09


カーテンから漏れる陽の光と身に纏わりつく暑さに俺の意識は浮上した。

「ん…んぅ…、…れ?」

ぼんやりと上手く働かない頭で、コツリと右手に当たった固い塊を掴む。

「なに、携帯…?」

いつも机の上に置いている携帯電話を手にして、そこで漸く意識が覚醒した。

「そうだ、電話…」

見れば携帯の受信ランプがチカッ、チカッと緑色に点滅している。
俺はベッドの上で身を起こすと急いで携帯電話を開いた。

「添付付きのメール?」

受信ボックスを押すと無題で、送り先は見たこともないアルファベットの羅列で出来たアドレス。
本文を開いて見れば白紙で、ただ添付された写メだけが表示された。

「――っ、な…に…?」

付けられていた写メを見て目を見開く。
そこには、何時撮られたのか私服姿で街を歩く俺の姿が鮮明に写っていた。

「一体誰がこんなの…」

送り主不明のメールにぞわりと鳥肌が立つ。
気味が悪くて直ぐにでもこのメールを消してしまいたかったが俺は何とか我慢して携帯を閉じた。
今日は早めに向日葵に行こう。
朝食を食べ、さっさと出掛けようとした俺は玄関で母さんに引き留められた。

「廉、悪いんだけど買い物して来てくれないかしら?昨日張り切りすぎちゃって食材が…」

「もしかして使いきった?」

頬に手を添え、母さんは困ったように苦笑した。

「ごめん、またやっちゃった」

「母さん…」

共働きで家を空けることの多い母さんは、自分が家事を出来る時は張り切ってキッチンに立つ。が、張り切りすぎて度々食材を使いきってしまうことがあった。
ごめん、と手を合わせる母さんに俺も苦笑を浮かべる。

「良いよ。何買ってこればいい?」

「今メモするからちょっと待ってて」

靴を履いたまま俺は玄関に座って母さんが戻ってくるのを待った。
買い物に行くなら一旦家に帰って来て、それから店に行くか。

「廉兄ぃ、何処か行くの?」

「悠」

声を掛けられて振り向けば、二階から降りてきた悠が首を傾げて俺を見ていた。

「みんなの所?」

「いや、母さんに頼まれて買い物」

「…私も行って良い?」

「良いけど何か欲しい物でもあるのか?」

一緒に行くのは構わない。悠と出掛けるのはそう珍しいことでもないし。
ただ、今は…少し気掛かりなこともある。
聞き返せば悠はちらりと母さんの居るリビングに視線を向け、小さな声で言った。

「お母さん、この後仕事だって」

「あぁ…」

そう言うことか。
昨夜が賑やかだった分、また一人で留守番になんてなったらそれは寂しいよな。
カチャとリビングの扉が開き、メモ用紙と財布を手にした母さんが出てくる。

「じゃぁ、悪いんだけど廉。お願いね。それから今夜は遅くなると思うから…」

「分かってる。大丈夫だから。悠と一緒に買い物に行ってくるよ」

少しだけしょんぼりとした様子の悠に声を掛ければ、ぱっと表情が華やぐ。家を出る前に俺はメールで隼人に今朝の出来事を簡潔に書いたメールを送り、悠と一緒に買い物に出掛けた。






時計台のある五番街。
その通りの奥に行き付けのスーパーがあった。
俺はオレンジ色の籠を右手に、メモ用紙を見ながら店内を歩く。

「大根に豆腐と肉、卵に…」

賞味期限を確認してから手にした品物を籠に入れていれば、悠にくんっと服の裾を引かれた。

「廉兄ぃ、お菓子買っても良い?」

「ん、一つだけなら良いよ」

一緒にお菓子売り場へ回り、チョコレート菓子を籠へ入れる。ついでに飴の袋も入れて、鮮魚売り場に足を進めた。

「そうだ、アイスも買ってこうか」

「うん!」

カップアイスが八個入った箱を手に取り、籠を持ってレジへ向かう。
買い物袋は持ってきていないので袋を入れて貰い、会計を済ませた。
品物は自分でレジ袋に詰めて、アイスやお菓子の入った軽めの袋を悠に持たせる。そして、野菜の入った重い袋を俺が持った。
スーパーを出る時に時計を確認すればまだ十時をちょっと過ぎたぐらいだった。この時間ならお昼頃には向日葵に顔を出せるか、と横を歩く悠に視線を落とす。

