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完全に囲まれてしまう前に俺から仕掛ける。
俺達が今通ってきた道を、悠を人通りの多い五番街の道へ逃がす為に。
掴んだ悠の腕を引きながら、俺が仕掛けると思わなかったのか目を見開いた男へ、右手に持っていたスーパーの袋を思い切り投げ付けた。
買ったばかりの卵や豆腐は駄目になってしまうが仕方ない。
崩れた包囲に掴んでいた腕を離し、悠の背中を押しやる。

「行けっ、悠!」

「逃がすか!」

悠を追おうとした男の腹に蹴りを入れ、捕らえようと伸ばされた手を叩き落とす。
それ以上後を追わせないように俺は大通りに背を向け男達と向き合った。

「あらら、人質がいなくなっちまったじゃねぇか。まぁいいけど」

「目的は何だ」

男達の中でもリーダー格と思わしき迷彩のズボンに灰色の半袖シャツ。頭の後ろで長めの茶髪をゴムで結んだ男に、俺は鋭い声を投げる。

「へぇ、そんな顔も出来るんだぁ。どうりでアイツが食い付くわけだ。ふくくっ、マジで用が済んだら食べられちゃうかもねぇ」

「…何の話だ」

会話も出来ないのかと、俺は油断無く構える。

「ショージ、無駄話はそれぐらいにしてとっとと連れてこうぜ」

「そうだなぁ。女王様の機嫌がまた悪くなったら堪らないしなぁ」

コイツら、誰かの指示で動いてるのか?
それも聖が関係してる。
そして、にやにやと軽薄そうに笑っていたリーダー格の男ショージは瞳を細め、一言命令を下した。

「手段は問わねぇ、捕まえろ」

その言葉を合図に一斉に男達が襲ってくる。
俺は正面から掛かってきた男の手をかわすと腰を落とし、握った拳で男の顎を下から上へ打ち抜く。おまけに横っ腹へ蹴りを入れて、右横に立っていた奴を巻き添えにする。

「後ろががら空きだぜ!」

大声と共に後ろから振りかぶられた拳を身を屈めて避け、振り向き様に肘を打ち込む。

「が…っ…」

一、二、三、…後五人。

「はっ…は…」

乱れた呼吸を整え、顔面に迫りくる拳をかわす。
相手の腕を掴み、引き寄せた所で勢いをつけて持ち上げた膝を男の腹部へ決めた。

「ぐっ…」

呻きと息の詰まった様な声が男の口から零れる。
俺は次の男の相手をするべく視線を横へと滑らせ、ざわりと粟立った肌に反射で後ろへと跳んだ。
直後、力任せに振り下ろされた鉄パイプが地面と激突して跳ねる。
ひやりと背中に冷や汗が伝った。

「はははっ、何コイツ。ビビっちゃって可愛い〜。大丈夫、痛いのは一瞬だから〜」

がらがらと鉄パイプを引き摺る男は頭が可笑しいのか、笑いながら言うその感覚が俺には理解できない。

「ふざけんな!誰がっ…」

そうして目の前の男に一瞬でも意識を奪われた俺は新たに背後に現れたその存在に気付くのが遅れた。
背後に感じた気配に肘を打ち込みながら体を捻ろうとして、

「チェックメイト」

「――っ」

ふわりと背後から流れてきた甘い匂いに口と鼻を塞がれた。見も知らぬ人間に後ろから抱き竦められる。その気持ち悪さにざっと肌に鳥肌が立ち、抵抗しようとして意識が遠退くのが分かった。

「ん―っ――!」

「もう遅いよ」

その原因に気付き、口と鼻を塞ぐように押し付けられた布を引き剥がそうと腕を持ち上げた所で俺の意識はふつりと途切れた。

「おい、なんだぁそれ?面白くねぇなぁ」

「クロロホルムだよ。あのままじゃこの可愛い顔に傷がつくだろう?白木の用が済んだらこの子は俺が貰うんだから、野蛮なことは止めてよ」

ぐったりと腕の中で意識を失った廉に男は微笑む。
暴れて絡まった黒髪の一本一本を丁寧に解すと唇を寄せて囁いた。

「可哀想に、俺が大事にしてあげるからね」

「けっ、相変わらず気色悪ぃ奴だなぁ。まぁいい。ソイツ連れてさっさと帰るぞ」

ガラガラと鉄パイプと地面に転がった男達を引き摺り、ショージと呼ばれた男が率いる不良集団は姿を消す。
後から合流した男は意識を無くした廉を横抱きにして共に同じ方向へと去って行った。
後には食料品の入ったスーパーの袋が、無惨にも中身を散乱させた状態で路上に広がっていた。

数分後、汗だくで駆け付けた者はその現状を目にして悪態を吐く。

「はぁっ、はぁっ…っ、クソッ!間に合わなかったか!廉ちゃんっ」

普段の軽い調子からは想像出来ぬほど表情を剣呑なものへと変化させた修平がそこには立っていた。








Side other

左手には廉が買ってくれたアイスとお菓子の入ったスーパーの袋。右手には手渡された携帯電話を確りと握り、悠は廉に背を押され振り返る事も出来ずに言われたまま走る。

「廉兄っ…」

背後で言い争う声を聞きながら、じわりと涙でぼやけそうになる視界を振り払って悠は大通りへ向かう。

「はぁ…はぁっ…」

早く、早く、悠は縺れそうになる足を必死で動かし、廉に託された携帯電話をぎゅっと強く握り締めた。

「……っ」

今自分に出来ることは、早く自分が安全な場所まで行き、隼人さんに廉兄ぃを助けてくれよう電話を掛けることだけだった。
背後から誰かが追ってくる気配はない。
次第に聞こえ始めた人のざわめきに、零れそうになる涙を堪えて悠は大通りの五番街へと戻ってきた。

「はぁっ…はぁっ…」

何事もなく変わらぬ賑わいを見せるお店の傍らで悠は泣きそうになりながらも苦しい呼吸整える。

「はぁっ…っ…ぅ…」

震える手で兄の携帯電話を開き、登録されているアドレスを探していたとき悠は声を掛けられた。

「あれ、悠ちゃん?どうしたのこんな所で?一人?」

顔を上げれば悠の見知った人が不思議そうな顔で悠を見下ろしていた。
そこでふつりと張り詰めていた空気が切れる。

「ふぇっ…修兄ちゃん!」

知り合いに会って気が緩んだ悠の目から大粒の涙が零れる。修兄ちゃんこと修平はそれに何事かと目を丸くして、悠の視線に合わせて膝をついた。

「どうした?何かあったのか?」

「ひっく…れ、廉兄ぃを…助けて…」

「廉ちゃんに何かあったのか?」

泣き出してしまった悠の頭を優しく撫で、出来るだけ穏やかな声で修平は聞く。
それに悠はこくこくと何度も頷き一本の通りを指差しながら涙声で言った。

「知らない、男の人たちに…囲まれて…廉兄っ…」

「悠ちゃんを逃がしたんだな?分かった。俺が行くから悠ちゃんは此処で待ってて」

悠の途切れ途切れの説明に修平は表情を険しくさせると、そう言い置いて立ち上がる。
そして悠の指差した道を駆け出して行った。


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