14


通話ボタンを押す前に鳴り出した携帯に、悟は表示された名前を見て眉をひそめた。
そして自分に視線が集中していることに気付きながら悟は通話ボタンを押す。

「もしもし」

『…っ、はっ…サト。そこに、タカ、居るか?』

何があったのか、電話口で呼吸を乱しながら言った健一に悟はちらりと工藤に視線を向け答える。

「居ます。健一、何があった?」

『は…っ諏訪に…襲撃された…』

「何だと」

ピンッといきなり悟の纏う雰囲気が変わった。電話口に返る声が自然と低いものになる。

『仲間がやられた…。俺も…ちょっと直ぐ動けそうにねぇ。…少し、気ぃ失ってた…みたいで…はっ、諏訪…見失った…悪ぃ』

「死神に動きは見られるか?」

『分からねぇ。けど、…さっきから、人の…出入りが…増えてる』

「分かった。お前は動けるようになるまでそこで待機してろ。貴宏には俺から言っておく」

プツリと通話を終わらせた悟は漏れ聞こえていたであろう今の会話を簡潔に纏めて説明する。
聖の襲撃の件で隼人が小さく舌打ちをした。

「こんな時に何やってんだアイツは」

「アールが動き出したか。悟、純にも確認を取れ」

「あぁ」

すぐさま純と連絡を取った悟は短く言葉を交わすと通話を切る。

「純の方に特に変わりはない」

「なら、聖が襲撃した方が本命か。きっと廉もそこにいるはずだ」

言いながらソファから立ち上がった隼人に工藤が待てと静かな声を発す。

「なんだ?居場所が分かった以上もう待つ必要はねぇだろ」

見下ろしてきた隼人に工藤は地図を眺め、言う。

「お前は行くな。健一の居るホクジョウには悟と修平を向かわせる」

「…この期に及んでまだ俺達に手ぇ出すなって言いたいのか?」

工藤の言い方に流石の隼人も頭にきて言い返す。
不穏な空気に支配されそうになった場へ、鋭い声が諌める様に割って入った。

「隼人、話は最後まで聞け」

「悟サン。アンタも…」

「俺には今回に限ってわざわざ諏訪が姿を見せる意味が分からねぇな」

地図に視線を落としていた工藤がそう言いながら顔を上げる。

「廉を拐った死神の意図は読めてねぇが大体の諏訪の意図は読める。諏訪の狙いは初めから死神だけだ。その上で諏訪自身が白木を狩りたいなら俺達は邪魔なだけだ」

なら、諏訪はどうすると思う?

「最初は派手に動き回って俺達の意識を死神から新たな勢力に向けさせる。そして狙いが同じなら俺達は一度は接触を図ろうとするだろう」

昨夜したみたいにな。

「だが、それ自体が罠だった。諏訪は労せず、俺達を使って死神の一角を潰させたんだ」

「だとすると健一を襲撃したもの…」

「ホクジョウを本命と見せかけた陽動の可能性が高い。俺達が本命と間違えてホクジョウを叩いた隙に諏訪はカナンを狙うつもりかも知れねぇ」

そこまで聞いて隼人は口を開く。

「それはあくまで可能性の話だろ。結局廉がどっちに居るのか分からねぇんじゃ意味ねぇじゃねぇか」

「いや、そうとは言い切れない。廉さんが連れ去られた現場を捜索させた部隊から目撃証言として廉さんは南方面に連れ去られた可能性があると言う報告を受けてる」

隼人の言葉に悟が応え、工藤は決まりだなと結論付けた。
そして店に出ていた修平と誠を部屋の中へと呼び、工藤はもう一度繰り返す。

「悟と修平は仲間を連れてホクジョウへ行け」

「分かった」

「おぅ」

次に工藤は誠へ視線を向けて言う。

「お前はここで待機だ。万が一の時の為にな。悠ちゃんを頼むぞ」

「はい」

最後に工藤は隼人と向き合い、真剣な表情で聞いた。

「お前、今直ぐLarkは動かせるか?」

それは死神との戦いに参戦しろと言うことか。
隼人も真剣な表情で返す。

「廉の為ならアイツらは何時だって動くさ」

「なら動いてもらう。俺とお前達で死神の本命、カナンに向かう。いいな」

「あぁ」

話が決まった所で皆さっさと動き出す。
隼人は携帯電話を取り出すと店で留守を預からせた矢野に電話を掛け、廉が死神に拐われた事を告げる。

「落ち着け。数は集められるだけ集めろ。廉は俺達が取り返す。場所はカナン、住所は…」

しかしその際、隼人は聖の事については一切口にしなかった。

「貴宏。お前、一人で行くつもりか」

張り切る修平に連れていく仲間を纏めさせ、悟は工藤に話しかける。

「諏訪の策に乗るなら俺達はホクジョウに行ったと見せかけた方が良い。それに可能性は低いが、本命がホクジョウだった場合もお前なら何とかなるだろ」

「そりゃそうだが…」

「心配するな。俺は別に一人じゃねぇ」

工藤の視線が電話中の隼人に向く。釣られて視線を向けた悟に工藤は微かに口端を吊り上げた。

「アイツらがいるだろ」

「そう、だな」

「俺が信じられねぇなら相沢でも信じてやれ」

「…何でそうなる」

「さぁな。もしそっちで他に何か動きがあれば相沢に繋げ。俺は出れないかも知れねぇからな」

「貴宏それはお前に何かあると…」

「…話はついたみたいだな」

携帯電話を畳んだ隼人に工藤は悟との会話を切り上げ歩み寄る。

「念の為向日葵には陸谷を留守番に残した。他の奴等とは現地で合流する」

「そうか。時間が惜しい、行くぞ」

隼人は頷き、工藤と共に店を出る。悟は修平と仲間を引き連れ北方面へ。
誠と悠が見送りの為店の外まで出てきた。

「工藤さん、隼人兄。廉兄ぃのこと…」

「任せろ。廉は俺達がちゃんと連れて帰る」

「悠ちゃんはここでもう少しだけ待っててくれ」

店に残る二人に背を向けそれぞれ歩き出す。
カナンへ向かう途中工藤は隼人へ念押しするように告げた。

「相沢。お前らは廉の救出に集中しろ。俺に何があっても構うな」

前方を見据えて言う工藤の横顔をちらりと見て、隼人はその覚悟の程を感じ頷く。

「…分かった」

死神のアジトに近付くに連れ工藤の纏う空気は鋭く研ぎ澄まされていった。そこには一分の隙も無く、廉に見せていた穏やかさは欠片もない。
店で隼人が一瞬でも気圧された硬質な雰囲気を工藤はその身に纏っていた。


[ 54 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -