06


夕方になってもまだまだ外は明るく、夜の気配は遠い。
小さな照明のついた向日葵の店の奥。
テーブルとテーブルをくっつけ、一つの輪を作っていた集団は時間が経つ事に人が入れ替わっていた。

「そりゃ廉さんが悪いだろ。鈍いにも程があるって」

カラカラと氷の残るグラスを振り、俺の隣に座った矢野が言う。

「そういうお前はどうなんだ?」

そして、テーブルを挟んで俺の向かいに座る隼人が口を開く。

「俺?俺は廉さんや隼人さんと違ってモテないから。女の子から遊びに誘われることはないな。誘うことはあっても」

しっかし、夏休み暇?って聞かれてスルーしちまうとは…廉さんも分かってないなぁ。
ぽんぽんと子供扱いするように矢野に頭を叩かれてむっとする。

「しょうがないだろ!気付かなかったんだから」

頭に乗せられた手を振り払い俺は矢野を睨み付けた。

「慎二。分かってないのはお前だ。そこが総長の可愛い所なんスから」

「…っ、陸谷、それも何か違う」

フォローしてくれたつもりなんだろうけど、陸谷の言葉に俺はテーブルに突っ伏した。

「俺は格好良いって言われたいのに…」

だから、小さく溢した呟きに隼人達が顔を見合わせ、苦笑していたのを知らない。
テーブルに伏せた頭を、向かいから伸びてきた手がくしゃりと撫でる。

「廉、話がある」

そして、がらりと変わった真剣な声音に俺は頭を上げた。両隣にいた矢野と陸谷もその声に表情を引き締める。

「悪いけどみんな、少し向こう行っててくれるか?」

一緒に騒いでいた仲間にそうお願いすれば仲間達は心得たようにそれぞれ飲み物を持って移動し始める。

「それで隼人、話って?」

「今さっき届いた情報だが、どうやら街に不穏な動きがある」

シンと隼人以外が口を閉ざす。

「死神とは別に何者かが動いてるみたいだ」

ここに来てまた新たな勢力かと眉が寄る。それは陸谷も矢野も同じ気持ちなのか一層表情を険しくさせた。

「詳しいことまではまだ分からねぇ。ただ、警戒は怠るな」

「はい」

「…っす」

厳しい声と共に投げられた視線に二人は頷き返し、俺はぶつかった隼人の視線に話を切り出す。

「隼人。俺は…場合によってはLarkを解散させても良いと思ってる。大勢の怪我人を出してまでチームを続けようとは思ってない。だから、それだけは覚えといて」

「廉」

「それから、情報収集にあたらせてる皆には無理をしないように。危ないと思ったら自分の判断で逃げるように伝えてくれ」

チーム名よりも、俺は仲間一人一人を優先する。
死神のような、力こそが全てだというチームにはしたくないし、絶対にしない。
毅然とした態度でチームの行く末を見据え、指示を出す。
その姿に、隼人は上出来だと笑みを零し、陸谷と矢野は尊敬の眼差しで返した。

