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Side 隼人

その話を聞いて同時に俺も脳裏に一人の男を思い浮かべた。
廉を救出する為に非常階段を上がった俺達は二階の踊り場で運悪く死神の仲間とおぼしき男と遭遇した。
瞬時に攻撃をしかけた矢野に対し、迷彩のズボンを履き茶色く髪を染めた男は軽いステップでその攻撃をかわすとにやにやと厭らしく笑った。

「誰かと思えばLarkの相沢か」

「そういうお前は誰だ」

睨み付ければ男は更に上機嫌で笑う。

「誰でも良いだろ。あぁでも名前がねぇと不便か。じゃぁ、名前は庄司だ」

「じゃぁ…?」

何処か取って付けたような名前を自分の名前だと言った庄司を俺は訝し気に見返す。

「隼人さん、こんな奴相手にしてる場合じゃ…」

「そうだな。早く行ってやらねぇとお前等のお姫様危ないかもなぁ」

急かす矢野の言葉に被さるように庄司が笑って言う。
庄司は廉のことを知っているのか。ならば廉はやはり此処にいる。それも今しがた庄司が出てきた二階。
カツン、と庄司が階段を一段下りる。擦れ違う庄司に向けて俺は言葉を投げた。

「お前は死神の仲間じゃないのか?」

すると庄司は肩を揺らし、俺と視線を合わせてきた。

「仲間…?はっ、俺は一度だって仲間になった覚えはねぇよ」

「なに?」

「上から力や恐怖でしか支配出来ない、あの手の人間に何が一番効果的か知ってるか?」

ふいに庄司の瞳が鬱々とした陰を帯びる。その中へ一筋の刃のように鈍い光が瞬き、庄司は唇を歪めた。

「裏切りだ。あの手の人間は下だと思ってた人間や心を許した人間からの裏切りに堪えきれねぇほどの憤りを感じるのさ」

「お前は何を…」

「クッ、所詮俺も諏訪と同じだ。…死神を恨む者は数えきれねぇほどいるってことさ」

じゃぁな。お前等とはもう会うこともねぇだろう。
そう言って庄司と名乗った男は非常階段を軽やかに下りて行った。
結局、庄司と名乗った男がどこの誰だったのか、後になっても分からずじまいで終わることとなる。
電話口で簡単に情報交換を終え、俺はこの後の行き先を工藤サンに尋ねた。

「悠が心配して廉を待ってる。だからうちの店で良いだろ」

異論はないと将と廉が頷き、そのまま悟サンに伝える。

「それと悟に後始末は仲間に任せて店に戻るよう言っておけ」

「…だそうです」

『分かった。修平を連れてすぐ戻る』

ふつりとそこで通話は切れ、俺達もDollの拠点となっている店に移動を開始した。カナンを出るとき、入れ違う形でLanceが到着し、ランスの総長は俺達を見て少し驚いた様だった。








Side 廉

ぞろぞろと人を引き連れ歩く光景は道行く人々からしたら少し異様な光景に映ったかもしれない。
色々なことが一気に起こりすぎて俺はそこまで頭が回っていなかったけど。

「本当に大丈夫か廉?」

隣を歩く工藤の気遣う声に、殴られた頬や腹はまだズキズキと鈍い痛みを発していたが我慢できない程の痛みじゃないと、俺は大丈夫と返して逆に工藤に聞き返す。

「工藤こそ…平気そうにしてるけど痛いんじゃないのか?」

聖に殴られた頬とか、赤くなって腫れてるし喋るのだって辛いはずだ。口端に付いた血は拭ったが、口の中だって切れてる。他にも怪我をしてるはずなのに工藤は何でもない顔をしてさらりとかわす。

「これぐらいどうってことない」

「けど…」

「あぁ…そうだな。早くお前の頬冷やさないと翌日腫れて痛むだろ。この手も消毒して…」

隣から伸びてきた手が怪我に障らぬよう優しく右頬に触れ、すと離れたと思えば次は右手を掴まれる。
硝子の破片で切った指先がぴりぴりと痛んだ。
同時に、俺の怪我を見て俺より痛そうに眉を寄せた工藤にきゅぅと胸が苦しくなった。

「っ、俺のことより自分の心配しろよ」

掴まれていた右手を取り返し、ほんの少し工藤から離れる。

「俺の怪我より工藤の方が絶対酷いだろ」

言い合いをする俺達の後ろを隼人と矢野が歩き、その後ろに聖と将、大輔にLarkと紅の仲間達が続く。

「嘘吐きめ。ありゃ相当痛いはずだぜ」

「止めておけ、矢野。お前も分かるだろ」

「…っす」

「聖。俺が来たことまだ怒ってるのか?」

将は黙り込んだまま視線も合わせようとしない聖に話し掛ける。だが、返ってくるのは重苦しい沈黙だけ。

「………」

「聖」

「…今、話しかけんな」

聖は前を行く面々の背中をジッと見据え、不機嫌そうな声で答えた。
常に全体を外側から眺めていた大輔はこれから行く先を思って、微かに口端に笑みを乗せる。

「もうどっちに転んでも悪くはならないよな」

時間をかけて店に辿り着いた時にはとうに昼は過ぎ、午後二時を回っていた。



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