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Side 悟

数時間前…、店の前で貴宏達と別れた後、修平と仲間を引き連れて俺は元ボウリング場ホクジョウという建物の前に立った。それと同時に周囲に目を配っていた修平がいきなり声を上げ、建物の死角となっている影の中へ駆け出した。

「健一っ!」

するとそこには、立ち上がってはいるが壁に背を凭れた健一がいた。
突入するのを一時中断し、修平の後を追って健一の元へ向かう。

「ケン…、サト。悪ぃ、ヘマした」

「そんなことより怪我は平気か?」

「謝る必要はない。諏訪の襲撃は想定外だった。他の奴等はどうした?」

わたわたする修平の隣でこちらを任された俺は冷静に頭を働かせる。

「アイツ等は…怪我した奴は引き上げさせて、他はまだ中に」

その報告にすっと瞳を細めて背後を振り返る。

「聞いてたな?細かいことは後回しだ。中にいる仲間を助けながら突入する。万が一、こちらに廉さんがいたら廉さんの救出を第一に考えろ。…傷一つでもつけたら貴宏に殺されると思え」

「「はいっ!」」

「「おぉ!」」

飛ばされた指示に力強く頷き、引き連れてきた仲間は建物の中へと次々入って行く。俺は健一に視線を戻し、再び口を開いた。

「諏訪は何か言っていたか?」

「手段とか計画とかなんとか…よく分からねぇけど…」

「そうか」

ふと瞼を伏せて思考した俺の耳に健一の真剣な声が届く。

「サト…、俺も中へ行く。中にいるのは俺の部隊だ。だから…」

「はっ…、笑わせるな。足手まといは必要ない。お前は帰れ」

「っ、悟さん!そんな言い方、健一は…!」

二人のやりとりを側で眺めていた修平が我慢できずに口を挟む。しかし、俺は修平の言葉すらも一蹴した。逆に釘を刺すようにキツい言葉を投げる。

「死神に隙を与えるつもりかお前は。遊びじゃねぇんだ。俺達は死神を潰す為に動いてるんだ」

「――っ」

「お前まで情に引き摺られてどうする。これ以上死神の被害を広げてどうする」

修平を諌め、悔しそうに表情を歪めた健一に背を向ける。

「行くぞ、修平。…お前はさっさと戻って手当てを受けろ」

「……悪ぃ、サト。考えも無しにお前に嫌なこと言わせちまった」

背中に声を聞きながら修平を連れて俺は建物の中へと足を進めた。
北のホクジョウ。元ボウリング場は一階部分が駐車場になっており、二階と三階にメインとなるボウリングレーンが入っていた。ただし今は運営していた会社が撤退し廃墟となっており、それを良いことに死神が勝手に上がり込み使用している状態だ。
手にいれた見取り図によれば二階、三階へ上がる手段は階段だけで、エレベータはない。二階にフロントやシューズの貸出しスペースがあるが今やどうなっているのか目にして見なければ内部の細かいことまでは分からない。
唯一気に掛かるのは場内の隅にある整備室という部屋だ。機械整備の為に作られた部屋だろうその部屋は人を監禁するには持ってこいの条件が嫌なほど揃っている。
修平を連れ、二階のボウリング場内へと足を踏み入れれば死神はどれだけの戦力を用意していたのかDoll一人に対し二人、三人がかりで攻撃をしかけていた。
足元には破壊された操作パネル、ひび割れたピンやボールがそこかしこに転がっている。

「修平。お前は三階の様子を見て来い」

「はい」

目の前で繰り広げられる乱闘の中をすり抜け、気掛かりであった整備室に向かう。その途中で襲いかかってきた雑魚共は拳で沈め、整備室のドアの前で足を止めた。

「ここに廉さんがいる可能性は低いが、いや…こんな所にいて欲しくはない」

貴宏の為にも隼人の為にも。
手をかけたドアノブはバカになってるのか使えない。俺はドアから少し離れると強く体当たりしてドアを強引に押し開けた。
バキッと蝶番の壊れる音がし、開いたドアの先に人影はない。人の気配もしない。

「いない…か」

ほっと安堵の息を吐いたのも束の間、ビリッと一際強い殺気を感じてしゃがむ。そして素早くその場を離れた。

「――っ、誰だ」

整備室の前から離れ、壊れたレーンの上に足を乗せる。

「お前、強そうだな。それに良く血が似合いそうだ。ひひひっ」

誰の血か、手の甲に付いた血を舐めて笑う不気味な大男がそこには立っていた。

「浜田さんっ!」

すぐ近くにいた死神の誰かが大男をそう呼び、歓声を上げる。

「浜田…?」

その名に俺は眉を寄せた。確か死神一血を見るのが大好きだという狂った男の名前だ。
考え事をする暇もなく浜田は大きく振りかぶると距離を詰めてくる。俺はその軌道を読んでカウンターで返した。

