07


共に席を立った俺は隼人と一緒に店を出る。
その足は何処へ向かっているのか俺は並んで歩く隼人をちらりと見上げた。
するとちょうどこちらを見下ろしてきた隼人と視線が重なる。すと絡まった眼差しに俺は開こうとした口を閉じた。

「大輔の奴は確実に嘘を吐いてる。何の為かはわからねぇが」

視線を前に戻し、店から離れながら隼人は言葉を続ける。

「聖が紅の元総長って知ってるお前なら大輔の奴が紅の元幹部だって聞いてるか?」

「うん。それで聖達は今…」

夜へと移り変わろうとしている夕闇を見つめて隼人は堅い声音で言った。

「動き出そうとしてるのかも知れない。きっかけは多分、死神だ」

「それってやっぱり復讐…になるのかな?チームを潰された」

「俺もあまり詳しいことは知らないが、死神に仕掛けるなら似たようなもんだろう」

それだけ二人にとって紅というチームは大切で、特別なものだったに違いない。
不意に押し黙った俺の額を、軽く握られた隼人の拳がコツリと叩く。

「変に情を傾けるなよ。後々お前が苦しくなる」

「うん」

「…帰る前に少し家に寄って行けよ」

額を小突いた拳が解かれ、その手が俺の頭をくしゃりと撫でていく。
その手に、知らず強張っていた心が解れ、俺はゆるく弧を描いた唇で言った。

「隼人ん家行くの久し振りだな」

「最近は店の方で会うだけだったからな。あ、でも今日はもしかしたら兄貴が帰って来てるかも」

「大和さんが?」

隼人には三つ歳の離れた、大学に通っている兄がいる。今は家を出て独り暮らしをしているが、俺も何度か会ったことがあった。
名前は相沢 大和。
隼人に似て、いや隼人が大和さんに似てるんだと思う。黒髪に切れ長の漆黒の鋭い双眸。
大和さんは凄くクールな人で男の俺から見ても凄く格好良くて、少し解りづらいけど弟思いなお兄さんだ。
陽の暮れ行く道を人混みを避けて隼人と並んで歩く。

「そういえば隼人も隣町で開催される花火大会のこと知ってる?」

「ん?あぁ、有名だしな。ここらで一番でかい花火大会だろ」

「そうなんだけど…そうじゃなくて…」

言い澱んだ俺の横顔をちらりと見下ろし、隼人はふっと悪戯に口許を緩ませ笑う。

「工藤サンにでも誘われたか?」

「えっ!?」

「相変わらず分かりやすいなお前は。隠し事には向かないな」

「っ、どうせ俺は…」

不貞腐れた様な声を出して返せば隼人は苦笑して、悪い悪いと俺の頭をぽんぽん叩いてくる。

「絶対悪いと思ってない」

「悪かったって。それで返事は返したのか?」

「一応…。ジンクスなんて知らなかったから行くって」

ジンクスの事を思い出すと勝手に頬が熱を帯びていく。
な、何を意識してるんだ俺は!
どきどきと早まる鼓動に、顔に集まった熱を振り払うように俺はぶんぶんと首を横に振る。
その様子に隼人は瞳を和ませ、何でもないような口調で言った。

「良いんじゃないか、それで」

「え?」

あまりにもあっさりと返されて俺は思わず隼人を見返す。同じように隼人も視線を落として俺を見てきた。

「どうした?花火大会行きたいんだろ?」

「あ、うん」

「工藤サンと」

「うん……、って、ま、待って!今の無し!」

流されるようにして頷いた俺は我に返って慌てた。カァッと顔に熱が集まるのを感じながら訂正する。
けれど、一度口から出てしまった言葉は無かった事には出来ない。

「でも嫌じゃないんだろ?」

「うっ…」

まるで慌てる俺の心の中を読んだように隼人は言葉を重ねてくる。
俺は隼人からふぃと視線を外して一度だけ小さく頷いた。
頷いたら頷いたで隼人は思わぬ言葉を落としてきた。

「ま、聞かなくても知ってるけどな。お前は顔に出やすい」

「うっ…またそれ?」

人の多い街中から少し離れ、二人は閑静な住宅街へと入っていく。まだまだ冷めやらぬ人のざわめきを背にしながら隼人は言う。

「気を付けろよ。隣町の花火大会はでかいぶん他所からも人が来るからな。…ちゃんと工藤サンに守ってもらえよ」

「…俺って守ってもらうほど弱い?」

「いいや、強いんじゃないか。ただ、たまに無鉄砲で見てるこっちがヒヤヒヤする」

だからつい守ってしまう。工藤サンとは違う意味で。

「それは…その、ごめん」

「別に謝ることでもないさ。今に始まった事じゃないしな」

からかうようにクツリと笑った隼人に眉が寄る。

「なんかその言われ方悔しい。隼人だってたまに一人で無茶するじゃんか」

「お前より確率は低い」

話ながら歩いていれば住宅街の一画に隼人の住む二階建ての一軒家が見えてくる。屋根の色は黒く、壁面の色は明るめの茶色。

「ほら拗ねてないで入れよ」

門前に着くと隼人は胸辺りまである鉄製の黒い柵、門扉をキィと押し開け、玄関前にある低い二段の階段を上がる。その後に俺も続き、隼人が開けた門扉を閉めた。

「お邪魔します」

隼人の後に続いて玄関を上がれば、帰ったのか?とリビングから静かな低い声が聞こえた。

「兄貴。廉、悪ぃけど先俺の部屋行っててくれるか」

「分かった」

リビングへ向かう隼人の背に頷き返し、俺は二階にある隼人の部屋へ向かう。階段を上がり、手前にあるのが隼人の部屋で奥が今はあまり使われていないが大和さんの部屋だ。
コンコンと、誰もいないと分かっているがつい部屋の扉をノックしてしまう。そんな自分の行動に苦笑しながら俺は隼人の部屋の扉を開けた。
カーテンの閉められていない窓から夜空と隣の家から漏れる明かりが見える。入ってすぐ扉の脇にあるスイッチを押して電気を付ければ、久し振りに見た隼人の部屋は前に遊びに来た時と何も変わっていなかった。
壁に寄せるように置かれたベッドに、脚の低いテーブル。それとは別にある勉強机の上にはコンポと数枚のCD、通学鞄が机の横に掛けられていて、その横に雑誌や漫画の詰め込まれた本棚がある。

「あっ、これまだとってあったんだ」

俺は本棚の前に立つと、本に押されて転げ落ちそうになっている可愛くデフォルメされた青い象のぬいぐるみを手に取った。

「俺もまだとってあるんだよなぁ」

俺の部屋の机の上にもコイツはいる。
一時期ハマったUFOキャッチャーで偶然二個取れたのだ。それを二個あってもしょうがないからと言って隼人に貰ってもらった。
手にしたぬいぐるみを今度は落ちないように本棚に戻し、脚の低い机の前に腰を下ろす。
トントントンと階段を上がってくる足音を耳に、俺は隼人が来るのを待った。


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