それ以降、聖は将からも仲間からも距離を置き、気付けば将の側からいなくなっていた。
まるで今回の事件と似たような経緯に、俺と隼人は息を詰め、こちらを見ない聖の横顔を見た。
それで聖は俺が死神に関わることをあんなに反対したんだと、初めて聖の想いを知る。

「聖…」

しかし、聖はそれに対しても否定の言葉を口にした。

「勘違いするな。俺が死神を潰そうと思ったのは別に誰の為でもねぇ。俺が潰したかったから動いただけだ」

「そう言いたいならそれでも構わねぇ。けどな諏訪、嘘が通じるほどこの場にいる連中は鈍くないってことは覚えておけ」

聖の言い分に工藤がそう返し、話を俺に振る。

「廉。詳しく聞いてなかったが、どうして死神に捕まった?」

「俺はただ、悠と買い物をしてたんだ。その帰りにいきなり囲まれて、とにかく悠を逃がさなきゃって思って」

当時を振り返り、俺は簡単に説明をした。
それから話は悟と隼人のやりとりに流れ、工藤が継ぐ。

「アールが、いや紅が動いてたのは途中で気付いたからな、相沢に協力してもらって悟をホクジョウに向かわせた」

俺が捕まっていた間にそんな大事になっていたとは。知らず俺は神妙な表情で聞き入る。

「俺は大輔から話を聞いて、聖と話し合う為に」

皆が様々な思いを胸に抱き、カナンへと向かった。
シンと一時的に沈黙が落ちる。
工藤はやや瞼を伏せ、ゆっくり持ち上げると強い眼差しを悟さんへ向けた。
それを受け、軽く顎を引いた悟さんは沈黙を破るように硬い声音で言った。

「死神はDollの名のもと解体し、俺達は今後その存在を許さない」

凛として鋭く、重みのある言葉が店内にいる人々の心に染み渡る。

「…どうやって?」

そこで漸く顔をこちらへと向けた聖が嘲笑するように悟さんを見返した。だが、そんな聖を揺るぎない眼差しで見据え、答えたのは工藤だった。

「Doll傘下に、同盟、敵対、大中小関わらず、この街に存在するチーム全てにこの決定を通達し協力を仰ぐ」

「敵対してるチームにもか?」

聖へと返された言葉に隼人も疑問を抱いて工藤に聞き返す。

「そうだ。敵対してるとはいえ死神から被害を被ったチームは多い」

つまり、死神を憎くは思っても手を組んだりはしない。

「それでも万が一、死神の残党と手を組んだのなら死神と同じ道を辿らせるだけだ」

微かに口端を吊り上げ、唇だけで笑みを形作った工藤に隼人はひやりと背中に冷たいものを感じる。

「…っ怖い人だな、アンタ」

「俺は自分の大事なものに手を出されて黙ってられるほどまだ大人じゃないんでな」

言いながらふっと俺に向けられた工藤の眼差しが和らぐ。真剣に話を聞いていた俺はいきなり自分に向けられた眼差しにどきりと胸を高鳴らせた。
かぁっと自然に頬が熱くなる。
何で、こんなに…心臓が。
そこへコホン、と悟さんの咳払いが聞こえ、話は次へと移る。

「死神に関しては以上で。残りは紅…、貴方方が今後どうするのか」

チームとして再び動き出すのか、また解散するのか。それによって街のパワーバランスが変わってくる。
問われた将は聖へと話し掛ける。

「俺は聖がしたいようにすればいいと思ってる。廉くんの元に戻りたいなら紅は解散してもいいし、ただ俺だけ仲間外れってのはごめんだからな」

俺は聖がどちらを選ぶのか、隼人と一緒に聖の答えを待った。
そして聖は俺と隼人を見るときっぱり言い放つ。

「俺は誰の下にもつかねぇ」

それはLarkには戻って来ないということ。
俺は半ば予想していた答えに、ずっと保留にされていた理由を聞く。

「どうしてか聞いてもいいか?」

「…お前らに付き合うのに飽きた、とでも言っておけば満足か」

結局濁された理由に、とって付けたような台詞。それは聖の本心ではないと俺でも分かる。
わざわざ俺の元に足を運び、別れを告げた聖はLarkを悪くなかったと言ったのだ。俺はその言葉を信じたい。
道を決めた聖に隼人が最終確認をするように慎重に問いを重ねる。

