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カラリと、手の付けられないグラスの中で氷が溶けて音を立てる。
テーブルの上に置かれた指先がトントントンと苛立たしげにテーブルを叩く。

「まだか貴宏…」

店の奥に設けられた部屋ではなく、一人テーブル席に座った悟は陽射しの強い窓の外を見て一つ息を吐く。
胸ポケットにしまっていた携帯電話を取り出し、何か連絡が入っていないかと確認してみても何も反応はない。

「何かあったか…」

思案気に悟が思考の海に沈もうとした時、悟の意識を奪うように慌ただしい音を立てながら誰かが店内へと飛び込んできた。

「悟さんっ!工藤さんは…!」

聞き慣れた自身の名を呼ぶ声に常ならぬ緊迫感を感じ、飛び込んできた相手に気付くと悟は素早く椅子から立ち上がって姿を見せる。

「貴宏はまだ帰ってきてません。それより……何があった?」

悟は修平に抱えられた悠で目を止めるとその双眸を鋭く細めた。

「はぁっ…はっ…ちょっ、その前に水…」

汗だくの修平に並々と水を注いだコップを渡してやり、悟は修平の息が落ち着くのを待つ。

「大丈夫か?」

悟と共に店に残っていた誠が修平の腕から下ろされた悠をカウンター席に座らせてやり、その前にオレンジジュースを置いた。

「その手に持ってる物、一旦預かる」

誠は悠の右手からスーパーの袋を受け取るとちらりと中身を確認して、側に居た仲間に冷凍庫に入れておくよう言い付けた。
そして、左手に握り締められた携帯電話の存在に気付く。

「携帯…お前の?」

「ちがっ…廉兄ぃの…」

ふるふると頭を横に振って言った悠に、悟と誠は視線を合わせた。

「廉ちゃんが見知らぬ男達に囲まれたって。悠ちゃんはそこから逃がされたらしいんだ」

ようやく呼吸も整い、水を一気飲みして喉を潤した修平が口を開く。

「現場に行って見たけど誰もいなかった。クソっ、拐われたかもしれねぇ…!」

「廉兄ぃは…隼人さんに助けを求めろって」

廉が心配で堪らないのかじわりと再び潤んだ瞳に、誠があやすようにぽんぽんと悠の頭を撫でた。

「坂下ならきっと大丈夫だ」

「隼人さんには俺が連絡とってみます」

悠を誠に任せ、悟は一旦奥の部屋へと引っ込む。
ちょうど手にしていた携帯電話から着信履歴を呼び出し、電話を掛けた。

隼人が単身Dollの拠点に乗り込み、工藤と廉の間で協定が結ばれたあの日。
カッコつかねぇなと笑いながらコーヒーカップを打ち合わせた隼人と悟は互いの連絡先を交換しあっていた。

「利用するようで悪いな」

「いえ、隼人さんの心配する気持ちも分かりますから。そう深く考えないで下さい」

その始まりは仲間を思う隼人の気持ちを汲んで悟から切り出した。

「何かあれば言って下さい。俺の方でも対処します」

総長であり友人でもある工藤と廉を見守り支えてきた悟と隼人は二人の為、チーム為、裏方に回り様々な微調整や情報交換をこれまでもしていた。
その事に当然工藤は気付いていたが悟を信頼してか、口を挟むことはなかった。
四コール目で繋がった電話に悟は静かに口を開く。

「俺です。今、大丈夫ですか?」

無駄を省いた端的な問い掛けに、電話に出た隼人は気にする素振りもみせずに応える。

『あぁ、平気だけど。何かあったのか?』

「えぇ。今、こちらで廉さんの妹さんを保護してます。来れますか?」

『悠ちゃんを?…廉はいないのか?』

これには流石に隼人も怪訝そうな声を出した。

「いません。その件で至急話し合いたいので…」

『分かった。直ぐ行く』

急を要すると隼人も察したのか悟の言葉を遮ると言うだけ言って一方的に通話を切る。
ツーツーと切れた通話に悟は隼人を迎えるべく携帯を閉じ、部屋を出て指示を飛ばした。

「修平、貴方の下に付いてる者に現場を説明して捜索にあたらせなさい。些細な事でも良い、何か気付いた点があったら報告させるように」

「はい!」

「誠はこの周辺の地図とこれまで報告に上がったLarkに関する事件を纏めた資料を出しておいて下さい」

「死神の件も?」

「考えたくはありませんが、このタイミングでは無いとも言い切れません。そちらも出しておいて下さい」

可能性としては一番高い。が、悟としてはあまり考えたくは無かった。
それでは何の為に貴宏が廉さんを遠ざけたのか分からなくなってしまう。
その思いを悟は顔には出さず、カウンター席で不安そうにこちらのやり取りを見ている悠と視線を合わせると表情を和らげて口を開いた。

「もうすぐ隼人さんが来てくれますから。それまでは不安かもしれませんが…」

「…大丈夫。だって皆廉兄ぃが信頼してる人だもん」

そうだよね?と悟を真っ直ぐに見つめてくる悠の目は廉と良く似ている。
悟は安心させるように一つ頷くと、悠の頭を優しく撫でた。


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