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Side other

隼人も矢野も仲間も皆が安堵の息を吐く。
手摺から落ちた廉を下で工藤が受け止めたまでは良かった。
それも束の間、白木の横っ面を殴り付けた聖はそれだけで足を止めはしなかった。
頬に決まった強烈な一撃に呻き声を上げ、床を転がった白木に歩み寄ると聖は無造作に足で白木の肩を蹴って転がす。

「これで終いじゃねぇよなぁ白木」

「なっ、何やってんすか聖さん!」

それを目撃した矢野が声を上げ、止めに入ろうとするも視線一つで制される。

「……っ」

ぴりぴりと肌に突き刺さる空気に、聖の纏う威圧感に圧倒されて矢野は押し黙る。その横を紅のメンバーが通り過ぎた。
聖に従うように紅のメンバーは聖の後ろに立ち、指示を待つ。

「ミヤ、誰にも手出しさせるなよ」

「了解」

そして、聖と白木を囲うように紅はその場を固めた。

「待てよ、何する気だ聖」

紅に圧倒されている仲間達には死神の拘束と廉の様子を確認するよう指示を出し、隼人自身は緊迫した空気の中切り込む。

「何も無い。決まってるだろ」

隼人の声に聖は背を向けたまま答える。
再度白木を足で転がせば休憩スペースに置かれていたテーブルにぶつかり、上に乗っていたグラスが落ちて砕けた。

「止めろっ、聖!」

「うるせぇ、邪魔するな!」

痛みに呻く白木を仰向けにさせ、聖は凍てついた紅い瞳で白木を見下ろす。

「止めろ、聖!廉はそんなこと望まない。廉と一緒にいたならお前だって分かってるはずだ」

「………」

「それ以上したら戻れなくなるぞ!」

「………構わねぇ」

ゆっくりと持ち上げられた聖の左足が白木の右腕に乗せられる。
痛みに呻いていた白木がひゅっと息を呑んだ。

「っ、僕に…こんなことして…済むと…」

「覚えてるよな白木」

隼人の制止すら振り切った聖は形勢逆転した白木を見下ろし、語りかけるように言葉を紡ぐ。

「三年前、お前が壊したんだから当然覚えてるはずだ」

みしりと足の乗せられた右腕から骨の軋む嫌な音が発せられる。

「ぅ…あ…やっ、やめろ!おろせっ!」

ザァッと青ざめ、足の下でカタカタと震え出した白木に聖は瞳を細めた。







side 廉

「くっ……」

上階から聞こえた破壊音に、立ち上がろうと足に力を込めたが立ち上がれずに工藤の腕の中に崩れ落ちる。

「無理はするな廉」

「でも、行かなきゃ。聖が…」

「チッ…、後で文句言うなよ」

え、と思った時には体が浮いて、工藤に横抱きにされていた。

「ちょっ…、工藤だって怪我してるのに」

「たいしたことねぇ。それよりちゃんと掴まってろ」

物が散乱した中をしっかりとした足取りで工藤は進む。
二階へと昇る階段に足をかけた時、僅かに工藤が眉を寄せたのが分かった。

「やっぱり、怪我…」

「気にすんなって言っただろ」

それきり言葉を切った工藤に抱かれたまま、二階への階段を上がって行く。
上階へと意識を向けていた俺は上がってきた階段の下から聞こえた物音に工藤の腕の隙間から下を見た。

「待って、工藤」

「どうした」

「大輔が…」

上がってきた階段の下に、今まで姿を見なかった大輔と…見知らぬ一人の青年が姿を現した。
ここまで走ってきたのか荒い呼吸のまま二人は階段を駆け上がってくる。

「総長、聖は…っ」

大輔と一緒に駆け上がってきた青年は髪色の違いはあれどその顔立ちは驚くほど聖に似ていた。

「諏訪なら上で暴れてる」

驚きを隠せない俺の代わりに工藤が答える。
それを聞いて大輔より先に聖似の青年が駆け出した。

「あっ、待て、将!」

その後を俺達は追って、いつの間にか静まり返っていた二階へと足を踏み入れる。
そして二階についた時、青年、大輔に将と呼ばれた人に気付いて紅のメンバーが驚きに声を上げた。

「将さん!」

「副総長!」

俺と同じくLarkの面々は将の顔を見て、目を丸くする。
ただ一人、その声が届いていないのか振り返らない聖の背中に将は突撃していった。
自然と道を開けた紅のメンバーの間をすり抜けた将は勢いのままに左肩から聖に体当たりを食らわす。
白木の右腕に乗せられていた足の照準は大幅に反れ、将を視界に入れた聖は驚きに声を失った。

「なっ…!」

そして将はよろめいた聖の右肩を左手で掴むと、射るような眼差しを聖に向ける。

「話は大輔から聞いたぞ」

「……っ」

あからさまに動揺した聖とフロアに落ちた真剣な声音に俺達はただ二人のやりとりを見ていることしか出来なかった。

「何で俺に教えてくれなかったんだ」

「将…」

「俺だって紅の一員だ。仲間だろ?それとも…、今でもそう思ってるのは俺だけなのか?なぁ、聖」

真剣な表情で語りかける将から視線を外し、聖は何も答えない。

「………」

「言ってくれなきゃ分からねぇこともあるんだ。俺とお前は…」

「っ、将さん後ろ!」

「あぶねぇ!」

将の背後で、執念深くゆらりと立ち上がった白木が将に襲いかかる。それを目にして、紅の面々が口々に声を上げた。
しかし、紅から声が上がるのと同時に、先に気配を察知していたのか聖の肩から手を離した将の鮮やかな後ろ回し蹴りが白木の胴に決まる。

