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Side 隼人

電話を受けて直ぐ、後を矢野に任せ俺は向日葵を出た。
今朝廉から送られてきたメールについて、本人が来たら話をしようと思っていたがどうやら事態は急変したらしい。
夏の陽射しを受けて流れる汗を無造作に払い、俺は人混みを避けて走った。

「どうなってるんだいったい…」

廉の側に居て、廉に火の粉が飛び火するのを嫌って工藤は自ら廉と距離を置いた。
同様に聖も考えあってかLarkを脱退し姿を消している。おまけに真実を知っていそうな大輔は口を割らないし。
そんな中、廉へと送られてきた妙なメール。
果たして関連はあるのか。
俺が今現在掴んでいるのは工藤、聖、共に死神が絡んでいるということだけだ。
そして、最短ルートを走ってDollの拠点midnight sunに着いたのは電話を受けてから十五分過ぎた頃であった。

「はぁっ…はっ、あちぃ…」

店のベルを鳴らしながら汗だくで店内へと入った俺に、用意していたのか冷えたタオルと水が差し出される。

「どうぞ。…いきなり呼び出してすみません」

「あぁ…、さんきゅ。ん…、気にすんな。廉の、ことだ…」

「その廉さんの件ですが今、廉さんがいなくなった付近を中心にDollの者達を捜索にあたらせてます」

悟から受け取ったコップに口を付け、俺は話を聞きながらカラカラの喉を潤す。
ふぅ…と息を吐き出し、空になったコップを悟に返してタオルを受け取った。

「居なくなったって自主的にじゃねぇよな」

「廉さんは複数の男に囲まれたそうです」

俺は店内へと視線を走らせて、そこでカウンター席に座っている悠に気付いた。
タオルで汗を拭きながら悠の元へ足を進める。

「悠ちゃん」

「っ隼人さん…廉兄ぃが…」

「今からその話を聞くとこだ。…悟サン、悠ちゃんから話は聞いたのか?」

振り返り、後ろをついてきていた悟に聞く。

「聞くと言うよりは悠ちゃんの方から話してくれました」

「そうか。偉いな悠ちゃん」

ふと口端を緩めて悠の頭をぽんぽんと撫でる。

「廉の事は俺達に任せて、悠ちゃんはここで待っててくれ。良いな?」

「うん」

「では、詳しい話は奥でしましょう」

促されて俺はDollの幹部以上が使用している奥の部屋へと足を踏み入れた。
室内には修平と誠がいる。

「誠、貴方は悠ちゃんに付いててあげて下さい」

「分かった」

中央に置かれたガラス製のテーブルの上には地図が広げられており、更にその上に文字の書き込まれた紙が乗っている。
部屋を出て行った誠が扉を閉めると店内のがやがやとした音が途切れる。
座るように促されたソファに腰を下ろし、俺は向かい側のソファに座った悟に一番気になっていた事を尋ねた。

「姿が見えねぇようだけど工藤サンはどうしたんだ」

すると悟は少し表情を堅くして答えた。

「昨夜からまだ戻ってません」

「昨夜?」

何かあったのか。
眼差しで問うと悟は質問を質問で返してきた。

「隼人さんはアルファベットのアールと言うチームを知ってますか?」

「アール?…いや、聞いたことねぇな」

廉の代わりにLark周辺に点在する小さなチームは把握しているが、アールという名のチーム名を聞くのは初めてだった。

「アールというのはごく最近、死神の活動が活発になってから姿を現したチームです」

悟の説明に俺は耳を傾ける。それが今起こっている話とどう繋がるのか。

「知っての通り俺達は死神に狙われてます。そのことについて貴宏はただ何もせず待つよりはと死神を潰す為に死神を追い始めました」

「それで」

「俺達の調べで死神のアジトを五つに絞り込み、その内の三つがダミーであることを確認しました」

地図の上に乗っていた紙を退かし、悟はテーブルの上に広げられた地図を指差して言う。

「死神本隊とぶつかる前に戦力を減らすのは得策では無いと考えた貴宏の指示に従い俺達はあえてダミーのアジトに手を出しませんでした」

「けど、どういうワケか俺達が見逃したダミーのアジトはアールの手によって壊滅させられてた」

不意に一人掛けのソファに座っていた修平が口を挟む。俺は悟から修平へと視線を移す。

「誠が廉ちゃん絡みの事件を遡って調べてたけどどれもヒット無し。廉ちゃんはそのアールってチームか死神に拐われた可能性が高いんだ」

「昨夜までにダミーのアジト二つが壊滅。本命と思わしき北のホクジョウには健一、南のカナンには純の見張りを置いて貴宏は残るダミーのアジトでアールと接触を図る予定でここを出て行ったきりです」

赤いマーカーで付けられた×印の箇所を確認し俺は頭の中で情報を整理した。
ということは目ぼしい敵は二つ。
アールと死神。
そのどちらかが廉を拐ったと。
俺は地図に視線を落としたまま呟く。

「でも、何でそこで廉なんだ。…やっぱり工藤サン絡みか?」

上げた視線で悟を見つめれば、悟は否定も肯定もしなかった。その可能性に悟も気付いているのだろう。

「他に隼人さんの方では変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと、か。あると言えばあるが…」

ここ最近の出来事を思い返してふと何かが引っ掛かった。

「いや…、待て。でも…そしたら…」

途中で言葉を途切れさせた俺に悟と修平の視線が集まる。

「何か心当たりがあるんですか?」

浮かんだ符号に俺が立てた推測を口にする前に悟に一つだけ確認をとる。

「そのアールってチームのことどこまで分かってるんだ?」

「少数精鋭で、数はおよそ二十人弱。ダミーのアジトとはいえそれなりの数いた死神を短時間で壊滅させた手腕から見ても指示を出してる人物は相当頭の切れる人物かと。それから目撃者の証言ではリーダーと思わしき男は身長約180cm、すらりとした体格で紅い髪をしていたとも」

「…そうか。分かった」

やはり全ては死神に繋がっていた。
俺は確信した考えを話そうとして、ざわざわと騒がしくなった店内とを繋ぐ扉に目を向ける。
ここの扉は完全な防音ではないようで、悟は修平に目配せすると修平がソファから立ち上がり扉を開けに行った。

「どうし…」

修平が扉を開け、何事かと問い掛ける前に俺達は騒がしくなった原因を目にする。

「貴宏」

工藤が帰って来たのだ。その身に微かな闘気を纏いながら。

「悟。どうやら俺達はアールに嵌められたらしい。行った先で死神とやりあうハメになった」

「それはどう言う…」

「相沢」

工藤は俺に気付くなり鋭い眼差しを投げて寄越した。ひたりと突き刺さる視線にグッと息が詰まる。

「…何だ」

気が立っているのか普段と丸っきり様子の違う工藤に俺が短く答えれば、低い声が続けて言った。

「廉が拐われたって言うのは本当か」


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