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店のベルを鳴らし入店してきた顔に留守を預かっていた誠はカウンター席から素早く立ち上がる。
そして隣に座らせていた悠に声をかけるとその背を優しく押してやった。

「っ、廉兄っ…!」

店に入ってすぐ聞こえた声と、バタバタと駆け寄ってきたその存在に俺も駆け寄る。

「悠!無事だったか!痛いとことかないか?怖い思いさせてごめんな」

「ううん、大丈夫。修兄ちゃんが助けてくれたから」

それでも少し涙声でぎゅうぎゅうと引っ付いてくる悠に俺はごめんなと言葉を落として、安心させるように悠の頭を撫でた。

「でも修平さんって…」

「修平先輩が偶然坂下の妹を見つけて、それでこっちで保護した。相沢には悟さんから連絡がいったんだ」

「そっか…」

誠からの説明に、俺はあれからすぐ悠が安全な場所で保護されていたことに安堵の息を吐く。

「こりゃまた大勢引き連れて来たな、貴宏」

悠との再会に気をとられていた俺はカウンターの中から聞こえてきた深く響きのある良い声に顔を上げる。俺と一緒に店に入った工藤は仲間達に指示を出しながらその人、この店の主人である恭二さんに答えた。

「恭二さん。この場を今から貸しきりに出来ますか」

「…いいぜ。現総長のご命令とあらば」

工藤より遥かに年上の恭二さんは軽口を叩くと本当に貸しきりにしてくれるのか、店の入口にクローズの札を出しに行く。
普通に店内にいたお客さんもいきなりの事に慌てることなく、会計を済ませて店を出て行ってしまう。

「とりあえず椅子に座れ、廉。手当てするぞ。お前らもな」

その時、奥の部屋にいたのか扉を開けて頭に包帯を巻いた健一が姿を現す。健一はいつになくピリピリとした空気を纏い、店内にいた聖で目を止めると眉を吊り上げた。

「諏訪、てめぇ…」

しかし、聖の隣に立っていた似た顔を持つ将を視界に入れると吊り上げた眉を訝しげに寄せ、どういうことだと工藤に視線を移す。一触即発になりかねない空気に、仲間から救急箱を受け取った工藤は仕切るように言った。

「話は全員の手当てが済んで悟が戻ってきてからだ。話し合いはこの場で行う。副総長以下は手当てが済んだら端に避けて座ってろ。いいな」

文句を言わせず言葉と視線で周囲を黙らせた工藤は俺の座った椅子の隣に腰掛けると救急箱を開いた。

「廉兄ぃ、怪我…」

「大丈夫だから悠は…矢野と一緒に待っててくれ。頼めるか?」

怪我をした様子のない矢野に悠を預け、気心の知れた仲間と一緒に端の席に着かせる。矢野と一緒に側にきた隼人はちらりと工藤を見ると、話合いの場として用意されたテーブルへと向かう。
そこには、手当てを拒否しながら無理矢理手当てをされている聖と将が先に席についていた。
右頬にひやりとした冷たい感触を感じ俺は思わず目を閉じる。

「次は…右手だ。消毒してからガーゼと包帯巻くから右手出せ」

何から何まで俺の手当てをしようとする工藤に俺は右頬に貼られた湿布に左手で触れて言った。

「指が終わったら次は工藤の手当てだからな」

「その前に腹にも湿布な。痛むんだろ?歩いてる時、少し庇ってるように見えた」

「うっ…」

右手の手当てをされ、お腹にも湿布を貼ろうと工藤は俺のシャツを捲り上げる。それが脳裏で一瞬何かに重なり、湿布を貼ろうと伸ばされた工藤の手を俺は無意識に払っていた。

「廉…?」

「あ…、なんでも…ない」

その行動が自分でもよく分からず、でも、一瞬全身から血の気が引くようなそんな錯覚に囚われ俺は身を退いていた。

「何でも無いって、顔色がわる…」

心配する工藤の声に被さるように店の扉につけられていたベルが鳴る。
自分でも説明のしようがなかった俺は遮られたことに少しほっとした。

「悪い、待たせたか」

「ただいま〜」

姿の見えなかった悟さんと修平さんが店内へと入ってくる。工藤の意識がそちらへ反れた隙に俺は工藤の手から湿布を取った。

「工藤…俺、自分で貼るから」

シートの剥がされた湿布を俺は痛めた腹へと自分で貼る。…っ冷たい。

「うわっ、工藤サン!その顔…痛そ〜。って、廉ちゃんも!?」

「貴宏…」

側へ寄ってきた修平さんは大袈裟なほど顔を歪め、悟さんは鋭い眼差しを工藤へ投げた。

「やっぱりこうなったか。…お前が殴られるなんて何時振りだ?」

「さぁな。そういうお前こそ言葉遣いが元に戻ってるぞ。これから話し合いをするんだ、気を静めろ」

自分の手当てを終えた俺は工藤の手にあった救急箱を取って中から新しい湿布を取り出す。悟さんと話をする工藤に俺は湿布のシートを剥がして言った。

「動くなよ工藤」

それを赤く腫れた工藤の頬に貼り、身体の怪我も見ようと伸ばした手は…工藤の服に触れて止められた。

「こっちは自分で出来る。お前は相沢の隣で待ってろ」

掴まれた手を離され、あっさり救急箱を取り上げられる。口を挟ませず自分で手当てを始めた工藤に俺は何か釈然としない気持ちになって、椅子から立ち上がった。
端に避けて座った仲間やDoll、紅の人達の視線が集まる中俺は隼人の隣の席に座る。

「怪我、大丈夫か?」

席につけば隼人が声をかけてきて、俺は頬に貼られた湿布を気にしながら大丈夫とぎこちなく笑って返した。それからテーブルを間に挟み、隼人の前に座り将から手当てを受けている聖へ目を向ける。
聖の右隣、俺の目の前には将が座っていた。

「………」

俺の視線に気付いているはずなのに聖は俺を見ようとはしない。目の前に座った隼人からも視線を反らし、ソッポを向いていた。
けれど、俺は思い切って話し掛ける。

「聖」

隼人と将の視線が俺に向けられたのを感じながら俺は聖の横顔を見つめ、伝えたかった言葉を口にした。

「聖が俺達のことをどう思ってるかなんて俺は知らない。けど…、俺はまだ聖は仲間だと思ってる。例え聖が否定したとしても、俺は納得する理由を聞かせてもらうまでは…」

「はっ、くだらねぇ。だからお前は甘いんだ、廉」

返された視線は鋭く、遮るように重ねられた言葉は酷く冷ややかで冷たい。ちくりと心臓を突き刺す針の様な視線に俺はぎゅっと痛む右手を握り締めた。ここで視線を反らしてはいけない、そんな気がして。

「聖っ!」

その態度に俺を庇うように隼人が声を上げ、聖の視線が俺から隼人に移る。

「お前もだ、隼人。甘過ぎて手ぬるい。ヘドが出るぜ」

「何だと?」

「その甘さが今回の事態を招いた。お前は選択を誤ったんだ隼人」

「なに…?」

挑発するように吐き捨てられた台詞に隼人の声音も低くなる。話合いの前に火花を散らし始めた二人に俺は抑えるよう隣に座った隼人の腕を掴んだ。

「隼人」

「…分かってる。だが、俺が何を間違えたっていうんだ」

ちらりと俺を見て、隼人はすぐ聖に視線を戻す。すると聖は嘲笑するように口端を吊り上げ俺を見た。

「ここまできてまだ分からねぇのか?」

「止せ、聖。何でお前はそうやって自分から傷付こうとするんだ。二人はお前のことを思って言ってくれてるんだぞ。それが分からないお前じゃないだろ」

ぴりぴりとした空気を醸し出す聖を将が止めに入る。
ガタリと…、俺から見て右手側の椅子を引き手当てを済ませた工藤と悟さんが席についた。
その場に漂い始めていた険悪な空気を、椅子に座った工藤が鋭く告げて散らす。

「自分を責めてる暇があるならこいつ等の気持ちも考えろ。お前がやってるのは自分だけじゃなく周りの連中も傷付ける行為だ」

睨むのではなく、ただ静かに聖を見据え口を開いた工藤に聖は返す言葉もなく睨み返すとふぃと顔をそっぽに向けた。
若干緩和した空気に小さく息を吐くと、それを見計らってか悟さんが口を開く。

「では、話し合いを始めましょう。まずこの場において力関係は意味を為さず、皆が対等だと頭に入れておいて下さい」

それはチームの大きさ、強さに関わらず対等な立場での話合いの始まりを宣言するものだった。


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