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Side other

脳裏に蘇った悪夢を振り払い、前を見据える眼差しは鋭すぎるほど鋭く凍てついた色を宿す。
ここは街の中心部から南に少し離れた、人通りの絶えた道。人波は時計台や駅、五番街と数々の名店が列なる街の中心部に流れて行ってしまいこの辺の建物に入っていたテナントもその流れで今や数を減らしていた。
その建物の中の一つにカナンという名のカジノバーは入っていた。営業は当の昔に終わっているが、今は不良の、死神の溜まり場として有効活用されていた。
また、建物自体は地下一階、これは駐車場として、地上三階建ての奥行きと横幅の広い建物だ。
内部は入って直ぐに受け付けがあり、更に進むと窓も何もかもが閉ざされたカジノが広がる。
テーブルゲームと言われるルーレットやトランプ、賭けに使われるチップが散乱したテーブルが中央に置かれ、左手側にはスロットが並ぶ。その間に緩やかに二階へと上がる階段が伸びる。入って直ぐの右手側はカウンターバーになっており、カウンターの内側には申し訳程度に酒瓶が並んでいた。
二階は上客向けに作られており、一階と内装はほぼ同じだがカジノの奥にはVIP席と呼ばれる個室が完備されている。
更に三階は事務所が入っていたが今は機能していない。

「――っ」

表に立っていた見張りと思わしき不良五人を、呻き声一つ出させずに倒すと地面に転がす。
道を塞ぐように倒れ込んだ男を邪魔だとばかりに靴の爪先で蹴り上げ退かした。
無言で壊れたシャッターの隙間を通り、背後に二十人程の仲間を従え聖は建物の中へと足を踏み入れる。
薄暗い受付の横を通り過ぎた時、聖は集団の最後尾を歩いていた男の名を呼んだ。

「ミヤ」

「分かってる」

それと同時に、受付カウンターの中から金属バットを持った男が二人カウンターを越え飛び出してくる。

「おらぁ!」

「死ねや!」

背後からの奇襲。
しかし、死神のやり方を熟知していた聖は驚くこと無く冷淡に、襲いかかってきた二人の男を目にすることもなく後ろの仲間に任せた。
ぐはっ、がはっ、と間をおかず呻き声が聞こえるのを後にカジノへ一歩足を踏み入れる。

「やっちまえ!」

「「おぉ!」」

途端、台の影からも手に金属バットやら鉄パイプ、木刀、ナイフと得物を持った男達がバラバラと姿を現し、襲いかかってきた。
薄暗い視界に鈍い輝きを放つ光に、聖は凍てついた瞳を細めて吐き捨てた。

「変わらねぇな」

聖は襲い来るナイフを避けると相手が大振りした所でその腕を蹴り上げる。衝撃でナイフが飛び、側にいた男の頬を掠め一筋血が流れる。

「く…っ」

悔しさに歪んだ顔面に肘を打ち込み、木刀で喉を狙ってきた男をかわして聖は強烈な膝蹴りを敵の腹部にお見舞いした。
虫のようにわらわらと湧き出る死神の雑魚共をアールこと元紅の面々は倒していく。
振るわれた得物を逆に奪い、振るい返す。
ガシャンと耳を打つ破壊音にテーブルは壊され、チップやトランプが足元に散乱する。聞くに堪えない罵詈雑言が飛び交い騒然とした店内は荒れていく。

「てめぇを潰して俺が上に立つ!」

耳の側を掠めた拳に聖は嘲笑し、軽く捌くと右拳をストレートで敵の鳩尾に埋めた。

「ぐは…っ」

「上なんざねぇよ。死神は今日で終わりだ」

ずるりと聖に凭れ、崩れ落ちた体を聖は無造作に突き放す。その体がドガシャンと破壊されたテーブルにぶつかり倒れ込むのを冷めた目で眺め、聖は周囲を見渡した。
掠り傷はあるものの、大きな傷も無くカジノを制圧しつつある仲間に聖は微かに口角を上げる。

「聖さん、白木は上だそうです」

「上か…」

敵から奪った鉄パイプをがらがらと引き摺りながら駆け寄ってきた仲間が告げる。
階下での騒ぎに気付いているはずなのまったく動く気配の無い上階に、聖は引き上げた唇を歪めた。

「高みの見物か。…引き摺り下ろしてやる」

「あぁ、行こう」

最後の一人が壁に叩き付けられ崩れるのを視界の端で捉え、聖は二階へと続く階段に足を掛ける。
その背後でざわりと仲間達が何か動揺した様に声を震わせた。

「え、嘘だろ。そ、総長!」

「聖さん、アイツが…!」

何だ、と聖が背後を振り返ろうとした瞬間、その背中へ低く鋭い声が突き刺さった。

「待て、諏訪」

いつになく深く重い、威圧感のある声。その姿。
肩を揺らし、カジノの入り口を振り返った聖はそこに立つ人物を認めて眉をひそめた。

「…工藤、何でてめぇがここに」

一人で現れた工藤を訝しみつつ聖はDollの誘導に失敗したことを知る。紅の計画ではDollをホクジョウに向かわせ、死神対Dollの構図を作り上げて潰し合いをさせ、その隙に紅が死神の本拠地を叩くことで全てにケリをつける予定であった。

「何で、大輔さんの報告はホクジョウに向かったって…」

ポツリと紅の仲間が漏らした言葉に工藤は自分達の推測を確信に変えながらも用件を告げるべく、カジノへ足を踏み入れる。

「聞け、諏訪。ここには…」

「あっれ〜?飛んで火に入る夏の虫ってこのことを言うのかな?」

しかし、工藤が用件を告げる前に上からくすくすと耳障りな甲高い声が降ってきた。

「てめぇ、白木」

ばっと工藤から階上にいる白木に顔を向けた聖は低く唸るような声を出す。

「知らなかったな。紅の王とDollはいつの間に手を結んだの?それともそれだけ僕らを恐れてるってことかな」

「ふざけるな。俺は誰とも組まねぇ。用がねぇなら帰れ工藤。てめぇは邪魔だ」

同じく聖から視線を外し白木を睨み据えた工藤はふと感情を消し去って聖に返した。

「そうもいかねぇんだよ。廉が死神に拐われた」

「何だと?」

聖の険しい眼差しが工藤の横顔に向けられる。
言い訳も否定もせずただ厳しい表情を浮かべる工藤に、聖はカッと頭に血を昇らせ工藤の胸ぐらを掴んだ。

「っざけんなよ!何やってんだてめぇは!」

「………」

「守るってのは口先だけか!ぁあ?」

ぎりりと胸ぐらを掴まれたまま工藤は何も言い返さず聖の罵倒を静かに受け止める。そして、感情のまま握り締められた拳が工藤に向かって振り上げられた。

「ふざけてんじゃねぇぞ工藤!」

「やめろっ、聖!」

だがその拳は上から降ってきた声に制止された。


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