18


どこからか聞こえる騒音に耳を傾け白木は笑う。
その音が次第に小さくなると白木は真っ赤なソファから立ち上がり、指示を飛ばした。

「庄司。ソイツ連れて来て」

ソイツと指差された俺は庄司に腕を掴まれ、部屋の中を引き摺られる。

「―っ…ぅ」

何度も引っ張られたせいで手首を縛っていたロープが肌に食い込み、摩擦で痛みが走る。
連れて行かれた先は出口だと思っていた場所で、そこから下に向けて緩やかに階段が伸びていた。
シンといつの間にか止んでいた階下の騒音に、手摺の付けられた柵から下を覗き込んだ白木がくすくすと笑い声を漏らしゾッとするほど甘やかな声を発す。

「あっれ〜?飛んで火に入る夏の虫ってこのことを言うのかな?」

その言葉にもう聖が来てしまったのかと、俺は何も出来ずにいることを悔やみ唇を噛む。
腕を掴む庄司を何とか振り払えれば、先程ベルトの間に隠した破片で手首を縛るロープを切ることが出来るのに。

「知らなかったな。紅の王とDollはいつの間に手を結んだの?それともそれだけ僕らを恐れてるってことかな」

せめて足手まといにならぬよう隙を窺っていた俺は白木の口から出た単語に目を見開く。

「ドー…ル?」

驚き呆然としていた耳に聖の声が聞こえ、俺は庄司に腕をとられたまま僅かに身を捩って階下の様子を覗いた。
すると、何故か聖が工藤の胸ぐらを掴み今にも殴りかかろうとしている。
それを見た瞬間頭の中が真っ白になり、俺は手首の痛みなど無視し、身を乗り出して叫んでいた。

「やめろっ、聖!」

何やってんだよ、二人共。
こんな光景見たくない。
振りかぶられた聖の拳が工藤の顔面すれすれで止まる。
その体勢のまま聖は階上を振り仰いだ。

「…れ…ん」

普段の姿からは想像出来ない、戦慄くように動いた唇に俺の直ぐ側で耳障りな甲高い声が上がる。

「ははっ、良い顔だ!コイツが今のお前の弱点ってのは本当だったらしいな」

横から伸びてきた冷たい白木の手が俺の頬を撫でた。
そして続けて白木の口から出た言葉に耳を疑う。
どくどくと心音が速まり、じわりと嫌な汗が噴き出した。

「聞こえなかったのか?」

小首を傾げ、階下を見下ろしていた狂気に染まった目が庄司に捕らわれたままの俺に移る。

「よせ!廉に何するつもりだ!」

工藤の胸ぐらを掴んでいた手を離し、階上を睨み付けて聖が叫んだ。

「――っ」

頬に触れていた冷たい手が離れ、緊張が揺らいだのも束の間、握り締められた冷たい拳が動けない俺の頬を捉える。

「っ、ぐぅ…ぅ…!」

襲い来る衝撃に備えたところで庄司に拘束されていてはたいした意味もなく、ゴッと頭蓋に響いた鈍い音に頬を襲った激痛、俺は苦痛の声を漏らし呻いた。

「廉っ!てめぇ、白木ぃ!」

「…ぅ…はっ…駄目だ…聖」

空気が震え、聖の唸るような低い声が耳に突き刺さる。その声に制止を掛けるが痛みに口が上手く開かず声も小さくて俺の声は届かない。
殴られた衝撃で麻痺する頬を白木に掴まれ、階下から見える位置に無理矢理立たせられた。

「ほら、早くやれよ。コイツが大事なら出来るだろう?」

「ぅぐ…っ…」

わざと痛みの走る頬に力を入れられる。
良い声だと笑う白木は重ねて強い口調で言った。

「コイツが大事なら僕達の為にそこに居る工藤を潰せ。…僕の前で殴り合い、してみせてよ」

簡単でしょ、と怒りに燃える聖を白木は更に挑発する。
逆に、工藤は感情を読み取りにくいほどの冷静さでその場に佇んでいた。

「ゃ…めろ…」

ぎちっと体の横で握られた拳を目にし、掴まれた頬を襲う痛みを押してでも掠れた声を出す。
中々動き出さない二人に焦れたのか白木が仲間の一人を階段前に呼んだ。

「たしかお前だったよな?僕にDollがホクジョウに向かったって報告してきたの」

「はいっ、そうっす!」

白木に呼ばれた男はぎこちなく頷き返しながらもどこか期待した眼差しでその目は野心に満ち溢れている。
そのことを確認した白木はただ一言庄司と、俺の腕を掴んでいた男の名前を呼び、呼び付けた男から視線を外した。
そして何だと思う間もなく階段前に立っていた男は庄司の手によって突き落とされる。