「本当にお前はそれで良いのか?」

「良いも何も…可笑しなこと言うな隼人。お前は俺が抜けた方が嬉しいだろ?俺が廉のチームに加わることに一番反対してたじゃねぇか」

「それは前の話だ。今は違う」

「どうだか」

鼻で笑って話を切り上げようとした聖に俺は言葉を滑り込ませた。

「俺はまだ納得したわけじゃないからな。でも、聖が決めたことならもう引き留めたりしない」

「廉」

「それでも…、戻ってきたくなったらいつでも戻って来い。俺は歓迎するよ」

強い意思を秘めながら柔らかく笑う。
真っ直ぐ自分へと向けられた偽りなき思いに聖は表情を歪め言葉を詰まらせると、顔を背けた。

「っ、ほんとお前は甘過ぎて嫌になるぜ。…誰のせいで怪我したと」

落とされた呟きは小さかったけれど、その声は確かに俺へと届いた。
だから俺はあえてこう返す。

「誰のせいでもない」

言い切った俺に視線が集まる。
俺は今回の事件を思い返しながら一人一人と視線を合わせ、最後に聖に向けて言った。

「そもそも誰かのせいにしなきゃいけないことなのか?俺はそうは思わない」

それに傷付いたのは俺だけじゃない。みんな一緒だ。

「聖だってその内の一人だ。誰か一人が悪いわけじゃない」

凛とした声が店内にいた者達の胸に響き、端に避けて話し合いを聞いていた仲間の内の誰かが声を上げる。

「そうっすよ!聖さんが悪いわけじゃない」

「あぁ、そうだ。悪いのは総長じゃねぇ。元をただせば死神が…」

その声は次々と広がり、誰もが責任は聖には無いと擁護する。しかし、その中に混じって健一だけが別の事を口にした。

「アンタが責任を感じるべきは俺に対してじゃねぇのかよ」

お前から一番の被害を受けたのは俺だと、健一はジロリと聖を睨んで言った。

「一言ぐらい謝罪があってもいいんじゃねぇのか?あー…、いってぇな、ちくちょう」

「健一、少しは空気読めよ。俺でも読んでるのに」

包帯を巻かれた頭を擦りぼやいた健一に修平が思わず突っ込む。聖を睨んでいた眼差しが修平へと移った。

「今言わねぇとスルーされちまうだろぉが。ったく、今なら謝罪一つで許してやろうっていう俺の広い心が分からないのか」

「はぁ…」

ため息を吐いた修平と健一の気安いやりとりに場の空気が緩む。

「では、貴方は紅に戻るということで…」

話を元に戻した悟さんに聖は言葉を被せる。

「紅はとうに解散したチームだ。その名を使うつもりはない」

「それなら…」

「…R、新しいチームはアールだ。…良いな?」

悟さんヘではなく、聖は隣にいた将ヘと視線を投げて言った。それに対し将は分かりやすいほどに嬉しげに表情を崩して頷く。
聖と似た顔で破顔した将を俺も隼人もついジッと凝視してしまった。
聖も笑うとこんな顔するのかな?いつも皮肉な笑みや、意地悪そうな顔しか見てなかったから何だか新鮮だ。

「諏訪」

けれど笑った将に対し工藤は微塵も動揺を窺わせず、尚も真剣な表情で聖と対峙する。

「廉はお前に責任はないと言ったが、気持ちの面ではそうもいかねぇ」

「工藤…?」

「死神が消えることで一時的に街が混乱に陥る可能性もある」

どんなチームであったにしろ、死神はNo.2の位置にいた。その空いた穴を狙ってくるチームも必ず出てくる。

「俺の言いたいことは分かるな?」

「………」

「責任を持ってその座を死守しろ。それがお前に与えられる罰だ」

鋭さを帯びた聖の眼光が工藤へ向けられる。暫し睨み合いをした後、聖は唇を歪めた。

「くっ…てめぇも大概甘い野郎だな。こんな奴がDollの頭とは……どうりで。廉とお似合いだぜ」

吐き捨てるように言って聖は席を立つ。
見上げた俺や工藤からふいと視線を外すと端に避けていた紅の仲間へ顔を向けた。

「引き上げるぞ」

その言葉のままに聖は席を離れ、歩き出す。
ガタガタと椅子から立ち上がった紅の面々も聖の背を追うように出て行く。
そして最後に、俺の正面にいた将が椅子から腰を浮かせた。

「廉くん、ありがとう。聖を拾ってくれたのが君で良かった。隼人くんも工藤さんも聖のこと真剣に考えてくれて、本当にありがとう」

聖はあの通りひねくれてて口を開けば不遜な態度しかとらないけど、きっと皆には感謝してる。

「後は俺が何とかしておくから。落ち着いたらまた会おう。それじゃ」

芯の強さを見せながら柔らかく笑って将も店を出て行く。途中、律儀に矢野や陸谷達にも会釈をし、健一には聖の代わりに謝罪をして紅一行は再び姿を消した。
将の後ろ姿を見送った隼人がぼんやりと呟く。

「アイツ、どこか廉に似てるな」

「え?そう…?」

「言われてみれば。どことなく廉さんに似てる気がしますね。貴宏はどう思います?」

「何で俺に振る。…まぁ、少しな。けど廉の方が可愛いだろ。アレはどう転んでも諏訪にしかならねぇ」

そんなに似てるか?と俺は一人首を傾げた。



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