「ぐっ…ははっ!んなもの痛くもねぇ!」

だが、分厚い筋肉に阻まれダメージは与えられずに終わる。再度間合いをとり、俺は足元に落ちていたピンを拾うとソイツを浜田に向かって投げた。

「ぁあ?何のつもりだ?」

しかしそれも容易く腕で弾かれる。それをもう一度繰り返し、再び弾かれて俺はゆるりと笑った。
冷めた眼差しとは逆に唇が弧を描く。
いつもそうだ。喧嘩となるとその場の空気にあてられて妙に感情が昂る。
普段抑えているせいか、一度スイッチが入ると自分でも抑えられなくなることがある。
俺は周囲に視線を走らせ声を上げた。

「お前ら、巻き込まれたくなかったら俺に近付くんじゃねぇぞ!」

その声に仲間は皆は一瞬動きを止め、近くにいた奴は素早く飛び退く。
失礼な奴だが、これから起こることを思えば正解だ。
ぐっと深く腰を落とし浜田と対峙する。向こうの方が背が高いせいか睨み上げる格好となった。

「良く見ればお前も血の好きそうな面してるなぁ、ひひっ」

「気色悪いこと言ってんな」

足に力を入れ、素早く浜田の背後に回る。浜田が振り返る前にまず膝を狙った。
ちょうど後ろから膝かっくんをするように蹴りつけ、浜田のバランスを崩す。

「うおっ!」

だが、浜田はたたらを踏んだだけで倒れはしなかった。浜田は振り向くと拳を突き出す。

「チッ……」

その拳を寸でのところで避け腕を掴むと、肘の内側へ拳を叩き込んだ。

「ぐぁっ!」

「どうだ。これなら効くだろう?」

ピンを避けたお前の反応。ただ投げただけの時と急所へ向けて投げた時では僅かに反応が違った。
急所への攻撃には身体が反射で動いたというべきか。僅かにだが早かった。

「どれだけ筋肉で固めようが急所は変わらねぇってことだ、なっ」

言い捨て肩の関節に狙いを定めて、俺は拳を突き入れた。

「うぐっ…!」

「お前、さっき俺をお前と同類みたいなこと言ったな」

痛みのあまりがくりと膝を折った浜田に俺は弧を描いた唇で囁く。

「試してやろうか、お前の体で。血の色が好きなんだよな?」

「ひっ…!」

浜田の頭を脇に抱えて締め上げる。ヘッドロックをかけた状態で次にとる攻撃をつらつらと耳元で並べ立ててやった。
次第に浜田は顔を青ざめさせ、大人しくなる。

「噂のわりに根性がねぇな」

その時は正直不愉快さが思考を占めて、自分のとった行動に歯止めが聞かなかった。
いつの間にか辺りはその雰囲気に呑まれ、Dollの圧勝で決着が着きかけていた。
そこへ、場違いなほどのんびりとした声が落ちる。

「あれ、浜田までやられちゃったの?これじゃもう急いで来た意味ないじゃない」

「…な、鍋島」

「汚いその口で俺の名前呼ばないでくれる?」

現れた男、鍋島は仲間であるはずの浜田をさけずみ、周囲に目を向けたと思えば何を思ったのか無防備にも俺の前で背を向けた。
俺は浜田の意識を落とし無力化させて手を離す。去って行こうとするその背中へ向けて声を投げた。

「何処に行くつもりだ」

「何処もこれじゃもう死神の負けは見えてる。俺は別にチームに拘りはないし、無駄に痛い思いはしたくないからいち抜けさせてもらうよ」

「見捨てるのか」

「嫌だな、人聞きの悪い。見捨てるんじゃなくて、賢い選択って言って欲しいね」

「………」

「それじゃぁね。…この調子じゃ向こうも終わりかな。あ〜ぁ、ちょっと残念だな。でも、あの子はまた別の方法で手に入れればいいか」

ひらりと片手を振り、独り言を呟きながら鍋島は何もすることなく去って行く。その姿に衝撃を受けたのは敵方だった。

「ちょっ、鍋島さん!何処に!」

「待って下さい、鍋島さんっ」

結果的に死神のとどめを刺したのは鍋島だ。仲間を見捨てる、裏切るという最悪の方法で息の根を止めていった。

「さすがは死神…と言うべきか」

裏切りに心は痛まないのか。
三階へと上がらせていた修平が下りてきて、ホクジョウでの対死神戦はこうして幕を閉じた。
なんて後味の悪い。



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