「う、わぁあぁぁぁぁ!」

「なっ――」

突拍子も無くそんな行動に出た庄司にヒュッと息を飲んだのは突き落とした庄司本人と白木、工藤、聖以外の者、皆だった。

「じゃぁ何でここに工藤がいるのかな?僕を謀る奴はいらないんだよ。ま、今回は面白い物が見れそうだからこれだけで許してやるけど」

「…お…前、な…に…して…」

庄司の手が離され、白木の側でがくりと膝を付いた俺はドサッと階下で重たいものが落ちた音に、からからに渇いた喉と痛みばかりでなく震えた唇を動かす。
何処に仲間を、躊躇いもなく階段から突き落とす人間がいる?
俺には到底信じられない行為に、それでも白木は笑う。

「ふはっ、何その顔!あんな奴に同情でもしてるの?敵なのに?次はお前の番かも知れないのに?あはは、おっかしいねぇ」

周囲にいた死神のメンバーも階段から突き落とされた仲間に驚きはしたものの、反応はそれだけで終わった。
そしてその行為が死神というチーム内では日常的に行われているのか、失笑を漏らす者までいた。

「さて、早くしてくれなきゃコイツもその男と同じ道を辿ることになるけど良いのかなぁ?」

男を突き落としたのは見せしめであり、催促か。

「…それとも、誰かさんみたいにコイツの右腕を壊してやっても良いんだよ?」

にっこりと綺麗に笑った白木の視線が聖を射抜く。
膝を付いた状態でいた俺は不意に白木に髪の毛を鷲掴まれ、無理矢理立たせられた。

「くっ…」

横目で階下に視線を落とせば、白木を射殺さんとばかりに睨み上げた聖と、その背後でも殺気だった様子の紅のメンバーが見える。
俺が捕まったばかりにと悔やんでも悔やみきれない。
その思いで、何故ここに居るのか分からないけれど工藤に視線を移す。

「………」

一瞬、俺の気のせいかも知れない。重なった視線の先で工藤は俺を見て小さく笑ったような気がした。こんな時に、そんなわけないのに。
実際、穏やかな表情を何処かに置き忘れてしまったかのように工藤の表情は淡々としたもので変わらない。重なった視線もすぐにふいと外されてしまった。
そう思い直した直後、、力強く熱の籠った工藤の声が耳に飛び込んできた。

「…やれよ、諏訪」

「なっ…ン…だと?」

聞き返す聖の声はどこか震えている。
目を見開き、息を詰めて信じられない思いで俺は階下で交わされるやり取りに目を向けた。

「…てめぇ、自分が何言ってんのか分かってんのか!?」

再び聖は工藤の胸ぐら掴み上げ睨み付ける。

「十分理解してるつもりだ。その上で言ってるんだ。…それとも、お前はアイツがどうなっても良いと思ってるのか?」

「そんなわけねぇだろ!」

「だったら躊躇うな。それに元からお前は俺が気にいらねぇんだろ。良い機会じゃねぇか」

「――っ」

「諏訪」

胸ぐらを掴み上げられても顔色一つ変えない工藤に、聖の方が気圧されてたじろぐ。
その様子に白木は愉悦を覚え、眺めながら近くに庄司を呼んだ。

「工藤のあの余裕が少し気になる。もしかしたら外に永原の部隊がいるのかも知れない」

「こっちは囮で?」

「そ。ホクジョウに突入させた部隊も囮で工藤本人も囮。Doll程でかいチームなら有り得ないことじゃない。だから念の為、見回ってきてよ。もしいたら潰しちゃっていいからさ」

「Dollの永原か。潰しがいありそうだな。それじゃ行ってくる」

ククッと喉を鳴らして庄司がこの場を離れる。
男が突き落とされた階段以外にも通路はあったのか、ソファの置かれた裏へと庄司は姿を消した。
もし白木の言う通り永原さんがいたら…。永原さんまで巻き込んでしまう。
未だ見えてこない全貌に翻弄されたまま、耳を打つ乾いた音にハッとして階下に意識を戻した。


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