「ぐぁっ……!」

簡単に吹き飛ばされた白木は手摺の柵に体を強く打ち付けると、糸の切れた人形のようにガクリとそのままそこで意識を落とした。

「あ…」

蹴りを入れた将は一瞬何処か罰の悪そうな表情を浮かべたがすぐさま真剣な表情に戻ると聖と向き合う。

「とにかく、置いてかれるのはごめんだ。俺は聖と一緒に戦いたい。またお前の隣に立ちたいんだ」

無理矢理話を繋いだ将に何故か聖の方が辛そうに表情を歪めた。
そして無言でゆっくりと聖の左手が伸ばされ、将の右腕に触れる。

「…忘れたわけじゃねぇだろ」

「うん。でも…」

「お前の右腕が動かなくなったのは俺のせいだ」

「それは違うって何度も言ってるだろ。それに、これでもリハビリして少しずつ動かせるようになったんだ。ほら、見ろ」

聖に掴まれていた右腕を将はぎこちなく動かし、笑う。その姿を目にした紅のメンバーは喜びに声を上げ、泣きそうになる者までいた。

「諏訪が壊された大切なものって言うのは仲間のことだったか」

「そう…みたい」

離れた場所からその様子を眺めていた俺は工藤に床に下ろしてもらいながら頷き返す。工藤に支えてもらい俺も紅の輪へと足を進めた。

「廉、無事…でもないか。工藤サンもその頬…」

「二人ともその怪我白木に?」

厳しい眼差しで輪の中心を見ていた隼人と矢野が俺達に気付いて声をかけてくる。俺は矢野に頷き返したが工藤は何も言わなかった。

「それよりあの人は…」

俺は輪の中心に話題を戻して聞く。

「どうやら紅の副総長らしいな。俺は大輔の奴がそうかと思ってたんだが…」

隼人の言葉を聞きながら二人に目を向けた俺は、ちょうど振り返った将と視線がぶつかった。
俺の視線の先で将は小さく微笑み、聖とまったく同じ顔なのにその笑みは温かさを感じさせ、どこか陰を落とした聖の腕を掴むと無理矢理引っ張って俺達の元へ近付いてきた。

「さっきはありがとう。君がLarkの廉くんと隼人くん?それから…Dollの工藤さん?」

「あ、はい」

「そうだけど、アンタは?」

答えた俺の前へ矢野が俺を庇うように僅かに前へ出る。工藤は目の前に立った将を静かな眼差しで見返していた。

「俺は諏訪 将。聖の双子の弟」

「おとうとっ!?」

名乗った将に矢野が大袈裟なほど驚き、仲間達もざわつく。俺も驚いたけど、それなら聖と将が似ているのも当然だ。
すると紅は兄弟で作られたチームだったのか。

「色々と話したいし、聞きたいこともあると思う。けど…まずは移動しないか?」

「そうだな。廉の怪我の手当てもしてぇし、白木の身柄はDollで預かるがいいな」

将に答えたのは工藤だ。
白木の身柄あたりで聖が微かに反応を見せたが工藤はそれを黙殺した。

「うん、構わない」

「相沢、お前もそれでいいな?」

「あぁ」

俺をよそに話を進めた工藤は携帯電話を取り出すとその場で電話をかけ始める。相手は直ぐに出たのか工藤は短く用件だけを告げた。

「羽鳥か?カジノバー、カナンに死神の総長白木とその仲間を転がしてある。至急回収してくれ。あぁ、頼むぞ」

初めて聞く名前に俺が首を傾げれば隣で隼人が呟く。

「羽鳥…。確かチームLance[ランス]の総長か。他のチームを動かすってことは相当本気だな工藤サン」

通常、他チーム同士はあまり関わることもなく縄張りもあり、どちらかといえば衝突する回数の方が断然多い。だが、Dollほど大きなチームで天辺に立つチームともなると話は少し変わってくる。
俺も噂で耳にした程度だったが、Dollには他のチームを動かしてしまえる程の力があるらしい。それを今まさに俺は目にしていた。
短い通話を終え、工藤が携帯をしまう姿をどこかぼんやりとした思考で眺めていれば隣から静かにメロディが流れ始める。

「っと、悪い。俺の携帯だ。……悟サン?」

皆の視線が集まる中、ポケットに手を突っ込んだ隼人は着信表示に出た名前に眉を寄せた。ちらりと工藤に視線を投げ、隼人は電話に出る。

「もしもし…悟サン?」

耳にあてた電話の向こう側は何だか騒がしかった。

『…隼人か?そっちはどうなった』

ザッと入ったノイズの後に悟の声が届く。普段纏っている穏やかさの欠片も見せず、鼓膜を震わせた声は低く鋭い。
こちら側の状況を端的に伝えれば悟はそれだけで理解し、向こう側の状況を伝えてくる。



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