「悠。お昼は向日葵で食べようか」

「うん!私、オムライスが良いな」

にこにこと、寂しさを感じさせない明るい笑顔に俺も頬を緩ませる。
その時には俺は朝送られてきたメールの事などすっかり忘れていた。
家に帰るのに人波のある五番街から道を少し外れる。

「じゃぁアイスもあるし、早く帰ろうか」

「うん」

普段から人通りの少ない道だが、何故かこの時はまったくと言っていい程人がいなかった。その事に、俺は気付くべきだった。
がさがさと右手に提げたスーパーの袋をならしながら、歩道の内側を悠に歩かせ、俺は車道側を歩く。

「ねぇ、廉兄ぃ」

「どうした?」

俺を見上げて何か考える様に口を開いた悠に、俺は軽い調子で聞き返した。
すると、思いもよらぬ問いかけが返ってきた。

「工藤さんとケンカしたの?」

「え?…なんで」

「だって、最近見ないから」

どうして?と純粋に首を傾げ見上げてくる悠に俺は工藤の顔を思い浮かべて何だか妙に寂しい気持ちに襲われた。
会わないと決めたあの日から機械越しに連絡は取り合っているはずなのに。…何かが物足りない。
ふと胸を過る想い。
気のせいなどではなく、確かに…俺の心は寂しいと告げていた。

「廉兄ぃ?どこか痛いの?」

「え…、っと何でもないよ。それより工藤だっけ?工藤はほら、もう三年だから進路とか色々忙しいみたいで…暫く会えないんだ」

チームの話をしても良かったが、悠の教育上あまり良くないだろうと俺は曖昧に笑って…悠を、寂しいと感じたこの心を誤魔化した。

「でも、廉兄ぃ…」

「見ぃっけ!よぅ、てめぇが坂下 廉だなぁ?」

その続きを悠が口にすることは無く、いきなり前後の道を塞ぐようにして現れた不良集団に俺は咄嗟に悠の腕を掴むと背後に庇った。

「何だお前ら?」

前から一、二、三、四人。後ろからは五人。
俺は背中に悠を庇いながら、包囲を狭めようと歩み寄って来る不良集団を睨み付けた。
ガラガラと何処から持ってきたのか鉄パイプを引き摺ってる奴もいる。

「なぁんだ、つまんねぇなぁ。諏訪の仲間のくせして俺達を知らねぇのかよ」

「聖の…?」

じわじわと恐怖心を煽ってるつもりか、俺を囲んだ男達はゆっくりと俺達に近付いてくる。

「廉兄ぃ」

俺は平気でも、震える手で俺の服を掴んできた悠には効果があるようで俺は背後にいる悠を安心させる様に言葉を紡ぐ。

「大丈夫だ。お前は俺が守る。それとこれ…」

尻ポケットに入れていた携帯電話を悠の手に押し付け、俺は前方を見据えたまま囁く。

「大通りまで逃げたら隼人に助けを求めろ。出来るな?」

「う、うん…でも廉兄ぃは…」

「俺は大丈夫だから。俺が合図したら迷わず走れ。いいな」

「まぁいい。ごちゃごちゃやってねぇでてめぇは大人しく俺達についてこりゃいいんだよ。それとも人質がいた方が燃えるかぁ?」

弱い者をいたぶることが好きなのか、にやにやと軽薄に笑って男達は俺と悠を見る。
始めから暴力に頼るつもりの連中とでは話し合いにすらならない。
相手は九人。武器も所持してる。
一人で勝てるかどうかはともかくとして、俺は真っ先に悠を逃がすことを選んだ。



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