「とは言え、現状は何も変わってねぇ」

「うん。聖は行方を眩ましちゃうし、大輔は捕まらない。陸谷と矢野は聖達について何か知ってる?」

話を振られて、二人は互いに顔を見合わせる。
からりと、テーブルの上に置かれたグラスの中で氷が音を立てた。

「俺は特に何も」

「安芸に同じ。そもそもあの二人、自分の事は話さないしな。大輔の奴は一見すると話しそうだけど、案外口は堅い」

お手上げだと肩を竦めた矢野の隣で、陸谷があっと声を上げる。

「前に一度だけ、聖さんが仲間以外の奴と話してるのを見たことがあるっす」

「どこで?」

「ここからそう遠くないペットショップで。珍しい所に居るなって思って覚えてたンすけど…あまり関係ないっすよね」

言いながら、飲みかけのアイスココアに陸谷が手を伸ばした。それを見て矢野がやや顔をしかめる。

「よくそんな甘いもの飲めるよな…」

「ん?」

「何でもねぇ。で、どうすんだ廉さん」

「うん…。出来ればあまり本人の居ないとこで探ったりはしたくないんだけど…気になるんだ」

もう一度会って、話もしたいしと先に隼人には伝えていた自分の思いを俺は矢野達にも伝えた。

「それを聖さんが望まなくてもっすか?」

すと細めた眼差しで陸谷が珍しく反論してくる。

「安芸?」

その態度に矢野と隼人は少し驚いたようだったが、俺は真っ直ぐ陸谷を見返して答えた。

「聖が望む望まないじゃなくて、俺が会いたいんだ。会って話がしたい」

「…そうっすか。分かりました」

「…何が分かったって?というか何かあったのか、皆真剣な顔して。総長?」

「っ、大輔!」

何事もなかったかのように、普段通り顔を出した大輔に俺は目を見開いた。
よいしょと、陸谷が席を移動して空いた空間に大輔が腰を落ち着ける。

「お前今までどこに居たんだ?」

「何処って…コンビニ。夏休みに入ったからバイト始めたんだ。少し金を貯めようかと思ってさ」

隼人の質問に大輔はテーブルの端に用意されていたメニュー表を開いて答える。

「それで何かあったのか?」

「あったも何も聖さんと会ってるなら知ってるだろ?聖さん、Larkを抜けるとか廉さんに言ったらしいじゃんか」

そんな大輔へ矢野が眉を寄せて視線を投げれば、大輔はえっと驚いた顔を見せる。

「聖が?嘘だろ?アイツ、そんなこと一言も…」

「聞いてないのか、本当に」

そして、続く言葉を隼人の鋭い声が遮った。

「副総長…?それはどう意味で?」

「……分からないなら良い」

訝し気に見返してくる大輔からふぃと視線を外し、隼人は俺を見る。
俺はそれに首を横に振ることで返し大輔に話しかけた。

「大輔は聖が何処に居るか知らない?」

「う〜ん。そうは言っても俺も常に聖と一緒にいるわけじゃないし。ちょっと分かんないな」

「そっか…。なら、この件は俺と隼人が預かる。皆は新しく現れた勢力と街の方に気を配っておいてくれ」

以上今日は解散と、声をかけて俺は隼人と共に席を立つ。

「んじゃ俺も」

同じく席を立った矢野が別のテーブルで騒いでいる仲間の元へ向かい、それに陸谷が続く。

「大輔。お前が今従うべきは名も無き総長か?Larkの総長か?」

一人残された大輔に向かい隼人はそう言い置いて踵を返した。







Side 矢野

後をついてきた陸谷を振り返る。

「安芸。お前どうして廉さんにあんなこと聞いた?」

聖さんが望まなくてもか、なんて。
夏休みの間どうする?と話し合いを続ける仲間達と同じ席につき、俺は陸谷からの返事を待った。

「…少し、聖さんの気持ちが分かるから」

すると陸谷はぽつりぽつりと話始める。

「俺だって極力廉さんを戦わせたくない。聖さんが怒るのも当然だと思うし、俺も同じ気持ちだ」

「安芸…」

「それに俺は聖さんが意味も無くLarkを抜けたとは思えない。聖さんはここに来る時、いつも廉さんをからかってはいたけど、楽しそうだった」

聖さんにも何か考えがあるんだろうと思うと会わない方がいいのかも知れないと、いつも以上に饒舌に話す陸谷に俺は苦笑を零した。

「お前はいつも良く見てんなぁ」

「そういうお前はどうなんだ?」

「俺?俺はそうだな、…聖さんは一筋縄じゃいかねぇ相手だろうな。隼人さんもその辺は理解してるだろうし、だからといって廉さんが動かないわけがない」

「俺はお前のことを聞いてるんだ、慎二」

ジロリと睨まれても堪えずに続ける。

「大輔の奴は何か隠してるし、お前は人の話を最後まで聞かない」

「おい」

「だったら俺はフォローに回るしかないだろ?円満解決するためにな」

にやりと笑って俺はうろん気な目を向けてくる陸谷の額にデコピンをお見舞いした。

「いっ!」

「二人を信じてるんだろ?ま、なんとかなるさ」

気楽に笑った俺に陸谷から仕返しの拳が飛ぶ。
って、デコピンしただけで拳って過激すぎるだろ。


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